紅い瞳の少女
回想シーンです。
「……美味いな。この紅茶」
あまりに美味しくてついつい飲み干してしまった。
紅茶には詳しくないが、かなり良い茶葉を使っていると思う。
それに淹れた人間の腕も良いのだろう。
「それは良かったわね」
「……なんか人事だな」
「人事よ? だって私が淹れた訳じゃないもの」
違うんかい。
てっきり目の前の少女が自分で淹れたのかと思ったのだが。
「あっ、そういえば名前はなんて言うんだ? ちなみに俺は神凪悠だ」
「カナタ……そう、カナタって言うのね……」
音の響きを確かめるように俺の名前を呟く少女はなんだか楽しそうだ。
「えっと……?」
「ローゼよ。紅茶のおかわりはいかが?」
「ありがと」
少女――ローゼは空になったカップに紅茶を注いでくれる。
……なんだろう、初対面のはずなのに随分気に入られている気がする。
「それにしても、昼間は大変だったみたいね?」
「ああ、誰かさんのせいでな」
ローゼの目つきが変わる。
好奇心旺盛な人間のそれへ。
「ゴブリンジェネラルは人為的に生み出されたと?」
「状況が不自然だったからな。まず前提としてダンジョンの階層主は決まっている。なのに現れたのは本来の階層主より一回り強い魔物。人為的なものだと考えるのは当然だ」
「ダンジョンの暴走とは考えなかったの?」
「だったら俺達の退路を断つように入口は閉まらないだろ」
しかも、入口はゴブリンジェネラルを倒したのと同時に再び開いた。
いくらなんでも都合が良すぎる。
「もし、貴方の言う通りなら犯人は一体何がしたかったの? 貴方達をダンジョン内の事故として暗殺したかったとか?」
「違うな。だとしたら手段がお粗末すぎる。あの場には俺と祈以外にリアもいたんだぞ? ゴブリンジェネラルを倒すことも空間魔法で逃げることもできる」
「お姫様のことを知らないとしたら?」
「この国の姫だぞ? 知らない奴はいないだろ」
この小さな国でリアのことを知らない人間がいないとは考えられない。
なら、外部の人間が俺達を暗殺しようとした?
益々あり得ない。
この国は外部と完全に接触を断たれた死の樹海のど真ん中にあるのだから。
「なら、貴方は犯人の目的をどう考えているの?」
「俺と祈を試したかったんだろ」
「へぇ……断言するのね」
「入口を閉じたのもゴブリンジェネラルを嗾けたのも想定外の状況に俺達がどう対処するのかを見たかったからだ」
突然の出来事に冷静に対処できるか、自分達より格上の敵に挑む勇気があるのか、そして俺達の本当の実力はどの程度のものなのか。
あの一戦はそれら知りたかった人間が仕組んだと考えると辻褄が合う。
「って言うのが俺の予想した犯人の目的なんだが……合ってるか?」
「9割方正解よ♪」
うーん、9割か。惜しかったな……
「ていうか隠す気ゼロなんだな」
「やましいことは何もしてないのに隠す必要がある?」
「ないな。ゴブリンジェネラルに挑んだのは俺達の勝手なんだから」
ローゼはただ階層主を強くしたり、入口を塞いだりしただけだ。
悪意もなければ、殺意もないだろう。
「ちなみにどうして私が犯人だと?」
「今回の件についてまるで見てきたみたいに知ってたからな」
ゴブリンジェネラルのことはギルドが注意勧告したからともかく、俺達が閉じ込められたことは一部の人間しか知らない。
にもかかわらず、俺が入口の話をした時ローゼは問い返したりしなかった。
「根拠ははそれだけ?」
「あからさまに怪しかったって言うのもあるぞ」
「あら、どうして?」
「どう見ても一人なのにイスやカップがもう一人分用意してあったら怪しむだろ」
俺がここに来たのはあくまで偶然だ。
なのにローゼは最初からもう一人分のイスやカップを用意していた。
まるで俺がここに来るのが分かっていたみたいに。
「どうして俺がここに来るのが分かったんだ?」
「それはこの子のおかげ」
「蝶……?」
さっきの紅い蝶がローゼの手の甲に止まる。
「この子は私の使い魔でね。この子が見たものは私も見ることができるの」
「もしかして、ゴブリンジェネラルとの戦いも?」
「ええ、この子を通して見させてもらったわ」
……道理で視線を感じなかった訳だ。
どこかに隠れて見ていたなら気付けただろうが、流石に虫の視線は感じ取れない。
「それで? 知りたかったことは分かったのか?」
「ええ、貴方はとても興味深い存在だと再認識したわ」
「……ちょっと待て。貴方? 貴方達じゃなくてか?」
俺はてっきり俺達が異世界人だから目を付けられたのだと考えていた。
もしくは、ユニークスキルを複数持っている祈に目を付けたのかもしれないと。
だが、
「ローゼが興味を抱いたのは俺なのか?」
「そうよ? 貴方はそこを勘違いしてたから満点をあげられなかったの」
確かについさっきまで狙われたのは俺と祈の二人という前提で話していた。
それなら1割不正解だと言われても納得できるが……
「どうして俺なんだ?」
「私の視線に気付いたから」
「視線……? あっ」
装備を新調した日の記憶が思い起こされる。
街中で感じた違和感のある視線。
あの時の視線はローゼのものだったのか。
「私は人間観察が趣味なの。でも、最近は観察したいお気に入りがいなくてね。あの日も面白い人間がいないかなって探してた。そしたら……」
「俺がローゼの視線に気付いた……?」
「そう。時々いるの。スキルと関係なく純粋に勘が鋭い人間。そういう人間はいつも私を飽きさせない。だから、私は貴方に目を付けた」
「そんなこと言われてもな……」
正直、俺なんかより祈の方がよっぽど見ていて飽きないと思ってしまう。
やること成すこと突拍子もないし。
「……ていうか、四六時中見てる訳じゃないよな? 流石にそれはプライバシー的に嫌なんだが」
「安心して。面白そうなことが起こったらこの子が教えてくれるから。見るのはその時だけ」
テーブルの上に止まっていた紅い蝶を指差すローゼ。
まあ、それなら良いか。
「あとさ、俺達の力に関しては広めないでくれないか?」
「ユニークスキルのこと? 他人の秘密を言いふらす趣味はないから心配しなくて良いわ」
ローゼの言葉にほっと息を吐く。
どうやら、比翼連理についての詳細は知られなかったみたいだ。
知ってたら流石に聞いてくるだろうし。
もしくは知っていてなお気にしていないのだろうか?
