帰還した者達
「ということがありまして……」
「ん、そう……」
昨夜のことを聞き終えた祈は相変わらず無表情だ。
だが、内心穏やかでないのが長い付き合いの俺には分かってしまう。
理由は分からないでもないけど……
「兄さんは恋人になったばかりの妹に手を出さずに放置したばかりか、他の女と夜中に密会していたと……」
「いや、手を出すって……お前まだ中学生だろ」
「ん、昨今のJCは進んでる。初体験を済ませている女子は少なくない。ソースはクラスメイトの陽キャ」
「おいこらやめろ。生々しい話をするんじゃない」
聞きたくなかったわ。今時の女子中学生の初体験事情なんて。
「仮に今時の中学生が進んでいるとして、実の妹ってところも置いておくとして、恋人になったその日に手を出すってどうなんだ?」
「据え膳食わぬは男の恥って言葉が……」
「それは陽キャにのみ当てはまる言葉であって陰キャの俺らには当てはまらない」
「ん、でも兄さんは前髪で目元が少し隠れてるから陰キャでも当てはまる」
誰が典型的なエロゲ主人公だ。
確かに普段消極的なのにそういう時だけガッツリ食いつく主人公っているけど。
「ん、冗談はこれくらいにする」
「どこまでが冗談だったんだ? 女子中学生のくだりか?」
「そこは本当」
「思春期男子が思い浮かべる女子中学生のイメージが……」
「その幻想はぶち壊す」
ドヤ顔で某右手の持ち主の台詞をパロる祈。
……もっと別に使いどころはあったと思うぞ、その台詞。
「……それで?」
「……悪かったよ」
祈が気に食わなかったのは、俺が知らない女と二人っきりで会っていたことだろう。
まあ、祈の気持ちは分かる。
俺も恋人になったその日に祈が別の男と二人っきりで会ってたりしたら物凄くモヤモヤする。
「けど、弁明させてくれ。ローゼと会ったのはあくまで偶然であって、意図して二人っきりになった訳じゃない」
「分かってる。だから、今は怒ってない」
今は怒ってない……か。
つまり、フォローの仕方を間違えたら怒るって言う宣言だな、これ。
「……」
無言でこちらを見つめてくる祈。
……できればもう少し心の準備をしてから言いたかったが、致し方無い。
「……色々と落ち着いたら街に遊びに行かないか?」
「ん、それはつまりデートのお誘い?」
「……まあ、そうなるんだけどさ」
あえて直接的な言い方を避けたにも拘わらず、祈が即答でその単語を口にする。
そう、今のはれっきとした"デート"のお誘いだった。
今までにも祈と二人っきりで出かけたことは何度もあったが、それを"デート"と言い表したことは一度もない。
だから、今回のこの誘いは俺にとって人生初の"デートのお誘い"ということになる。
つまり、何が言いたいかというと、
「ん、兄さん顔が赤い。どうしたの?」
「お前はここぞとばかりに責め立ててくるよな!」
「ん、兄さんがそんな恥ずかしそうな顔するのが悪い。端的に言うとゾクゾクする」
「唐突にドSキャラに目覚めるな!」
ニヤニヤ(といっても微妙に口元が緩んでいるだけだが)しながら俺を弄ってくる祈は実に楽しそうだ。
……もうこれデート行く必要なくない? だってどう見ても機嫌直ってるし。
「機嫌直ったみたいだし、やっぱりデートの約束はなかったことに……」
「ん、城門が見えてきた。もうこの話はここまで」
話に夢中で気付かなかったが、いつの間にか城門が見えるところまで来ていたようだ。
そうして城門に意識を向けるといつもと様子が違うことに気付いた。
「なんだ? なんか賑やかだな」
「ん、人がいっぱい」
城門の外側にざっと見て50人程の人間が整列していた。
全員が鎧姿なので騎士なのは間違いないが、今まで見たことのない顔ぶれだ。
そして、何よりも気になったのは一番前で台(朝礼台に似ている)の上から全員に話しをしている女性とその台のすぐ近くにいる男性だ。
