日常から非日常へ
初日投稿の3話目です。
「おーい。悠、起きろよ」
「んんー」
肩を揺さぶられ、沈んでいた意識が戻ってくる。
「ふわ~、おはよう」
「本当にぴくりとも動かなかったな、お前」
「マジで限界だったからな」
大きく伸びをする。
ああー、体がゴキゴキ鳴っているのがわかる。
「それで、調子はどうだ?」
「ああ、大分楽になった」
本音を言えばもう少し寝ていたいが、意識もかなりはっきりしてるし、次の授業は起きていられるだろう。
「ほれ」
「ん?」
身体を鳴らしていると、政人が机の上に缶コーヒーを置いてくる。
正直かなり有り難い。
「悪いな、いくらだった?」
「いいよ、俺の奢りだ」
「そうか? サンキューな」
政人に感謝しつつ、人差し指で缶のプルタブを開け、一気に飲み干す。
口の中にコーヒーの苦みが広がり、頭がスッキリしていくのがわかった。
「にしても眠気覚ましのためとはいえコーヒーなんてよく飲めるよな」
「そういえば、甘党だったな政人は」
自分が飲んだわけじゃないのに苦そうな顔をしている政人。
慣れると美味しく感じるようになるんだけどな。
政人と話していると一人のクラスメイトが近づいてきた。
「神凪君! 起きたんだ」
「御柱か、おはよう」
「おはようじゃなくて、おそようだけどね」
「えっマジで? 政人、ちゃんと4時間目に起こせって言っただろ?」
「心配すんな、ちゃんと4時間目の前だよ。後、御柱が言ってるのはそういうことじゃないと思うぞ」
「そうなのか?」
話しかけてきたのはクラス委員長の御柱陽葵だ。
腰あたりまで伸ばした長い黒髪に、はっきりとした顔立ち。
控えめに言っても美少女と言って言いその容姿に加え、柔らかい物腰といつも笑顔でニコニコしているからか、男女問わず好かれており、クラスの人気者と言って差し支えないだろう。
家庭科部に所属しており、料理や裁縫も得意らしい。
「もう、駄目だよ。ちゃんと授業は受けなきゃ」
「そうは言うがな御柱、俺が3時間分寝ていたのにはきちんと理由があるんだぞ」
「どんな、理由があっても授業中に寝てたら駄目だと思うけど……」
困った顔で俺を見てくる御柱。
クラス委員長としては、寝ている生徒を見逃せないのであろう。
加えて先程から視線を感じるが、俺と御柱が話しているのが気になるのか何人かのクラスメイトがこちらをチラチラ見ているのがわかる。
ちなみに政人は面白そうに俺たちの会話を見守っている。
「いいか、次の4時間目の授業はなんだと思う」
「数学だよね」
「そうだ、それと同時に教育実習生の受け持つ授業でもある」
「そういえば、今日は綿貫先生の初授業だっけ」
うちのクラスには先週から教育実習生が来ている。最初は数学担当の教師の授業を見学していただけだったが、今週からは実際に教壇に立ち、生徒に授業をすることになっている。
「その最初の授業で生徒が寝ていたら流石に可哀そうだろ?」
「うーん、確かに」
「つまり、俺は3時間分寝ることで4時間目に寝ることを回避したんだよ」
「綿貫先生に気を使ったのはわかるけど、それなら夜ちゃんと寝れば良いんじゃないかな!?」
御柱が盛大にツッコミを入れてくる。
いや、普段ならそうするんだけど、こっちはこっちで修羅場なので勘弁してほしい。
「だいたい、俺が授業中に爆睡してるのは今に始まったことじゃないだろうに」
「それはそうだけど、神凪君は今年度から生徒会副会長でしょ。もうちょっと生徒の模範になるように心掛けようよ」
「いいんだよ、俺は。大体それなら会長がいるだろ」
俺はあれほど生徒の模範となるべき人を他に知らない。
頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗と三拍子揃った完璧超人だ。
役員決めの選挙でも他の候補に圧倒的に差をつけて生徒会長に当選している。
俺も尊敬しているから、是非とも全校生徒は会長を模範としてほしい。
「確かに会長さんはそうだけど神凪君がだらけて良いことにはならないよ」
「会長は生徒の模範率が170%くらいの人だから俺は30%くらいでバランスが取れるんだよ」
「そこのバランス取る必要絶対ないと思うよ!」
またしてもツッコまれてしまった。
政人は政人で口元抑えて笑い堪えてるし。
「というか、ならなんで今まで起こさなかったんだ?」
「えっ」
「授業の合間に起こす機会はあっただろ?」
「えーと、それはその、何と言いますか」
何故か頬を染め、あわあわしている御柱。
何かを伝えたいが動揺して、言葉にならないといった様子だ。
