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「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
「2人です。あのぉ上でいいですか」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
暖簾をくぐり店に入ると若い青年が丁寧な言葉遣いで対応してくれた。僕と同じぐらいの年齢だろうか。店内には客の姿がちらほら見え、楽しそうに話しているのが伺える。
店員に案内され2階へと上がると畳の部屋が広がっていた。
「この上では靴を脱いで頂きますようお願いします」
「それはもちろん」
その部屋には僕達の他に2組の客がいた。これから話す内容をここで暮らしている人々に聞かれては目立つだろうということで、1番角の席に座ることにした。
畳ってこんなにいいものだったかな。歩くのに不自由ない丁度いい柔らかさ、それに色味もいい。こうして触れるのは実に何年ぶりになるか、こんなどこかも分からない異世界に来て日本を思い出させられるというのも、妙な気分ではある。
「え、もしかして……ミヤちゃん!?」
なんだ知らない人の声がミヤを呼んでいるのを聞いて音源の方を見てみれば、白い服を着たそこそこ歳のいっている男性の姿が見えた。おそらくここの料理人だろう。この場合は板前って言うのが正しいのかな。そういえば何回か来たことあるって言っていた。
「ん? ひょっとして京介君か?」
「ああやっぱり! そうだよねぇ!」
その男性はかなり嬉しそうに大きな声を出して、久しぶりに再会したということが見て分かった。
「いやぁ歳を取らないって本当だったんだね。昔のまんまだもんなぁ」
「そっちはだいぶ老けたなあ。そんなに経つか?」
「何言ってんの。もう30年は来てなかったじゃないか」
「へぇ〜そんなにか」
「なんか俺の時間だけが動いていたみたいだな」
そうか。このおっちゃんは普通の人だから歳をとるのが当たり前なのか。300年以上も生きていたら30年前なんか少し前ぐらいの感覚なんだろうか。年寄りはよく「10年前は最近」なんて言ってたから。
2人の会話を聞いていていると、30年ほど前にミヤがこの京介さんと数回会っていたこと、ミヤはおよそ200年前のこの料亭の創業時から複数回来ていたことが分かった。
「いやぁ本当に久しぶりだなぁ。そういえばその子は? 俺は見たことないけど」
「ああ、新しく来た管理人で、同じく日本出身なんだ」
「どうも初めまして」
「いやあこちらこそ。いつぐらいから管理人になったの?」
「いつって……5日前ぐらいですかね?」
「そのぐらいだな」
「ほんとに? じゃあ最近の日本のこととか色々教えてよ」
「もちろんいいですよ」
板前だからといって堅苦しい雰囲気などはなく、かなり陽気で心も若そうなおっちゃんだ。
「なに日本人だって?」
「5日前まで日本にいたんだって」
「色々聞いてみようぜ」
僕達の会話を聞いて周りにいた客たちが続々と立ち上がり興味深そうにこちらへ向かってくる。みな中年かそれ以上に歳をとっている。
「ここに来る人は日本人が多くてね。新しく来た人だとみんな気になって仕方ないんだよね」
「そうだった。でも今は面倒だな。また後にしてくれる?」
「そんなぁ。後って言って、また何十年後とかになるんじゃないの?」
「大丈夫だって。明日もくるからさ。ほーら散った散った。あと、うどん2人前ね」
それならと周りの人達は散っていった。
さて、ようやく本題の管理人についての説明が聞ける。これからの僕の第2の人生、長くなりそうだし、充実したものにしたい。
「説明っても、確か全ての文書はドキュメントのファイルに入ってるはずだから、それを見てみようか。『管理人についての概要説明』というのを開けてみて」
「開けるってて……なにを? というかどうやって」
「視界の奥底にあるというイメージを強く持ちながら、こんな感じでそれを手で掴み取るような動作をすると……ほら出た」
「ん?」
何が「ほら出た」なのか。何も出ていないのだが。
「あのこれ、所有者以外には見えないから」
「なにそれ便利」
それは最高すぎる。これでいちいち人目を気にしてダミーのページを用意したり、それに素早く切り替える必要も無くなった。いや、決して怪しいサイトを見ているわけじゃないですよ。
言われた通りに今見えている光景の奥に例の端末があることをよくイメージして、そして見えないそれを手に取って引き寄せるような動作をすると、気づけばその端末を手に取っていた。しっかりと手元を見ていたはずが、不思議と出てくる瞬間というのは分からなかった。脳の錯覚を利用しているのかもしれない。
そしてドキュメントのアプリから、前に貰った冊子と同じものを開いた。
「えっと、これで多分大丈夫なはず」
「じゃあ適当に読んでいって、分からないところがあったら聞いて」
なになに……
【管理人の存在意義について 異世界の管理人といえば転生者の具体的な転生先の決定や、簡単な説明などを思うかベルかもしれません。しかし実際にはそんなに単純ものではありません。
まず前提として、管理人もまた、知的生命体の一員にすぎず、上位の存在によって管理されている側なのです。その上位存在は文明の発展、新たな技術の発生を望んでおられます。
我々はその上位存在に気づき、その要望に従うことにしました。新たな技術の発生を望んでいるという点が我々の目的と一致していたためです。そのためには従来の手法によらない、独立した技術開発が必要とされます】
これは……
ツッコミどころ満載。質問だらけ。しかし逐一質問していると以降の文章になかなかたどり着けそうもないので、一通り読んでみることにした。