「……強いな。あの前の二人」
「ん、そうなの?」
「ああ、魔力がかなり高い。ていうか高過ぎて正確に測れない。多分、リア以上だ」
「リア以上……? それどんな化け物?」
祈がそう言いたくなるのも分かる。
リアとは何度も模擬戦で戦ったが、レベルが上がった今でもまともに攻撃を当てられる気はしない。
だが、あの二人からはそんなリアよりも凄まじい魔力を感じる。
加えて整列している騎士達も全体的に魔力が高い。
恐らく、全員が冒険者ランクでBランクに相当する実力者達だ。
「今日はゆっくり体を休めなさい! じゃあ、これにて解散!」
騎士達に向かって何か言っていたようだが、話を終えたらしく女性が台の上から降り、それとほぼ同時に整列していた騎士達が散り散りになって街の方に歩いていった。
残ったのはリアよりも強そうな二人だけ。
「さて、久しぶりの我が家ね! のんびりしたいところだけど……」
「今日は召喚の日ですし、流石に忙しいと思いますよ」
年齢は二人共20代前半くらいだろう。
銀髪の美男美女で瓜二つとまではいかないが顔立ちが似ている。
「あら?」
「えっ?」
女性の方と目があった次の瞬間、その女性の顔が目の前にあった。
嘘だろ……全然目で追えなかったぞ……?
「貴方達、見慣れない顔ね……」
「え、えっと、神凪悠って言います。こっちは妹の……」
「神凪祈」
「その名前……もしかして異世界人?」
「はい。この国に召喚された異世界人です」
「……」
俺が質問に答えると女性は真顔になって沈黙してしまう。
「まさか……日付を間違えたのでは?」
「ち、違うわ。きっと何かの手違いのはずよ……」
突然、女性と男性がオロオロし始める。
俺と祈が「どうしたんだろう?」と顔を見合わせていると背後から声をかけられる。
「カナタ、イノリおまたせ……お母様! お兄様!」
「「リ、リア……」」
二人は気まずそうにリアの名を口にする。
というか、お母様にお兄様?
「えっと、リア? この二人は……」
「……不本意だけど私の母と兄よ」
「あはは……自己紹介がまだだったわね。この国の王妃をやってるオリアナ・K・フェルミナスって言うの。よろしくね?」
「どうも初めまして。僕は王太子のウィリアム・K・フェルミナス。以後お見知りおきを」
「それで? 召喚の日の朝に戻ってくるようにとあれほど念を押しておいたのに今頃になって帰ってくるとは一体どういうことですか?」
「「すいませんでした……」」
「謝罪は結構なので私が納得するような説明をしてください」
結局、街に行く予定を後回しにした俺達は城の会議室に来ていた。
会議室にはあの場にいた5人とエリオットさん、ヘイゼルさんの7人が集まり、オリアナさんとウィリアムさんの尋問を行っていた。
いや、尋問というより拷問だけど。
「あの、流石にそろそろ反省したんじゃ……」
「駄目です。今度という今度は私も堪忍袋の緒が切れたのです。少なくとも、この話し合いの間はそのままでいてもらいます。姫様、石追加で」
「無理! これ以上は無理だから!」
「あ、足がもう限界なんだ。リア、後生だからやめてくれないかい?」
「……まあ、自業自得だし仕方ないわね」
「「ギャー!」」
ヘイゼルさんの言葉を聞いたリアがインベントリから石を取り出し、正座させられている二人の太ももの上に載せる。
……どうやら、早速遊戯者の憧れの力を使いこなしているようだ。
「"石抱"。かつて江戸時代に実際に行われていた拷問の一つ。手を後ろで縛り、三角形の木を並べた台の上に正座で座らせ、太ももに石を載せていくというもの……ん、リアルで初めて見た。感激」
「そんなのに感激するな。ていうか、なんでそんなのが異世界に伝わってるんだよ……」