しばらくその様子を観察していると、今まで黙っていた政人が話しかけてくる。
「それより、悠、顔でも洗ってきたらどうだ? まだ、目が眠そうだぞ」
「ん? そうか?」
「ああ、行くなら早く行って来い。もうすぐチャイムが鳴るぞ」
政人に言われ、教室の壁掛け時計に目を向ける。
チャイムが鳴るまで後、2、3分といったところか。
「わかった、ちょっと行ってくる。御柱、次の授業はちゃんと起きてるから心配しなくても良いからな」
「う、うん、わかったよ」
政人と御柱に言い残し、俺は教室を後にした。
悠のやつが教室を出るのを見届けてから俺、桐生政人は御柱に話しかける。
「……なあ、御柱」
「ごめん! 桐生君。おかげで助かったよ」
両手を合わせて謝ってくる御柱。
「いや、俺はいいんだけどな。ただ、悠は別に鈍感ってわけじゃないからあんまりぼろ出すと気付かれると思うぞ」
「うう、やっぱりバレバレだよね……」
「いやー、俺くらいだと思うけど」
自分で言うのもなんだが俺は察しが良いほうだと思うし。
「それで? 結局なんであいつが起きるまで待ってたんだ?」
「え?」
「注意をしに来たのは本当何だろう?」
御柱の性格的に、寝ていた悠を注意したかったのは本当のことだろう。
ならなぜ、起きるまで待っていたのか。
「だって、その……」
「その?」
「寝顔が可愛いかったから……」
ぼそぼそと俺にしか聞こえないくらいの小声で、そう伝えてきた。
よほど恥ずかしかったのか、御柱はそれ以上何も言わず、自分の席に足早に戻っていった。
その言葉を聞いて俺は、溜息をつかずにはいられなかった。
「はあ、罪な男だねー、あいつも」
トイレの水道で軽く顔を洗い、教室に戻るのとほぼ同時に4時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。
俺はさっさと席に戻り、机の中から教科書や筆記用具を取り出す。
教壇のほうに目を向けると、そこには既に教育実習生の綿貫菜乃花が授業を始めようとしているところだった。
キリっとした顔立ちに、少し茶色がかったセミロングの髪。スラっとした手足や腰回りは女生徒達からスタイルが良いと絶賛されていたのは、記憶に新しい。全体的に可愛いと言うよりは綺麗と表現されるような女性で少しばかり近寄りがたい雰囲気だが、性格はむしろ穏やかと言ってよく、先週は多くの生徒に囲まれて、質問攻めに合っていたが、一つ一つ丁寧に返答していた。
「それでは、授業を始めます。日直の人は号令をお願いします」
「はい! 起立、礼、着席」
日直の生徒の号令に合わせて、クラス全員がお決まりの動作をし、着席する。
全員が着席したのを見計らって菜乃花さんが話し出す。
「私は知っての通り、今日が始めての授業になります。拙い授業になると思いますが、どうかよろしくお願いします」
「「「はーい」」」
菜乃花さんの緊張気味の固い挨拶に生徒達は苦笑しながらも声を揃えて返答する。
「ありがとうございます。それでは教科書の32ページを……」
生徒達の返答を聞いてほっとした様子の菜乃花さんが教科書を開き、板書をしながら、話し始める。
そうして、授業に集中していると……
キーンコーンカーンコーン
あっという間に4時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。
「それでは、授業を終わります。日直の人は号令をお願いします」
「はい! 起立、礼、着席」
授業が終わり、教室の約半数の生徒が教室を後にする。
恐らくは、学食で昼食を取る組だろう。
残り半数の弁当持参組は教室に残り、それぞれが昼食を取り始める。
ちなみに俺も政人も弁当持参組なので、教室に残っている。
「ああー、腹減ったなぁ」
「ああ、今日は俺も朝飯軽かったし、腹が減ったな」
鞄から弁当と水筒を取り出しながら政人に答えを返す。
フレンチトーストに調理しているが、食べた量的には食パン1枚だからな。
弁当を机に広げていると、ふと教壇の方に人が集まっているのが見てとれた。
「綿貫先生! 先生の授業すごく良かったです!」
「そ、そうですか? 私はまだまだ改善点があると思ったのですが……」
「そんなことないですよ! 楽しく授業を受けることが出来ました!」
何人かの女生徒が、菜乃花さんに先ほどの授業の感想を言っているようだった。
菜乃花さんは生徒達の勢いに圧倒されているといった様子だが、俺にはわかる。
あれは内心満更でもないという顔だ。
