世界の事情と国の事情
説明回です。
エリオットさんの話を簡潔に纏めると今から300年前、この世界("エーデンガルド"というらしい)に魔王が現れ、魔族を率いて戦争を仕掛けてきたのが事の始まりらしい。大陸の人族は同盟を結んで戦ったが、魔王は勇者でないと倒せず、人族は敗戦の一歩手前まで追い詰められてしまったが、女神が勇者召喚の術式を与えて、人族は勇者を召喚、戦争は勇者と魔王の相討ちという形で終わりを迎えたそうだ。
しかし、今から200年前に魔王は復活し、再び戦争が起こるが、前回の戦争で学んだ人族は迅速に対応し、召喚された二代目勇者と共に魔王を討伐。二度目の戦争は人族の完全勝利で終結した。
そして、今から100年前、再び魔王は復活し、戦争になるが、ここで再び人族は窮地に立たされることになる。復活の数年前に大陸全土で流行病が蔓延し、人族は充分な戦力を整えることが出来なかったそうだ。焦った人族が取った策が……。
『召喚される人間を……』
「増やす?」
「うむ、長い時間をかけて勇者召喚の魔法陣の解析を続けていたらしい。召喚者を増やすことは解析出来た部分を書き換えることで成功し、そうして召喚されたのが三代目勇者とのちに黒の聖女と呼ばれることになる少年と少女だった」
「その2人のおかげで戦争に勝ったんですか?」
「うむ、特に黒の聖女様の回復魔法は多くの兵の命を救ったと言われている。しかし……」
「しかし?」
エリオットさんが言いにくそうに口を噤む。
どうしたんだ?
『そのことで多くの人が気付いてしまった』
「祈?」
『そういうことでしょ?』
「……察しが良いな。イノリ君は」
「祈、どういうことだ?」
『聖女が力を示したせいで多くの人間が勇者じゃなくても異世界の人間なら強大な力を秘めているという可能性に気付いた。その結果が今回の召喚』
「あっ」
今までの話の流れでまた魔王が復活するから俺達を召喚したのは分かっていた。
けど、教室にいた全員を召喚した理由が分からないでいたが、祈の話を聞いて納得した。
つまり、戦争をより簡単に終わらせる為に教室にいた全員を召喚したのか。
『それだけならまだいい。いくらなんでも20人以上の召喚は過剰』
俺の考えてることを読んだのか、祈が俺に諭すように言う。
確かに、勇者と聖女の2人で戦争に勝てたのにいきなり20人以上は明らかに過剰戦力だ。
『つまり、魔王を倒した後、自分達の利益の為に利用する気』
「我々は今回の召喚の意図を把握していない。しかし、十中八九そうであろうな」
『身勝手』
「申し訳ない」
『別にいい。むしろ、貴方達には感謝してる。兄さんをそんなことを考えてる連中のところに行かせずに済んだ』
「貴方達を利用しようとしているのは我々も同じだ」
『けど、必要以上に利用するつもりもない。違う?』
「それは、確かにそうだが……」
祈の言う通りだな。
この人達の表情や態度は我欲で人を利用しようとしている人間のそれではない。
それどころかエリオットさん達は俺達に罪悪感を感じている節さえある。
祈はそれを声音から感じ取ったのだろう。
『別に、私達に気を使う必要はない。兄さんは何だかんだでお人好しだし、私にいたっては自分から異世界に行こうとしている』
「しかし……」
『貴方達は私達の異世界生活をサポートする。その代わりに私達は貴方達のことを助ける。これは対等な関係』
「……カナタ君はそれで良いのかね?」
「良いも何も、むしろ俺は祈が皆さんに迷惑かけるんじゃないかとそっちのが心配ですよ」
『兄さん、失礼』
「へぇー、じゃあ、やらかさないって自信持って言えるか?」
『……ノーコメント』
それ見たことか。
対等な関係とか言ってるけど、祈のサポートだぞ?
俺が普段どれだけ苦労しているかを考えれば条件が釣り合っているかどうかは微妙なところだ。
「……君達は優しいな」
『「えっ、どこが?」』
エリオットさんが澄んだ瞳でこちらを見ながら言ってくるが、俺は目の前で暗い顔してる人間を見るのが嫌だから助けるだけだし、祈は異世界生活を満喫したいだけだ。
完全に自己中な人間の考え方そのものだけど。
「まあそういうわけで俺達も出来る限り力になりますので、そろそろ何をしてほしいのか教えてもらっても?」
「それは私の方から説明します」
どうやらヘイゼルさんが説明してくれるそうだ。
俺達で何とか出来る問題なら良いけど。
「やってほしいことの一つ目は異世界の知識の提供です。主に生活を豊かにする方向のものをお願いしたい」
……意外と普通だな。
要するに現代知識チートをしてほしいってことか。
「二つ目は他国との外交の手助けをして頂きたい」
一つ目はともかく二つ目はよく分からなかった。
それって俺達の手助けが必要なのか?