「なんでも聖女様が勇者様のお仕置きの為に使っていたらしいわ」
俺の疑問にリアが答えてくれるが、更に疑問が増えてしまった。
「拷問をお仕置きとして勇者に使うとか聖女何者?」とか、「そんなお仕置きをされるようなことを勇者がしたの?」とか。
いや、一番の疑問は「普段温厚なヘイゼルさんがなんで率先して王妃と王太子拷問してんの?」ってことなんだけど。
「ていうか、リア。お兄さんがいたんだな。後は……お母さん?」
「ん、若い」
正直、年の離れた姉だと言われたら信じてしまう程若々しい。
とてもじゃないが二児の母には見えない容姿だ。
「まあね。今まで遠征の指揮をしていたから城を留守にしていたの」
「「遠征?」」
「ええ、騎士団の訓練の一環でね。大体一ヶ月から二ヶ月くらいダンジョンに潜るのだけど、今回は騎士団の精鋭を連れてかなり深い階層で訓練していたみたい」
「騎士団の遠征の指揮を王妃と王太子がわざわざ?」
確かにあの二人は物凄く強そうだけどそういうのは騎士団長とかの役目だと思うんだが。
……あれ? そういえば騎士団の責任者って会ったことないな。
「ん、もしかして……」
「お察しの通り。お母様の肩書きは"王妃"兼"騎士団の団長"。お兄様は"王太子"兼"騎士団の副団長"よ。ちなみに二人共この国に3人しかいないSランク冒険者でもあるわ」
現騎士団のツートップがあの二人ってことか。
しかも、Sランク冒険者って……
「「……見えない」」
「でしょうね。身内としても今のあの姿はどうかと思うもの」
「……まあ、そう言ってやるな。普段はあれだが、ここぞという時には頼りになるのだ」
流石にあんまりだと思ったのかリアを窘めるエリオットさん。
だが、ヘイゼルさんを止めようとしないあたり、エリオットさんも苦労させられているのかもしれない。
「結局のところ二人はどうして怒られてるんだ?」
「……本当はカナタを召喚する時、あの二人もその場にいるはずだったの。召喚される使徒様を王族全員で迎える為にね。でも、召喚の一ヶ月前に遠征があって、それに二人が同行しない訳にいかないからいつもよりも早く帰ってくるってことだったんだけど……」
「今になってようやく帰ってきたと……でも、それなら召喚してからでも誰かが呼びに行けば良かったんじゃ……?」
俺達が召喚されてから一ヶ月間。
その間誰も俺達のことを伝えに行かなかったのだろうか?
「訓練の為に潜っていたのはダンジョンのかなり深いところだったの。騎士団の精鋭が全員参加していた以上そんなところまで行ける者は限られてるわ」
「冒険者は?」
「今回は高ランクの冒険者との合同訓練だったのだ」
「じゃあ、リアが行けば……」
「私がいない間に貴方達に何かあったらどうするのよ」
つまり、呼び戻そうにも方法がなかったってことか。
リアとエリオットさんの話を聞いていると今までお説教をしていたヘイゼルさんがこちらに来てイスに座る。
「はぁ~、まったく嘆かわしい……!」
「お疲れ様。お母様達はなんだって?」
「召喚される日付を間違えて覚えていたそうです……一ヶ月」
「「そんなことだろうと思った」」
「はぁ……」
リアとエリオットさんが呆れたように声を揃え、ヘイゼルさんが深くため息を吐く。
二名程拷問されてるが、これで王族、宰相、騎士団長という国の要人がようやく全員揃った訳だ。
近々話そうと思っていたことを切り出すいい機会かもしれない。
「実はエリオットさん達にお話したいことがあるんです」
「うむ、何かな?」
俺は聞いてくれている全員に向かって告げる。
異世界での新たな一歩となる言葉を。
「そろそろ城を出ようと思います」
※作中のオリアナとウィリアムは特殊な訓練を受けているので平気ですが、リアルでの石抱は大変危険なので真似しないようにお願いします。