「そんなことより、私としては貴方の使った見たことのない魔法について知りたいわ」
「魔法……? ああ、魔力具現化のことか。あれは魔法じゃなくて……」
ローゼに魔力具現化について簡単に説明する。
すると、
「こんな感じ?」
「はっ!?」
話を聞き終えたローゼが生み出したそれを見て、俺は思わず驚愕の声を漏らす。
ローゼが手に持つそれは正真正銘、魔力具現化で生み出された魔力の短剣だった。
「見聞きしただけで再現したのか!?」
「私も魔力操作はそれなりだから。だったらできない道理はないでしょう?」
「理屈はそうだろうけど……」
「それにしても、やってみて分かったけどこれ、結構難しいわね。最低でも魔力操作のレベルが5はないと使えないんじゃない?」
「まあ、そうだな……」
実際、魔力操作の低い祈は使うことができなかった。
リアなら教えれば使えるようになるかもしれないが。
「ていうか、やっぱりローゼも魔力操作のレベルが高いんだな」
「やっぱりってことは予想してたの?」
「ローゼからは魔力を全く感じなかったからな」
「他人の魔力を感じ取れるのね。そんなに魔力操作のレベルが高いとは思わなかったわ」
「実を言うと感じ取れるようになったのはついさっきなんだけどな」
ゴブリンジェネラルを倒して魔力操作のレベルが上がったおかげだ。
なんとなくだが他人の魔力を感じ取れるようになり、そこから力量をある程度測れるようにもなった。
だが、ローゼからは少しも感じ取ることができない。
考えられる可能性は二つ。
魔力を隠蔽しているか、強すぎて感じ取れないかのどちらかだろう。
そして、魔力操作のスキルが高いと自分の魔力が隠蔽できるようになるということは以前へイゼルさんに教えてもらった。
「……貴方、それだけ魔力操作に長けているのに戦闘は近接メインの前衛なの?」
「ほっとけ。覚えたくても覚えられないんだよ」
「属性魔法の魔法適性は?」
「闇魔法だけど」
「あら、得意分野よ。良かったら教えましょうか?」
「えっ、マジか?」
ヘイゼルさんに話を聞いたり、本で調べたりと色々試行錯誤していたのだが、未だに取っ掛かりすら掴めていなかった闇魔法。
もし覚えることができれば……
「いや、でもな……」
実に魅力的な提案だが、この少女に対して借りを作ることになるのは少しばかり抵抗がある。
恐らく、ローゼは悪人ではないが善人という訳でもない。
下手に借りを作って無茶な要求をされる可能性もある上、それに俺以外の他人が巻き込まれないという保証は何処にもない。
現に昼間の件には祈とリアも巻き込まれている。
勿論、昼間みたいな状況に何度も追い込まれるのは心臓に悪いというのもある。
しかし、一方で俺にまともな魔力の使い道が無いのも事実。
魔力具現化は魔力を消費こそするが、言ってしまえば使い勝手の良い武器を作っているだけで単体で攻撃力を持つ技術じゃない。
だが、闇魔法が使えるようになれば攻撃手段の幅が広がってより安全に魔物と戦えるようになるのは確実だ。
「うーん……」
「何を悩んでるのか知らないけど、別に何かを要求したりしないわよ」
「純粋な善意ってことか?」
「いえ? 貴方にできることが増えれば面白いことになるかもっていう打算的な提案」
……そんなことだろうと思った。
でも、実質ただで教えるって言ってくれてるようなものだよな。
「どうしてもただで教わるのが嫌なら……またこうやって話し相手になってくれればそれで良いわ」
「……そんなので良いのか?」
「ええ、構わないわよ」
「……分かった。ならよろしく頼む」
「任せなさい。貴方を一流の闇魔法使いに育ててあげるわ」
ローゼが胸を張って言ってくれるが、その言い方だと"闇魔法の使い手"というより"闇の魔法使い"みたいに聞こえて人聞きが悪いんだが。
誰が聞いてる訳でもないから別に良いけどさ。
「さてと、今夜はここまでね。また会いましょう?」
「ああ、またな」
こうして、少年は新たな少女と巡り会った。
この出会いが互いの一生を左右する出来事だと二人が知るのはまだ先の話。




