02.気の合う二人
「いらっしゃい、葵ちゃん」
「おはよう、泉」
おお、確かに一人でニコニコしている。けれど和む。怪しさなんて微塵も感じさせない。さすがは葵ちゃん。
俺を見上げるその瞳は上質の黒曜石、肩で切り揃えられたサラサラの黒髪はサテンのよう。本気でそう思っていても、反応が怖くてこの熱き想いを伝えられない小心者の俺が恨めしい。
「あ、よかった起きてて。約束より一時間も早いからどうかなあって」
それは一秒でも早く俺に会いたかったと? ズバリ俺のハートを鷲掴み。グッドでキュートだ葵ちゃん。
「そんなの全然大丈夫――じゃない、布団片付けてなかった。ごめん、ちょっと待ってて」
「じゃ、彼女とお話してるね」
「ああ、そうしてて――って!?」
彼女? 彼女とは? ここで『彼女』と呼ばれそうなのは……でもまさか……
「初めまして、私、清水葵。よろしくね」
在らぬ方向に深々とお辞儀する葵ちゃん。いや、正確には在らぬ方向ではないのだが。
「毎週、月水金、泉に家庭教師をしてもらってるんだ」
曇りない瞳で『彼女』を見つめ、極上の微笑み全開の葵ちゃん。
となるとこれはやはり……
「美月、見えてるぞ」
「見えてますね」
何故そんなに落ち着き払っているのかね君は。
はー、細かいところどころか、大元から舌先三寸を披露することになろうとは。
「えっと、葵ちゃん彼女は――」
「透けてるし、美月さんて幽霊?」
ぐはっ、直撃!
どうしてそうなる葵ちゃん。幽霊なんて非現実的なものをあっさり受け入れてしまうなんて。そりゃあ美月は透けてるけど、透けてるだけで幽霊に決めつけるのは――ほら、そのなんだ、他にも……
あー、ほれ……
……。
俺も幽霊以外思いつかねー!
「美月、バレてるぞ」
「バレてますね」
ええいっ、だから何故そんなに落ち着き払っているのかね君は!
「うーん、おかしいですね。泉さんに会うまで声を掛けても誰も答えてくれなかったのに」
「それ、見えてなかったわけじゃなく、単に不親切な人だっただけじゃ?」
「あー、その可能性もありますね。あはっ」
「「あはっ」じゃない」
駄目だ、こいつ。
「泉さん、こうなったらかくなる上は――」
お、秘策有りか?
「葵さん、このことは「しーっ」でお願いします」
ガクッ
創作ダンスよりも解りやすい落胆の表現だったと思うぞ、今の俺は。
「うん。「しーっ」ね。わかった」
こっちも負けじとふたつ返事で了解しちゃいますか。
「じゃ、話もまとまったところで泉さん、心置きなく布団片付けに行って下さい」
美月と葵ちゃんが、同時にこちらを向いてにっこりと笑う。次いで、同時に体育座りで向かい合わせになり、談笑を始めてしまった。
なんて早い意気投合……葵ちゃんとは、彼女が生まれたばかりの頃からの付き合いだってのに、俺の立場は一体……
「なんだか葵さんとは気が合いそうな気がします」
「私もー」
俺には俺の使命がある。布団を片付けるという使命が。立ち止まっている暇は無い。さあ、歩くんだ。右、左、右、左。
「やっぱり紅茶派ですか?」
「うんうん」
よし、目標補足。直ちに撤去作業に移る。
「美月さんは好きな食べ物って最後派?」
「そうですね」
布団四つ折、その上に枕とタオルケットを装着、そして仕上げは足で開けた押入れに放る。
任務完了! 帰還する。
「葵さんの好きな男性のタイプってどんな方ですか?」
なにぃ!?
こらこらこらこら、いきなりなんて話題を始めるんだ!
「そうだなあ……」
戻るに戻れない。どうする俺。
「うーん……」
まずい。朝食がまだなものだから俺の過剰な生命維持装置(腹の虫)が作動しそうだ。嗚呼、早く答えてくれ葵ちゃん。この際いっそ「わかんないな、てへっ♪」でもいいから。
「きっと、美月さんと一緒だよ」
ここまで引っ張ってそう来るか!
「やっぱり気が合いますね」
そうだね。そういう流れの会話だったね。葵ちゃんは悪くないね、うん。
肩を落としながら、再び玄関へと向かう。
「あ、泉さん終わりました? って、なんか顔も終わってますけど」
「俺の思考力じゃ、まだまだ世界に羽ばたけないと痛感しただけさ……」
「はあ、そうですか。で、首尾はどうでしょう」
「そっちは上々。二人とも上がって」
ここでも同時に立ち上がった二人に、俺はそう答えながら先導した。