土下座と自己紹介
「使徒様! どうか我らをお救いくださいますようお願い申し上げます!」
「……えっ?」
目を閉じていたのはほんの一瞬のはずだった。
つい先ほどまで俺は確かに教室にいたはずなのに、目を開けて最初に目に映ったのは西洋風の作りの部屋と目の前にいる初老の男性だった。
そして、男性のとっている姿勢の意味を理解して絶句する。
土下座だった。
それはもう見事としか言いようのないほどに綺麗な土下座だった。
土下座は日本の文化だが、昨今、ここまで綺麗な土下座ができる日本人はいないのではないだろうか。
そんな、この状況に似つかわしくないないことを考えてしまうくらいにはどうやら俺も混乱しているらしい。
落ち着け、冷静になれと自分に言い聞かせ、男性に向かって話しかける。
「えっと、状況はよくわかりませんが、まずは頭を上げてくれませんか? これでは落ち着いて話ができません」
「しかし……」
「何か俺に聞いてほしい事があるんですよね」
「……はい」
「正直、俺はこの状況に混乱しています。ここはどこなのか? 貴方は誰なのか? 何故ここにいるのが俺だけなのか」
この部屋には俺と目の前の男性以外に何人もの人間がいる。
その誰もが俺の知らない人間で見知った顔は誰もいない。
鎧を着た人やメイド服を着た人(どちらもコスプレには見えない)がいるのが目に入る。
「王よ。ここは使徒様の言う通りに致しましょう。誠意は充分に伝わったかと」
一番近くにいた耳の長いエルフっぽい人が男性に話しかける。
男性はその言葉を聞き入れたのか、ゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。
「使徒様、私はこの国、フェルミナス王国の国王をしているエリオット・K・フェルミナスと申します。改めて、どうか我らの話を聞いていただけますか?」
男性、エリオット王が改めて俺に話しかけてくる。
予想はしていたがこの人はやはり王様らしい。
そして、フェルミナス王国と言っていたが、俺の知る限り地球にそんな国は存在しない。
この状況はやっぱり……
「異世界召喚……」
「使徒様?」
つい、声に出してしまった。
俺は誤魔化すように返事をする。
「わかりました。話を聞かせて下さい」
「ありがとうございます。それでは部屋を用意していますのでこちらへ」
エリオット王が部屋の扉に向かって歩き出す。
俺もその後に続き、周りにいた人達の中からはさっきのエルフっぽい人と見るからに女騎士といった恰好の少女の二人だけが俺の後ろからついて来る。
他の人達はその場で頭を下げていてついて来る様子はない。
この二人は王に次ぐ要職に就いているのだろうか?
しばらくの間廊下を歩くようなので自分の持ち物を確認する。
制服のズボンのポケットにスマホとハンカチ。ブレザーの内ポケットにはメモ帳と四色ボールペンと黒のボールペンがそれぞれ一本ずつか……。
取り合えず、充電が切れるとまずいので右手をポケットに入れ、スマホの電源を切っておく。
何に使えるかはわからないが……
それにしても、まさか二次元ジャンルの一つを実際に体験することになるとは……
人生何が起こるかわからないとは、誰の言葉だっただろうか?
「着きました。どうぞ中へ」
「はい」
色々と考えているうちに部屋に着いたらしい。
エリオット王に言われ、中に入る。
中は先程の部屋と同じで西洋風の作りだが、長机と椅子があり、会議室と言った雰囲気だ。
メイドさんが一人おり、椅子を引いてくれていたので、そこに座る。
「ありがとうございます」
「い、いえ」
お礼を言うと緊張しているのかぎこちない答えが返ってきた。
その間にエリオット王が向かい側の席に座り、他の二人もその両隣に座る。
「エリシアよ全員分の茶を頼む」
「は、はい直ぐにお持ちします!」
エリオット王に言われ、メイドさん――エリシアさんが早々と部屋を後にする。
そして、エリオット王が話し始める。
「それでは自己紹介とさせて頂きます」
「はい。お願いします」
「では我らから、先程も名乗りましたが改めて、エリオット・K・フェルミナスと申します。そして、私の右に座っている男はヘイゼルと言います」
「ヘイゼルと申します。この国では宰相をしています。以後お見知りおきを」
エルフっぽい人はヘイゼルさんと言うらしい。宰相ということは王の次に偉い人なのだろう。
「次に、私の左に座っているのが娘のリーゼリアです」
「リーゼリア・K・フェルミナスと申します。使徒様にお会いできて光栄です」
女騎士の人はなんとお姫様だったようだ。
てっきり護衛の騎士かと思ったがよく考えれば、護衛の騎士が王様の隣には座らないか。
「それでは俺の番ですね。神凪悠です。よろしくお願いします」
「カンナギ様と言うのですね」
「そうですが、様はやめてください。普通に悠と呼び捨てで構いません」
「しかし、使徒様を呼び捨てなど……」
「俺は一国の王様に敬語で話されるような人間じゃありませんし、ましてや"使徒"なんて呼ばれる覚えもありません」
"使徒"とやらがどういう存在なのか知らないが俺はただの高校生だ。
「普通に一人の若者に話しかけるような感じで話してください」
「むう……」
エリオット王が困った顔をしているが、俺としても変に期待されたり、畏まられても困ってしまう。
「では、私はカナタ君と呼ばせてもらってもよろしいですか」
「ヘイゼル」
「良いではないですか、王よ。お互いに畏まったままでは、腹を割って話すことはできないでしょう?」
「それはそうだが……」
「その代わり、カナタ君も私達に対して王だの宰相だのの肩書は忘れて話すようにしてください」
どうやら、ヘイゼルさんは俺の意図を組んでくれたらしい。
俺としても堅苦しいのは苦手なので、提案に乗らせてもらう。
「わかりました。ヘイゼルさん」
「後、私の敬語は誰に対してもなので、ご容赦ください」
「俺も目上の人には敬語なのでお互い様です」
「それでは、私のことは気軽にリアと呼び捨てで、年も近そうですし」
ヘイゼルさんと話しているとリーゼリアさんも会話に入ってくる。
「わかった。リア」
「ええ、よろしく、カナタ」
リアがニコニコと笑いかけてくる。
「わかった、では私もカナタ君と呼ぶことにしよう」
「はい、俺はエリオットさんと呼ばせてもらいます」
エリオットさんも折れてくれたところでタイミングよくエリシアさんがお茶を持って来てくれた。
目の前にお茶が置かれるが、それを見て新たな疑問が生まれる。
「湯呑み? というか緑茶?」
「は、はい、いけませんでしたか。日本の方には緑茶が良いと思ったのですが……」
エリシアさんが恐る恐るといった様子で聞いてくるが俺としてはそれどころじゃない。
この人は、いやこの人達は俺が日本人だと知っている。
「エリオットさん」
「ええ、全てをお話します」