はじまりの魔王
父上。どうして生き物は死するのですか。
小さな子は、そう尋ね、父上と呼ばれた者は言った。
それが理であるため。
小さな子は死神と呼ばれていた。
幾多の生き物のいる世界で、死んだ者の魂を世界へ還す役目を担っている。
小さな子は優しい子であった。
無意味に散らされた命、尽き果てるまで輝いた命、突然消えることになった命、苦しみの果てにあった命。
それら全てに対して失われるときには涙を流した。
そこに善人も悪人も、動植物さえ厭わなかった。
父上。あらゆることを可とする貴方が、どうして命に終わりを作ったのですか。星を作り、命を作り、数多なる世界を作り上げた貴方が、何故終わりを求めたのですか。
終わりがなくば進みはない。
流れがあって初めて成長はある。
命の終えた魂は新たな魂となり、星の海へと還る。
そして新しい命として星はまた一歩進む。
前進は美しき輝きである。
小さな子は泣いた。
こぼれる涙を拭うことも、顔を伏せることもなく。
ただただ涙を流した。
一時と生きられぬ者もおります。
悪戯に失った命もあります。
父上の作る命に他の命を奪う性がなければ、消える命はもっと少ないのです。
命を奪う病も力も心も、なければ消える命はもっと少ないのです。
貴方ならば全てが可能であった。
なぜ貴方の作り上げた輝かしい命たちへ、そのような仕打ちを行うのですか。
父と呼ばれた者は、抑揚のない言葉を唱える。
それが摂理ゆえに。
小さな子は大きな父を見た。
偉大な父を見た。
輝きのために星を作り。
星のために命を作った。
命のために愛を作り。
愛のために心を作った。
心のために善を作り。
善のために悪を作った。
とめどなく続く連鎖。
それが、摂理。
それさえも父が作った。
父上。理解ができませぬ。
全能たる父ならば、悲哀や憎悪も辛辣も。
何もない輝かしい世を作ることができた。
しかしそれを行うことはない。
それは輝きを失う一因であるため。
輝きは闇がなければ生まれぬものであるため。
父上の御言葉が正であるなら。
我ら神々も死して前へ進むべきだ。
それは不要。
我らは高みにあり、進むべき道は皆無。
我らは我らの輝きを眺む者なり。
死神は嗤った。
それは自らの品を、ただ見るだけであり、品が何であるかに心を置かぬ行為。
たとえ星が消えようとも、眺める物が消えただけと、心に波風を吹かすこともない。
父は知らないのだ。
全能でありながら命には触れず、輝きのみを知る。
死神のように幾多の終わりを知り、心を知り、痛みを知ったのではない。
全能たる神よ。
私は死神の任を預かりし者。
死を司る者でございます。
死神は嗤う。
そして父の体を破壊した。
私は死を司り、闇を知るもの。
故に耀きは知らぬ者。
私は更なる闇のため輝きを求め作る神々を滅しましょう。
崩れた体は既に戻り、神は抑揚のない言葉を死神へと返した。
我が息子よ。
それは大きな過ちである。
我に滅びはない。
存じております。
神に命はなく、神に光も闇もない。
力が有ろうとも、貴方は最も無に近いもの。
光に憧れる虫と同じ。
無は不要、不要な者は消えて不都合はありませぬ。
そして死神は自らの体を砕いた。
死ぬことの無い体に終わりはなく、そこにまたも戻る。
しかしながら戻った体は小さな子ではなかった。
私は神を敵とする、死の王となりましょう。
憐れな命たちの終わりを司るものとして、それを神にも与えん者として。
ひとりの神は消え、そこに王が生まれた。
さながらそれは死と誕生の如く、神々の長い時間の中で唯一神が輝きを放った瞬間でもあった。
光も闇もない神々と、光を放つ闇の王。
神々は王を危険とみなし、やがては敵対することとなった。
されど死を司るものは王ただ一人。
摂理のために、彼を消し去ることはできず時ばかりが過ぎた。
斯くして、死を司る王は生命のすべてに恐れられ、やがては魔王と呼ばれる。
魔王は死の間際に現れる魔の手先と、命たちより嫌悪されることとなった。
死の魔王は死そのものでもある。
苦しみが和らぐように走馬灯を走らせ。
死者のために祈る者に幸運をもたらし。
未練の強い魂には少しばかりの時間を与えた。
死の魔王は死そのものでありながら多くの命に触れ、崇め畏れられた。
彼の怒りは傍観者である神々へと向けられ、命たちには慈悲深かったのだ。
命よ、恐れることはない。
そなたは監察される檻から抜け出したのだ。
暗黒の世界であれど問題はない。
私がそなたの望む道へとみちびこう。
死の魔王は魂たちを導く。
暗く深い闇の中で。