閑話 姿を消した少女
時は数時間前に遡り、テスタメント王国国境付近。
「ふぅ、やっと国境が見えてきた……」
私――白百合夏乃は隣国に続く街道を歩いていた。
ある程度整地された道とはいえ、重いリュックサックを背負いながらの移動は中々にキツかったが、なんとか今日中にはテスタメント王国から出られそうだ。
「お疲れ様です! 長い旅路でしたが、ようやく目的地が見えてきましたね!」
「……あんたはせめて自力で飛んでなさいよ。なんで私の肩の上で休んでるのよ」
「妖精がこんなところにいたら怪しいって言ったのはカノ様じゃないですか」
「それは人前の話よ! 周りに誰もいないじゃない!」
「キャー! 暴力反対ですー!」
私の肩から逃げていったコイツ―ーベルは妖精だ。
具体的には"ピクシー"という種族らしく、掌サイズの人間に羽が生えた容姿をしていて、私の肩から逃げたことからも分かるように……空が飛べる。
こっちの世界に来た時からの付き合いで、私のユニークスキルの一部だ。
ちなみに名前はピー〇ーパンに登場する妖精から取って私が付けた。
「どうしてこんなのが私のスキルから生まれたのよ……」
「何を言うんですカノ様! あの城から抜け出せたのは私のおかげなんですよ! もっと大切に扱ってもバチは当たらないと思います!」
「……そこは感謝してるけどさ」
私が勇者召喚なんてものに巻き込まれたのがつい一ヶ月前のこと。
他のみんながどうだったのかは知らないが、私にはどうにも城の連中が信用できなかった。
そして、どうにかして抜け出せないかと頭を悩ませていたところに現れたのがこの妖精――ベルだった。
「ああ、少し前は私の言うことをあんなに素直に聞いてくださったのに……」
「あんたがふざけて間違った知識を教えなければ私もこんな扱いしなかったけどね」
「だって、恥ずかしがるカノ様可愛いんですもの!」
「…………」
「あ、あの、無言で拳を握りしめるのは流石にちょっと怖いです……」
確かにベルは私に色々なことを教えてくれた。
自分が私のユニークスキルの一部であり、味方だということ。
スキルのこと、世界のこと、そして勇者召喚のこと。
全てを聞き、嘘を吐いていないと判断した私は城からの脱走を決意し、ベルの手を借りて逃げ出すことに成功した。
そこまでは良かったのだが、問題だったのはベルの性格。
旅をしている間に何度となく、私をからかって辱めようとしてくるのだ。
理由は聞いての通り、「恥ずかしがる姿が見たいから」だそうだ。
「はぁ……」
「そんなに深い溜息を吐かなくても……まあ、私が悪いんですけど」
「分かってるなら自重しなさいよ」
「……てへぺろっ!」
「ふんっ!」
「あいたっ!?」
ムカついたので拳を振り下ろすと、殴られたベルが地面に叩きつけられて動かなくなる。
私はベルを放置して無言で歩き出す。
「ちょっと! いくら死なないからって容赦なさ過ぎでは!?」
「愛の鞭よ。泣いて喜びなさい」
「無理ですぅ! 私はそこまで上級者じゃないんですぅ!」
半分涙目なベルがすぐに追いついてくる。
そう、ベルは私が死なない限り絶対に死なない。
ピクシーという妖精はベル以外にもいるらしいが、それとは関係なく私のユニークスキルの一部だから死なないらしい。
ストレスが溜まった時に丁度いいサンドバッグに……
「やめてください。お願いします。自重しますので……」
「分かればよろしい……っとさっさと隠れなさい」
「はーい」
そろそろ関所に差し掛かる。
この世界で妖精は珍しいのでベルを連れていると目立ってしまう。
ベルを服の内側に隠し、関所に向かって歩いていく。
すると何人かの騎士が関所を通る人間のチェックをしているのが見えた。
「よし、通っていいぞ 次の奴はいるか!」
「はい」
「おう、身分証を出してくれ」
「これで良いわね」
「どれどれ……嬢ちゃん冒険者なのか。にしても一人旅は危なくないかい?」
「まあね。本当はどこかの商人の馬車に相乗りさせてもらいたかったのだけど……」
「はっはっはっ! さてはこっち方面の馬車がいなかったんだろ。この辺はある程度行き来する時間が決まってるからな」
