未知の空間
なんだこれ。暗い。
これ?暗い?よくわからない。
真っ黒で何も見えなくて何も感じ取れないのに、うねうねしていて、自分がとんでもない速さで動いているような気がする。光の速さってこんぐらいなのかなって。そのぐらい。
僕はただその無の中で何も感じることが出来ず、意味がわからず、ただ心の中でもがいていた。不思議と恐怖感はない。
むしろ静かな海の中をくぐり抜けていくような、穏やかな気持ちと言える。深海でただ一人。ひっそりと。
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「おぉふ、よっこいせ」
そんな言葉が思わず口から溢れるほどの目覚めだった。
ん、ここはどこだろう。
まだ視界が安定せずぼやけている。
腰から上が起き上がったことから、仰向けで寝ていたことだけは分かった。
周りを見ようとして頭をあちこちに向けているうちに、だんだんとぼやけがとれ、トンネルを抜けたかのように確固たる像が瞳に入ってきた。
ん?本当にここどこだよ。あれ?僕はベッドの上にいて……うん、見たことのない部屋だ。しかもかなり大きい。
服は変わってない。
さっき……あれ、さっき何かが……
あっ。死んだんじゃね?僕って多分。
さっきアパートから出てその瞬間、一瞬だったから理解する暇も無かったんだけど、頭に何かが当たって死んだような……
いや、でも今は生きてるよな。
ベッドから降りてみて軽く体の動作を確認する。手を閉じたり開けたり、屈伸したりジャンプしてみたり。特に問題はないようだ。
それにしてもこの部屋、無機質すぎるというかベッドと台所しかない。あと電球か。
窓が一つも無いのはちょっとやばそうだけど、とりあえずドアがあるんだから、出てみようかな。
慎重にそーっとドアを開けて行き、外の様子を伺う。
「おや。新人くん、お目覚めかい?」
「うんわあわっ!!」
「おいおい、なにもそんなに驚かなくたっていいだろう?」
そこに立っていたのは12か13歳ぐらいだろうか。可愛げのある少女だった。なぜ。
「どうしてこんなところに、じゃなくてここどこですか?」
「ああここは、なんで言ったらいいのかなぁ、神域?みたいな」
「は?神域?何言ってんの、お母さんお父さんは近くにいる?」
「もうまったく何回目だよ!子供扱いすんなっての!いや、君に言っても仕方ないか。この見た目だからね」
その少女の話し方からは少女というより、長い年月を経験したような深みのある雰囲気が感じ取られた。
「んまぁ担当者呼んでくるから、そのままここでまってて」
「え? は、はぁ」
そう言い残すとその人は歩いてきたであろう方向へと戻って行ってしまった。
待てって言われても……いや、待つしかないよな。ていうか担当者ってなんだ。
訳わからないし、大人しくしとこ。
こういう意味不明な事態に陥った場合は保守的になった方がいいと直感した。
まず自分の近くの状況についてよく調べ理解し、そこから範囲を広げていくのだ。
僕は扉を閉め、部屋の中を調べようと思った。
しかし窓がないことからか閉塞感を強く感じ、そもそも部屋には物と言えるものがベッドぐらいしか無いので漁りようがない。壁には何も付いておらず、色が違う部分とかつなぎ目すらもない。
どうしようもないのでベッドの上で色々と思い返してみることにした。
あの時、アパートから出た時、確かに頭に強い衝撃が走って視界が上を向いて……
え、もしかして頭が取れちゃったとかある?
でも今僕の頭は付いてるよね。なんか考えたら怖くなってきた。
わぉ。台所の下に収納あるじゃん。見てみよ。
ベッドから降り、そこを開けてみると水の入ったラベルの無い2リットルペットボトルがあった。
今は喉は渇いてないけど不思議と水を飲みたいという欲求だけはある。そう認識すると、その欲が数十秒のうちに段々と強くなっていくのが分かった。
どうする。水を飲みたいけどこれが本当に水なのか、安全なのかも分からない。あまりリスクは取りたくないが、とはいえさっきの人が何者なのかもまだ分からないし。
そうこうして水を手に取ってみながら数分悩んでいるうち、カチャッと扉の開く音が聞こえ、視界は自然とそちらに向いた。すると先程の少女の姿が見え、その後ろに大学によくいそうと言えば分かるだろうか。そんな感じの男性の姿が見えた。
「お待たせ。連れて来たよーって、それただの水だから飲んでも大丈夫だぞ」
「あ、いやでも、うーん」
「そんなに警戒しなくても、ほんとただの水だよ」
男性の方もそう言うが、どうも胡散臭いというかなんというか。
「あーもう。なんなら私が飲んでやる」
そう言うと少女はペットボトルの蓋を開け、勢いよくグイッとその中身を飲んだ。
「ほら、これでいいだろ。私がこんなに飲んだんだからお前も飲めよ」
「それなら……」
僕も負けないぐらいグイッと飲んだ。
味は……確かに、というか多分水だなこりゃ。よく飲んでる天然水と殆ど同じと言えるだろう。考えてみりゃ水程度でいちいち緊張していたらこの先もたないだろうな。
ハッ!
あれ待ってこれってもしかして間接キス……
僕の青春はここから始まるの?!
「またな。私はまた下に行ってるから」
そう言い残すと彼女は本来の方向へとスタスタ歩いて行ってしまった。
……な訳ないか。
「いいかな。じゃあ、こっちついてきてくれる?」
「は、はぁ」
僕はその人の後ろを歩き、ただ無機質な白い廊下を進んでいった。