『質問』
「はい、どうぞ」
『外交の手助けとは具体的に何を指す?』
「そうですね、主に道の整備やその道に現れる魔物の排除などですね」
えっ、そういうことなのか。
てっきり、交渉とかそういうのイメージしていたが、違ったようだ。
あと、さらっと言ったけどやっぱり魔物とかもいるんだな。
「それだけ? と思われるかもしれませんが、我々にとっては死活問題でして……」
『他国との間のどこかに強力な魔物が出るとか?』
祈がヘイゼルさんに問い掛ける。
なるほど、そういう可能性もあるのか。
俺は山とかの障害物の可能性を考えていた。
「どこか、というかその、全てです」
『「えっ」』
「フェルミナス王国は周りを"死の樹海"という強力な魔物の出る森で囲まれていまして、誰もこの国を出ることが出来ないのです」
「ついでに言うと一番近い国はここから西にあるそうよ。私は見たことないけど」
「まあ、さらに西側には大陸最大の"リント山脈"があるのでそれを越えなければいけませんけどね」
ヘイゼルさんとリアが何か言っているが正直あまり頭に入ってはこなかった。
『ちょっと待って、そんな状況で今までどうやって暮らしてきたの?』
「資源に関しては王国内に"ダンジョン"がありまして、そこから得ることが出来ていますね」
「えっと、魔物は? 国の中に入って来たりはしないんですか?」
「魔物除けの結界を張る"アーティファクト"があるので、その外に出ない限りは大丈夫です」
ダンジョンとアーティファクトが具体的にどういうものか分からないが、王国内にいれば安全だけど外に出たら即地獄ってことは分かった。
そんなところで道の整備なんてとてもじゃないけどやっていられない。
「あっ、もちろんこっちに来てすぐにやってほしいわけじゃありません。お二人が強くなってから出来そうならやって頂くという形で構いません。一つ目のお願いがメインですので」
ヘイゼルさんが俺の反応を見て少し慌て気味に付け足す。
どうやらいきなり死の樹海とやらに放り込まれるわけではないらしい。
「それで良いなら」
『まかせて』
それならばと俺と祈は了承の言葉を返す。
俺達の言葉を聞いて三人はホッとしたように息を吐く。
そして、少ししてからヘイゼルさんが自分のお茶を飲みきって立ち上がる。
「さて、話がまとまったようですので私と姫はここで失礼します。イノリさんを召喚する魔法陣を急いで作らないと」
「えっ、私も?」
「当たり前です。実際に魔法を使うのは姫なのですから」
「でも、ワールド・コネクトの維持が……」
「姫なら遠隔制御くらい余裕ですよね?」
「できるけど、すごく疲れるのよ」
「それは、姫が未熟だからです。ほらっ、行きますよ」
「分かったわよ……。カナタ、ケータイが使えるのは後30分が限度だから!」
「ああ、わかっ」
俺が言い終わる前に扉が閉まる。
……ヘイゼルさん、思いっきりリアのこと引きずって行ったけど、お姫様に対してあの扱いで良いのだろうか?
エリオットさんは苦笑してるけど。
「では、我々は召喚の日時の取り決めを……」
『その前に一つ良い?』
部屋に残ったエリオットさんの言葉を祈が遮る。
「何かな?」
『貴方達が住んでいるのはとても危険な場所』
「そうだな、大陸で最も危険な土地だろう」
『なら、どうしてそこから移住しようとしない?』
「いや、祈、それは……」
したくても出来ないからじゃ、そう言いかけてふと、祈が言いたいことに気付く。
ヘイゼルさんが言っていた二つ目の願いを思い出したからだ。
『他国との外交の手助けをして頂きたい』
この国の現状で他国と外交が出来るときは、俺達が死の樹海を突破したときだろう。
その段階になったら国民全員で他国に移住する選択肢もあるはずだ。
しかし、あくまでヘイゼルさんは外交をすると言っていた。
つまり、
「エリオットさん達はこの国をこのまま維持したい理由があるってことか?」
『そういうこと』
よくもまあ、少ない会話からそこまで推測できるもんだと俺が感心していると、エリオットさんが目を丸くしてこちらを見ていた。
「全く、君達には驚かされるな」
「それじゃあ」
「うむ、君達の言う通りだ。我々はこの国をこの場所で存続させたい。何故なら」
エリオットさんが懐かしむように告げる。
「それが、この国を作った三代目勇者様と黒の聖女様の願いなのだから」