初手置いてけぼり
うーん……ここは、どこだろう。
目を開けると、知らない天井。ひとまず死んではいないようだ。全く、瞬間移動の時みたいに気づかないうちにパッといかないもんだろうか。正直かなり怖かった。死を覚悟した。
辺りを見ると、ベッドとねずみ色の絨毯、机の上には電話とティッシュ、それに小さめのテレビ。これらがコンパクトな部屋に詰め込まれていることから、ここがビジネスホテルだろうということが分かる。
そしてミヤがいない。配置的に僕の横のベッドにいると思ったんだけど。
風呂とトイレも確認したがいなかった。
ちょっと〜、こんな右も左も分からないような土地で置いてかないでよ〜。
とはいえ、別にこれ以上死ぬわけでもなさそうなので、そんなに不安ではない。むしろ、少しぐらいならガチでやばい方が面白そうだ。
まずはカーテンの端から漏れている光の正体を見ることにした。
ゆっくりとカーテンを開けていくと、そこには見たこともないような高層ビル群が広がっていた。窓に顔を擦り付けるようにしてみても、地面は見えず、更には空も見えない。それなのに外はちょうど良い明るさ。これは一体……
今まで見たこともないような文明に圧倒され、車窓から流れる景色を見る子供の頃を思い返されるようだった。
これはすごい。今の地球じゃ比べるまでもない。最早死んでよかったのかもしれない。
ひとまずこの光景は置いておいて、部屋から出てみることにした。これもゆっくりとドアを開ける。なにがあるか予想できないので、慎重にこしたことはないだろう。
どうやら普通のホテルの廊下みたいだ。他にもいくつかドアがあるが、ここにもミヤの姿はない。ちょっとマジで置いてかないでよ。
長い通路の奥にエレベーターが見えたので、ひとまず1階へと降りることにした。壁には164と書かれたプレートがある。164階ということでいいのか。しかし階層を選ぶためのボタンが、150から200までしかなく、どういうことかがよく分からなかった。ひとまず1番地上に近くなる150を押して少し降りるとその理由がよく分かった。その150階であろうフロアはさっきのホテルの階と比べると大きく広がっていて、振り返ると乗ってきたエレベーターの他にも2つあった。ひとつには100から150までのボタンが、もうひとつには1、50、100、150、200という5つのボタンがある。つまり1階から200階までの各駅停車だとエレベーターが混雑し時間がかかるため、決められた階層までは特急で移動し、そこから目的の階までを各駅停車で移動するというようなことだ。
なるほど、高層ビルではこんな方法でエレベーターが運用されているのかと、こんな未知の場所で初めて気づいた。
とまあ少し好奇心を満たしたので、今はそんなことは置いておいてミヤを探さないと。
1階まで降りたはいいものの、どこを探せばいいのか分からない。いや探すというか僕が迷子になるんじゃないか。
エレベーターから降りた先には左前右の3方向だけでなく、後ろにも通路が伸びている。ぱっと見える範囲だけでもその通路から更に枝のように通路が分岐しているのがわかる。
ムリムリムリ! 駅前ビルの地下ですら未だに理解しきれてないのに、こんな入り組んだジャングルをまともに進めるわけが無い。しかもここ、1階は商業施設かと思えばそんなこともなく、扉はいくつもあるが今のところ誰にも出くわしていない。
どうする……今ならさっきの部屋まで戻れるけど。
とまあ、悩もうかどうか悩んだけど。こんなワクワク大冒険みたいな状況で大人しく部屋にいるわけないよね。さあいこう、左へ!
こういう知らない街をただ歩いてみたかったんだよ。特に観光名所とかに行くわけでもなく、そこにある空気を楽しみたい。そう思ったことはありませんか。
やはり小さい頃の好奇心を取り戻したかのようだった。この先になにがあるのかも気になるが、よく分からない道を歩いているだけで楽しい。気づけば早足になっていた。通路はひたすら真っ直ぐというわけでもなく、途中で段差があったり幅や高さが変わったりと、様々な様相を見せた。
10分ぐらい歩いただろうか。ようやく出口と思われる外の光が見え始めた。
いや10分ぐらいってなに?! 多分1キロ以上は歩いてるよね。いくらなんでも大きすぎないかこの建物。
ようやく外に出るとそこには広い道路が横切っており、向こう側にはこれまた頂上が見えないような建物がそびえている。そして道路といっても地面を走っている車やバイクは見られず、空を浮かぶ大きな板が高速で移動している。よく見ればその板の上に人の影が見える。
イメージ通りの空飛ぶ車とは違い、下から見ればただの板のようだった。要するに見た目はしょぼい。
なんかこう、空中を移動するにしてももっと人で溢れてたりさ、色んな店があったりとか想像してたんだけど、なかなか閑散としている。午後2時ぐらいのオフィス街よりも余裕で閑散としている。歩いてる人は1人もいないし、空飛ぶ板もたまに2.3台ぐらいがスーッと通り過ぎていくだけ。
歩いても規模が大きすぎて景色の移り変わりを全然感じない。というかこれ、徒歩で移動できるような場所じゃないよね。この道路沿いにもパッと見なにもないし、さっきの部屋まで戻ろうかな。多分まだ覚えているはずだ。
そう思い歩いてきた道を戻ろうとすると、突如どこからか電子音が聞こえてきた。
ピピピピ、ピピピピ
もしかして、電話の音?
よく分からない。