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陽炎輝夜 ~真夏のかぐや姫~  作者: 月親
第三章 満月のかぐや姫
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13.飛ばない小鳥

 木原動物病院は土曜日の診察は十五時で終了。俺は正面玄関の戸締りをしに行ったのだが、


「すみませんっ、まだ開いてますか!?」


 扉に手をかけたところで、女性が叫びながら俺の前に飛び出してきた。


「……あ、三浦さん?」


 驚きのあまり一瞬遅れて知っている女性なことに気付く。三浦さんはよほど慌てていたのかエプロンをつけたままで、患者|(文鳥)に至ってはその両手に包まれてのご来院だった。


「お久しぶりです。開いてますよ、コユキちゃんがどうされました?」


 腰を屈めて三浦さんの指の隙間から顔を覗かせている文鳥を見る。

 コユキちゃんは怪我をして道路に倒れていたのを、俺が発見した。元の飼い主が見つからなかったため里親を募集したところ、三浦さんの家へ行くことになったのだ。俺とは八ヶ月ぶりの再会となる。


「猫に右足を少し引っ掻かれまして」


 「間に合ってよかった」と三浦さんがほっとして、解放されたコユキちゃんがちょんちょんと三浦さんの肩に上っていく。元々なのか怪我が原因なのか、手乗りになっているようだ。


「じゃあ、奥に連れて行きま――わっ!?」


 バサバサッ

 三浦さんの肩の上にいたコユキちゃんに手を伸ばしたところ頭上を飛び去られ、俺は呆気に取られた。振り返ると、待合室の硝子テーブルの上に着地したのが目に入る。


「あ、すみません。驚いたんだと思います」


 三浦さんがコユキちゃんに手を差し伸べると、またちょんちょんとその肩に上がっていく。


「たぶんもう大丈夫……木原さん、手を出して下さい」


 肩へ三浦さんが指を持っていくと、コユキちゃんはその指に移った。そこから俺の指へと移される。


「飛べたんですね。完全に手乗りなのかと思ってました」

「ああ、そういえば私もこのこが飛んだのを見たのは随分久しぶりです」

「そうなんですか」


 コユキちゃんがまた飛んで行かないよう両手で包み込み、「それじゃあ、お預かりします」と俺は診察室へと入った。

 中で書類の整理をしてい父さんが、俺が扉を開けた音で振り返る。


「父さん、なんと患者自らのご来院で籠が無いんだ」

「それはそれは大変遠いところをわざわざお越し下さいまして、恐縮です」

「……俺ってやっぱ性格父さん似なのかな」


 俺の冗談にノリノリで付き合って文鳥にお辞儀する父さんに、俺は未来の自分の姿を垣間見た気がした。


「じゃ、俺は帰るから」


 俺は三浦さんから聞いた怪我の経緯を伝え、帰り支度に取り掛かった。支度といっても、携帯電話の通知をチェックし放り込むだけだから、一瞬で終わる。


「泉、夕飯を一緒にどうだ?」


 コユキちゃんの様子を診ながら父さんが、さり気なく(正しくはさり気なさを装って)俺に聞いてくる。


「もうその手には乗らないっての。まあそうじゃなくても、今日は寄りたいところがあるから帰るわ」

「そうか」

「三浦さんとコユキちゃんによろしく」

「ああ」


 診察室を出て裏口に向かう前に、ちらりと待合室の方へ目をやる。すると三浦さんは中が見えるわけでもないのに、じっと診察室の壁を見つめていた。


「我が子を見守る母親って感じだなあ。良い飼い主に貰われてよかったな、コユキちゃん」


 コユキちゃんが懐くのも納得だ。

 俺は、穏やかな気持ちで病院を後にした。


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