「……そうだったのね。次からは気を付けるわ。通って良い?」
「おっと、フードを取ってくれないか? 行方不明の使徒様がいるらしくてな。今は関所を通る人間は厳しくチェックしなくちゃいけないんだとよ」
一瞬、動揺が顔に出そうになるが、なんとか堪える。
私は関所の騎士にフードを取って顔を見せる。
「へぇー、可愛い顔してんだな」
「問題なかったでしょ?」
「おう、問題なしだな。通って良いぞ」
「……ねえ、使徒様が行方不明って何人行方不明なの?」
「ああ、二人らしいぞ?」
……私とアイツのことか。
なら、私以降は脱走者が出てないのね。
「なんだ? 興味あるのか?」
「まあね。なんたって伝説の使徒様だもの。是非とも教えてほしいわね」
「そりゃあそうか。って言ってもどっちも似顔絵も回ってこなくてな。分かってるのは嬢ちゃんくらいの年頃の男と女ってだけだ」
でしょうね。
私は召喚されてから一日もあの城にいなかったし、そもそもアイツは城に召喚されてすらいない。
似顔絵を描くのは不可能だろう。
……スマホを持ってる連中が写真を見せて似顔絵を書いてもらう、という可能性も考えていたけどどうやら杞憂だったわね。
「後は黒髪らしい。だから、その特徴で探してるんだが……嬢ちゃんは金髪だしな」
「なるほど、だったら私は問題ないわね……話を聞かせてくれてありがとう。そろそろ行くわね」
「ああ、道中気を付けてな。嬢ちゃん!」
騎士に手を振ってから関所を通り、しばらく歩き続ける。
「ふう、なんとかなりましたね!」
「ええ、助かったわ」
関所が見えなくなったところでベルが顔を出して話しかけてくる。
「カノ様の言う通り、髪の毛の色を変えただけで随分あっさりと通してくれましたね」
「当然ね。写真もなければ似顔絵もない。なら、後は髪の毛の色くらいでしか判別なんてできないでしょ」
「またしても有能な私のおかげですね! どうします? そろそろ髪の毛の色を戻しますか?」
「やめとくわ。黒髪が珍しいことに変わりはないんでしょ。このままの方が面倒事を避けられる」
ベルに魔法で変えてもらった金髪を触りながら思う。
……性格がまともならもっと有能なんだけど。
「ギルドカードも作っておいて良かったわ」
「結構信用度高いですからね。身分証としてのギルドカードは」
ギルドカードは旅に出てすぐにベルに言われて作った。
理由は身分証代わりになるのと、冒険者ギルドで魔物の素材を買い取ってもらえるようになるからだ。
一応、城から迷惑料としていくらかくすねてきたけど、路銀を稼ぐ手立てがあって困ることはないし。
「それよりさっきの話ね。やっぱり、まだアイツは見つかってないみたい」
「カノ様の愛しの君ですか?」
「はっ倒すわよ?」
「サーセンした!」
……アイツはそんなんじゃないわよ。
ただ、安否の確認くらいはしておきたいだけ。
「だって、城を抜け出したのは彼の為ですよね? なんでしたっけ? カナト様?」
「かなたよ。神凪悠。っていうか城を抜け出したのは連中が信用できなかったからって言ったでしょ。実際、魔王を倒せば元の世界に帰れるなんて嘘吐いてたわけだし」
ベル曰く、少なくとも一年間は渡り月がこないので帰れない。
しかし、連中はそのことを黙って、「魔王を倒せば元の世界に帰れる」と私達に説明していた。
そんな連中の元にいられるはずがない。
「でも、旅してる目的はそのカナタさんを探す為ですよね?」
「……そういう面もなくはないけど、あくまで安住できる場所を探すのが旅の目的よ」
「元の世界に戻る気は……」
「さらさらないわね」
誰が好き好んであんな世界に戻りたがるのよ。
そういう意味では嘘を吐いていようが、いまいが私はいずれ城から抜け出したいたことだろう。
「……改めて安心しました。貴女の目的は私達妖精にとっても都合がいいですから」
「分かったなら全力で私をサポートしなさい」
「承知いたしました。我らの愛しき妖精女王」
一個前の閑話で言われていた少女の話ですね。
後、閑話はここで終わりです。
次からは第2章に入りますのでどうかお楽しみに!




