緩いなぁ
廊下をしばらく歩いている途中、僕がいた部屋の扉と同じようなものが数箇所で見られた。
すると男性が突如話し出した。
「そうだ、自己紹介してなかったね。俺は加藤健太。まあ簡単に言うとバイクの事故で死んで、こっちに転送されて、ここで雑用係みたいなのやってる。詳しいことはこれから会うやつに聞いてね」
「えっと、つまり僕も死んでしまったということですか?」
「まあそういうことだね」
その男性、加藤さんはあっさりとそう答えた。
転送されたって、何のことだろう。名前からして日本人だろうけど。
でもそうか、僕やっぱりあの時死んだんだ……
自分が置かれている状況については全く何も分かっていないのだが、自分が死んだことについてはやはりというべきか、確信を得たように疑おうという気にはならなかった。
それを知った後、悲しみや恐怖といったような感情は生まれなかった。今現在にこの空間に自己が存在していて、かつそれが置かれている状況というのが今までの枠を外れて意味不明であり、そのため好奇心や懐疑心といったある種の欲とも言える感情が非常に大きく、別の感情を噛み締める余白が残されていないからだろう。
「着いたよ。ここだ」
目の前にあるのは先程から何回か目に入っている扉と全く同じであろうものだ。加藤さんはその扉を開け中へと入っていく。
「どもー。連れて来ましたよー」
「やっとか」
その時僕の目に飛び込んできたのは、なんと、どこからどう見ても「面接をする部屋」と検索して1番上に出てくる画像のような部屋だった。会社の会議室のような白い壁紙に鼠色の絨毯。それに薄茶色の机と簡素な椅子が蛍光灯に照らされている。そこに40歳ぐらいだろうか、スーツ姿の男性が座っている。
なぜ。若くして死んだという不幸にも関わらず、無情にもどこかで働かされるというのか。
でも今のところは、好奇心が勝っているので。
「あ、こんにちは。でいいでしょうか」
「うん。何でもいいよ。とりあえず座って」
「失礼します。あのこれっていうのは…」
「うん。ちょっと日本の面接風にやってみてるんだけど、本物と違って聞くことが殆ど残されて無いんだよねぇ。というか既に採用決定してる、みたいな」
その面接官らしき男性は一見真面目そうな出で立ちをしているが、それに反しやれやれと面倒くさそうな話し方をする。
「えっと、僕はこれからどうなるんでしょうか」
最重要事項はこれだ。
「うーんとね。まず誰かに同伴して大体分かってもらったら自分の世界というか星、まあ地区を受け持ってもらうことになるんだけど……」
「星?世界? 一体何を言ってるんですか?」
「おい加藤君、まだ説明してないの?今回から頼むって言ってたじゃんか」
「え、そうっすか? でも課長が説明した方が絶対分かりやすいですよ」
「はいはい、俺がやればいいんでしょ」
「じゃ俺はお先っす」
「おいこら待て!」
加藤さんは何かを楽しみにしているのか、そそくさと部屋から出ていった。
ま、上司にこんな態度出来る会社なら、僕でも働けるのかもしれないけど。
「まずはこちらをご覧下さい、なんつってね」
そう言われると白い幕が天井から降りてきて、なんとそこに画像が映し出された。プロジェクターである。見回すと僕の真上にあった。しかもそこにはまさかのPhanasonicの文字が。
「いやこれ、完全に日本、というか地球のものですよね」
「まぁまぁ。まずは落ち着いてこの動画を見て」
別に焦っては無いんだが普通に気にはなるだろ。死んだはずなのに普通に見覚えのある会社の製品って。そもそもここどこだよ。色々気になりすぎて好奇心が担当しきれてないよ。
「はい説明始めまーす。まずね、この画像にあるようにあなたは既に死んじゃってます。死ぬ瞬間に何か強い感情を持ってると結構ここで感知されやすいんだけど、ここに送られてくる人っていうのは我々が決めるのではなくて、もうちょい上位の存在が決めてるのね。で、ここドウアトって言われてるんだけど、ここを拠点として下界を管理、まぁ調整したり、転生者の案内とかをしてもらうことになる」
なるほど、わからん。どこが分かりやすいんだ課長さんや。言葉数が少なくて脈絡が無い。もう画像だけが頼りだよ。画像は図もあって分かりやすくまとめられている。でもなんかおかしいような……
「あーもうめんどくさい! こんなに一々説明しなくても。えーっとまだあったよな……」
「あ! ちょっと待ってこの文字日本語じゃないですよね?」
「うん。今君が話してるのもね」
本当だ。言われるまで気付かなかった。それ程この言語を理解しているのだ、まるでネイティブかのように。なんという感覚だろう、初めて触れる言語なのに完璧に理解出来ているなんて。若干気持ち悪くも感じる。
「あった。はいこれ、これちゃんと読んどけば説明聞いたのと同等になるから。しっかり読んでおいてね」
そう言われ、数枚の用紙がホッチキスでとめられた冊子を渡された。表を見てみると、プロジェクターで映し出されている画像と同じもの。用紙をめくってみるとまるでパワポで作ったかのような分かりやすい説明が並んでいる。全14ページ。
「君ならこれで理解出来るはずだから。もし分からないことがあれば俺に連絡してよ。大橋で登録してあると思うから」
またね、とその人も足早に部屋から出ていってしまった。もう一人きり。
この部屋に入ってから5分ぐらいしか経ってないんじゃないか。僕も緩い雰囲気とか好きだけど、なんか、流石に適当すぎる。
え? 本当に? こんな右も左も分からないような状態でいきなり放り出されるの、ひどくない?
どうしよ。とりあえずこれ読むか。