悶々とする日々
4限の講義が終わり少し太陽が赤みがかってきたころ、僕は重い足取りでサークル棟に向かっていた。
よし、今日こそは言うんだ。大丈夫、何も失礼なことはないし、それどころかみんなの利益にしかならないことじゃないか。ていうかそもそもこんなに緊張するほどのことじゃないんだよなぁ。よし!
「おつかれーっす」
「うぃ〜」
「れぃ」
もうちょい文字数使えよ。僕もあんまり人のこと言えないけどさ。
部屋の中に入るといつも通り、それぞれが様々なことをしている。絵を描いている者、スマホゲームをしている者、漫画を読んでいる者、わざわざここで寝ている者。会話は時になされず、時にうるさいほど盛り上がる。
本当に多種多様というか、いい意味で秩序がないこの部屋という空間、このサークルが僕は結構好きだ。ここにいるだけでとりあえずは集団の一員というステータスが通るからだ。それだけでなくサークルのメンバー達も皆、気さくで優しくて基本的にはこの空間を楽しめている。しかし僕はどこか他の人とは違い、この集団に深く溶け込むことが出来ないでいる。
それにはこのサークルのある性格が起因している。普段は別に問題あるないのだが、現環境からなにかを変更するときの判断がクソみたいに遅い。優柔不断すぎる。一応は出来るだけ多くの人から意見を聞いて、最終的にはサークルのリーダーが決定するのだが、この人がまあ優柔不断というか決定を先送りにするというか他人任せ。そしてそれ以外のメンバーも流石で、僕以外のほぼ全員が消極的で議論もあったもんじゃない。
そして僕は他人任せではなく、自分で色々と決めていきたい性格をしているのだが、なにせ気が小さすぎて発言に対して億劫になりがち、実質的には消極的といっても差し支えはない。
そう、他人にあれこれ強く言う気概も資格もないのだ。
しかし、今日こそは本当にこれを言いたい。
しばらくタイミングを伺っていると、リーダーがおもむろに暇そうな表情を表し、他のメンバー達もそこまで何かに集中している人はいないという状況になった。
よし、今がチャンス。
「あのーっ」
「なに?」
一呼吸おいてからやっとの思いで口にする。
「この本棚とそっちの本棚、場所入れ替えた方が良くないですか?今のままだと微妙にドアに被ってるし、そっちの方が幅短いし入れ替えたらピッタリだと思うんですが」
そう、これだけのこと。準備していたセリフということもあって早口になってしまったが、これはいけるでしょ。
「え、今のままでよくね?別に支障ないんだしさ」
「いやでも、ただでさえこの部屋密度高いんだから少しでも良くしたほうがいいんじゃ……」
「んーみんなどう思う?そのままでよくね?」
「まあわざわざ、別にしなくていいんじゃないすかね」
「めんどくさいなー」
「オッケー。じゃあさっきの案は無しってことでいい?」
「なら……やっぱいいです」
こいつらまじで。はーほんとに、今回のは断る理由ないだろ。なんでやらない方の決断はこんなに速いんだよ。他のこともこんぐらい速く決めてるならまだしも。わざわざ部屋のスペース無駄にして通りにくくするメリットを答えてくれよもう。それでどうやって会社で働いていくっていうんだ。本当に人のこと言えないけどさ。
流石に今回は僕の考えを聞いてくれるだろうと半ば確信していただけに、このサークルの保守派具合が更に露呈し、もううんざりとしていた。とはいえこれ以上言うような気概はない。普段はそこそこ楽しいだけに、口論になって気まずくなるのは避けたいし、仕方がない。
すぐに帰ると何か思うところがあると思われそうなので、それから20分ほど時間を潰してからバイトがあると適当に嘘をついて、サークル部屋を出た。
はぁーあ。なんでこう、手軽に改善できることをしないかな。全員でやれば数分で終わっただろうに。
運動部の大きな声を横切り、喋りながら歩く人を抜かし、夕焼けが眩しく俯きながら歩く。
ふと、虚無を感じた。
……帰ってゲームでもするか。
ふぃ、ただいまっと。
長く憧れていた一人暮らしだけど、家に誰もいにいことが分かってると心なしか、より静かな無音に感じる。逆に、部屋の方が生きているんじゃないかって思うことがある。
さてと、ゲームを始めようか。
服を着替え顔も洗い、ポテチとカルピスを装備し挑む。そうそう、あと箸も用意しないとな。
ふぅ。やはり学校終わりのゲームはこの解放感がたまらん!
まずは腕慣らしに普通のモードでと。
5回ぐらいプレイしただろうか、ここでいい成績が出たのでランクマッチに移行することとした。
よしよし、8キル2324ダメージ。そこそこいい感じだぞ。流れが……キテる!
準備完了。
あっ、味方のつけてる称号弱いな……ちょっと不安。ランク下がらない程度に若干控えめやろう。
試合は中盤になり、残り人数は半分を切った。
あ!あそこで敵同士ガンガンにやり合ってる!これは漁夫しにいくしかないでしょ。
えっと、「あそこを攻撃する」っと。ゴーゴー!
───タタタタタタッ
よっしゃ1人やった!あれ?味方は……
は!?なんでガン逃げしてんの?
「ここに敵がいる」「ここを攻撃する」
えぇ……無視されるんだが。合図出てるよね?
すると味方の1人が別の合図を出した。
「あっちへいこう」
いやもう意味不明。こっちは1人倒してるってのに。ていうかもう1人の味方もなんでそっちの指示に従ってんの?僕一応最上位の称号付けてるはずなんだけど。その人称号何も付けてないよね?まあ言っても仕方ない、逃げよう。
───ダダダダダダダ
やばい後ろから撃たれてる!
「ここに敵がいる」「ここに敵がいる」
……カバーする気も無しですか。
あっ、死んだ。マジで味方なにやってんだ。
観戦してみよ。
は?岩陰で全く動いてないじゃないか!うっそだろ。そのムーブでどうやってこのランクまで辿り着いたんだよ。
うわ、しかも検知されて一瞬で2人ともやられてるし。
リザルト画面を見ると、なんと2人とも2桁ダメージだった。
また僕が1人で頑張ってただけかよ。やる時はやらないと上にいけないんだよなぁ。
やっぱVC付けないと厳しいのか。でもちょっと怖いし。
萎えた。コンビニでも行くか。思い返すとこういうこと多いし、ソロでやってるのアホくさ。
完全にモチベーションを無くし、流れを断ち切られた僕はいつもより大きな足音で、速い足取りで階段を降り、アパートを出た。
外は相変わらず平和だな。子供の遊び声も遠くに聞こえてカラスの鳴きも重なって、
───パシュ
何が起こったのか分からなかった。
ただその音が聞こえたと同時に景色が上へ移動し、数秒間のうちに全てが闇に呑まれた。