開始する
「えー次やることは、情報室で、本人確認基準を作るんだっけか。昔のことだから全然覚えてないや。さあ行くよ」
ミヤは少し張り切った様子で部屋を出た。僕はそれに続く。歩いている姿を後ろから見ると普通の少女にしか見えない。かわいい……あっ。
しかし何故、寿命がないんだったら人の入れ替わりもそう無いはずだし、僕がここにいるのは偶然なのだろうか。
「ねぇ。寿命がないんだったらさ、どうして僕がここに送られてきたんだろう。管理人の空きなんてそうそう出ないんじゃ……」
「そうでもないよ。最近は知的生命体の数が急激に増えてきているから、それに伴って転生、転移者が多い。文明の数も増えてきているからね。最近だと、つい3日前ぐらいにも新人が入ってきたばっかりだよ」
「なるほどね」
管理人枠がレアなのかどうかは置いておいて、3日前に来た人かぁ。僕の同期ってことでしょ? 会ってみたいな。
「よし、とんでいくか」
とんでいくとは何か。ミヤは廊下の途中で急に立ち止まり、端末を取り出した。目の前には電話ボックスらしきものがある。しかし中に電話は無く、何のためにあるのか。
「これなに?」
「あぁ、これはね、簡単に言うと瞬間移動装置みたいなもんだよ。ほらこの地図っていうアプリを押して、情報室ってところを選択すると【転送しますか】って出るだろ。これで【はい】を押すとそこまで瞬間移動出来るってわけだ」
それはすごい。量子テレポーテーションだっけ? 確かそんな技術だったと思うんだけど、ここではもう実用化されているのか。まさかそんなものを体験できる日がくるとは。感激です。
ん? ちょっと待って、これって何か問題点があったような……
「はい、ポチッとな」
「えちょっと待って心の準備がまだなんだけど、あっそうだ! 本当に自分が保たれ……」
あれ、なんだ今の感覚。一瞬空気が揺れたような。しかし風は起こっていない。言葉で表現する方法が分からない。
「自分がなんだって?」
「だから瞬間移動っていうのは、移動先の自分が本当に元の自分なのかっていう倫理的問題が」
「いや、もう終わってるけど、瞬間移動」
「いやだから……へ?」
本当だ。さっきまでの無機質な廊下とは違って、保健室のような部屋の中にいる。机に書類、よく分からない器具にベッドが3つ、こちらを見ながらにこやかに手を振っているおっさん。でも瞬間移動終わったらそれはそれで、今の自分が本当に以前から存在していたものなのかちょっと怖くなってくる。まあそれ言ってたら気づいて無いだけで、何の変哲もない仕草で何回か自分が入れ替わっているかもしれないから、考えだしたらキリないけども。
ボックスのドアを開けると、さっきの場所とは違うということが空気でも分かった。一瞬で移動したからこそ、ささいな匂いの違いが感じ取れる。
「やあ、ミヤちゃん久しぶり。それで横の少年が新人君かな?」
「そうだ。ほんとについさっき入ってきたばかりなんだ」
「どうも、島津圭介といいます。よろしくお願いします」
「島津ってもしかしてミヤちゃんのお兄さんとか?」
「んなわけないでしょ。地球人の寿命はそんなに長くないよ」
なんだ、普通に感じのいいおっさんじゃないか。この人も日本人だろうか。
「ども、はじめまして。イゴ・ドルバフですよろしく」
え、イゴ・ドルバフ? このおっさんが?
てっきり日本人かと思ってたけど。全然分からないなぁ。
「えっと出身はどちらでしょうか」
「俺はプトラムだね。多分聞いたことないと思うけど」
「全く知らないですね。その星と地球は同じ宇宙空間にあるんですか?」
「確か同じだったはずだけど、お互いに遠すぎて一括りにしていいのかは怪しいところだな」
同じ宇宙にあったとしても、例えば50億光年も離れていれば物理法則や時間の流れも違って何の繋がりも無いのかもしれない。かろうじて観察できるぐらいか。
「では早速作業を進めていこう。本人確認基準だけど、要するに身分証だね。まずタブレットの地図からロビーって検索してみて」
言われるままに地図の検索欄でロビーと検索すると、地図の表示する位置が高速で移動し、さ、ロビーという場所をピンさしている。
「なにやってるの、ミヤちゃんもやるんだよ」
「え、そうだったっけ」
ぼーっとしていたミヤは意外そうな表情を見せた。ミヤがこれをしたのは320年前か……そりゃ忘れてるよな。
「そこのピンを押したら、ここへ行く、ってのが出るでしょ。それ押して」
「押しました」
するとどこからか、ピッピッピッという音が等間隔で鳴り始めた。
「それ押してから30秒後に飛ぶように設定してあるから。そのまま楽な姿勢でいてね。普通に寝る感じでいいよ」
「えっ、飛ぶって何ですか」
「行ってみたら分かるよ。あと目は閉じておいた方がいいよ」
なんだなんだ。何がどうなるんだ。もう20秒は経ったよな。よく分からないけど目を閉じてじっとしとかなきゃ。なんかやばそう。こわい。
ピッピッピッピッ…ピッ……ピッ………ピーーー
ちょっと待って!? これ心臓止まるやつやん。大丈夫?
あっ。なんか体も揺れ始めて、目も回るし、思考もまわらなくなってきて、なにこれ。また死ぬのかな……
ベッドの上で寝ている手足、胴体、そして顔までもその感覚が段々薄れていくと、体がねじれて引き伸ばされて、真っ暗で誰もいない宇宙の海底に沈んでいくような気分だった。もう戻れないと思える程の深さに達すると、今度は何処かから掃除機のように吸い込まれるような心地で、次第に明るさが現れ始めたと思えば、それらが像を織り成していき、空間が描写されていくのをぼんやりと見つめていた。