「やっぱり、綿貫先生の人気はすごいな。普通の教育実習生ならあんな風に取り囲まれないよな」
「まあな」
「悠はさっきの授業はどう感じたんだ?」
「ん~。どっちの意見にも賛成ってところだ。確かに改善点はあるが、初めての授業とは思えないほどしっかりとまとまった授業だった」
「悠がそう言うってことはやっぱりすごいんだな。綿貫先生」
「おいおい、素人の意見だぞ」
政人が弁当の唐揚げを頬張りながらうんうんと頷いている。
食うか頷くかどっちかにしろと俺が政人に呆れていると、教室の後ろの扉が開き、二人の女生徒が教室に入ってきた。
そして、そのまま真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。
「悠君に政人君、昼食中すまない。少し話をしたいのだが、いいだろうか?」
「会長? どうしたんですか? 春風まで」
「どもです! いやー私は特に用はないんですが、廊下で偶々会長に会ったら、悠先輩のところに行くって言うので来ちゃいました!」
「なんじゃそりゃ」
先に俺に話しかけてきたのは隣のクラスの西蓮寺紫苑だ。
女性にしては長身の身長に、整った顔立ち。長い黒髪を縛っており、静かでお淑やかな雰囲気とも相まって第一印象は和風美人といったところだろうか。
この学校の生徒会長を務めており、つまりは俺の学校での上司にあたる人だ。
「生徒会役員に午後の活動の件で伝えることがあってな。最初に悠君のところに伝えに来たら、廊下で先に咲葉君に会ったので、もう用件は伝えたのだが……」
「会長、こいつのすることを一々考えても無駄ですよ」
「どういう意味ですかー!?」
会長の横で騒いでいるのは、1年の春風咲葉だ。
平均よりやや低めの背丈に、くりくりとした瞳、ふわっとした髪の毛を持つ美少女だが、如何せん騒がしい性格が難点だ。
まだ出会って1ヶ月ちょっとのはずなのに妙に俺に懐いているのも謎だ。
意外にも数字に強く、生徒会では会計を務めている。
「そもそも何で2年の階にいるんだ?」
うちの学校は学年毎に階が分かれているから、1年の咲葉が2年の廊下で偶然会長に会うなんてことは基本的にないはずなんだが。
「4時限目が移動教室でこの階だったんですよ」
「ああ、なるほど」
咲葉がむくれながら答えを返す。
よくよく見て見ると、後ろ手には教科書と筆箱を持っているようだ。
授業が終わって自分の教室に戻る前に会長に会ったのだろう。
「会長から用件聞いたなら、そのまま自分の教室に戻れば良かったのに……」
「なんでそういう寂しいこと言うんですかー!」
「まあまあ」
うがーっと俺に掴みかかろうとする咲葉とそれを宥める会長を眺めていると、今まで黙々と弁当を食べていた政人が一息ついたのかこちらに興味を示す。
「悠はまた、面白い娘に好かれたな」
「好かれた? 懐かれたの間違いだろ」
「誰が調教されたメス犬ですか! ちなみに私は猫派です!」
「誰も言ってないし、聞いてないだろ」
俺だって犬か猫なら猫派だ。
まあ、咲葉を犬か猫に例えるなら断然犬だろうけどな。やかましいし。
「絶対この人失礼なこと考えてますよ! 会長も何とか言ってくださいよ~」
「うん? 私は咲葉君に好かれたいし、犬か猫なら犬が好きだが」
「会長……好き!」
ひしっと胸元に抱きついてきた咲葉をよしよしと優しく抱きしめ返す会長。
「それで? 結局用件は何だったんですか?」
「ああ、午後の会議の後に先生に仕事を……」
会長が言いかけた瞬間、突然教室の床が白く光り出す。
「なっ!」
「これは……!」
教室にいた生徒達が突然の状況に戸惑い、騒ぎ始める。
俺もイスから立ち上がり、床に目をやると薄らと文字のようなものが浮かび上がっているのがわかった。まるで魔法陣のような……
いや、それよりも、
「会長! 教室の外にみんなを!」
「ああ、わかってる! 全員、今すぐ教室の外に出るんだ!」
こういう時には会長のような人の言うことの方が生徒達は聞きやすいと判断し、会長に声をかけ、俺はまだ状況が飲み込めてない政人と咲葉の手を取り、廊下に駆け出そうとするが、それよりも早く白い光がより一層その輝きを増し、視界を白く塗り潰し、俺は思わず目を閉じてしまう。
目を閉じる寸前、俺の足元だけ別の魔法陣が浮かんだような気がしたが、すぐに身体全体がふわふわとした感覚に包まれてしまう。
この日、教室内にいた22人の人間は忽然と姿を消した。
「兄さん?」
明日からはとりあえず毎日投稿とエタらないことを目標に頑張っていきます。