カクテルの鎮魂歌
行きつけのバーで飲んだマンハッタンを思い出して書いた小説です。
かなり無茶な設定だと思いましたが、読んでみてください。
アメリカ合衆国のニューヨーク市。
自由の女神が立ち夜でも明かりは絶えず人も少なくはなるが多く歩く騒々しい街。
そんなニューヨークで俺は一人で名も知れぬバーで一人、酒を煽っていた。
名も知れぬとあるが、俺の店だ。
十数年前に立ち上げて名前は、あったが忘れてしまった。
今日は休業だから客は入って来ないから安心して酒が飲める。
飲んでいるカクテルは、マンハッタン。
これは名前の通り、ニューヨークのマンハッタンをイメージして作られたカクテルだ。
もっと正確に細かく言えばマンハッタンに落ちる夕日をイメージして作られた。
夕陽。
昼と夜の間だけ見る事が出来る太陽。
彼女が好きだった。
『夕陽って昼と夜の間でしか出る事が出来ないじゃないですか。それが、何だかとても悲しくて、でも綺麗だなと思うんです』
言われて、その日の夕陽を見ると確かに悲しいほどに綺麗だった。
その彼女が好きだったのがマンハッタンだ。
彼女とは店がリズムに乗ったくらいの時に知り合った。
清楚でお淑やかなニューヨークの女たちにはない品が感じられた。
ニューヨークの女たちは利己的で手段を選ばないのが俺の中であったからだ。
彼女が初めて頼んだカクテルがマンハッタン。
俺が最も苦手とするカクテルだった。
しかし、彼女の為に不器用な俺は精一杯の思いで作った。
そんなマンハッタンをあの子は美味しいと言って飲んでくれた。
それから何時も彼女の為にマンハッタンを作った。
彼女は美味しいと何時も言って飲んでくれた。
それが嬉しかった。
あの子が笑うと、どんな辛い事も消えてなくなる。
心が潤い癒された。
彼女のような娘にこそ天使という呼び名が似合う。
しかし、その彼女はもう居ない。
若くして死んでしまった。
俺は風の報せで彼女の死を知り頭の中が真っ白になった。
今日も彼女が来ると思ってマンハッタンを作って待っていたのに。
以来、俺は彼女の命日にマンハッタンを作って一人で飲むようにしている。
俺なりに若くして亡くなった彼女の鎮魂だ。
ピアノでも弾ければモーツアルトのレクイエムでも弾く所だが、俺は不器用だ。
ピアノなんて弾けない。
だから彼女が美味しいと飲んでくれたマンハッタンを作る事で彼女の清らかな魂が何時までも汚れずに綺麗なままでいるようにと願い作る。
マンハッタンを一口のむ。
口の中にカクテルの味が染み込む。
「・・・・・不味いな」
彼女は美味いと言ってくれたマンハッタンだが、俺的には最悪な味だった。
それは彼女の為に流した塩が混ざったからなのか、俺の腕が衰えたのかは分からない。
皆さんもマンハッタンをバーに行ったら飲んでみてください。