表裏一体
「まだまだ言い足りないけど。お父様とヘイゼルに免じてこのくらいにしておくわ」
「「ありがとうございます……」」
「後、今日はもう大人しく部屋に戻って休む事。分かった?」
「「はい、そうします……」」
カナタとイノリが退室する。
扉が静かに閉まってから私――リーゼリア・K・フェルミナスは未だに収まらない気持ちをついつい吐き出してしまう。
「まったく、あれほど無茶しないって言ったのに……」
「まあまあ、姫様もういいではないですか」
「うむ、終わりよければ全てよしと言うしな」
「お父様もヘイゼルも二人に甘過ぎです」
幸い、二人に大きな怪我はなかったが、一歩間違えたら死んでいてもおかしくなかった。
「それにしても、まさかゴブリンジェネラルを倒してしまうとは……」
「姫様の報告だと二人にそこまでのステータスはなかったはずなのですが……」
お父様とヘイゼルが抱く疑問はもっともなものだった。
何せ実際に見ていた私ですら夢だったのではないかと疑ってしまうのだから。
「カナタ君が使ったという魔力具現化は確かに今までにない新しい技法だ。しかし、使ったのは止めを刺す時だけだと聞いた。だとしたら、そこまでの状況に持っていく為の何かが必要なはずなのだが……」
何か……戦闘中に二人の雰囲気が変わった事かもしれない。
あの時の二人の姿はまるで……
「表裏一体……」
「何?」
「姫様……?」
「あっ、いえ、今日の戦いを見てそう感じたもので……」
「ふむ、なるほどな」
「しかし、表裏一体ですか……一心同体ではないのには理由があるのですか?」
確かに普通なら一心同体と表現するかもしれない。
けど……
「あの二人は色々なところが正反対だから。それを"一心"とは呼ばないと思ったの」
この一ヶ月間、二人の傍らで見てきた私はそう感じた。
強いて言うなら理由はその程度のものだけど。
「的を射た表現かもしれんな」
「同感です」
「えっと、話の腰を折ってごめんなさい。それでお父様はその何かを調べた方が良いとお考えですか?」
「いや、そういう訳ではない。むしろ詮索はしない方が良いと思っておる」
「そうですね。私も陛下の意見に賛成です」
お父様の意見にヘイゼルも賛同する。
「あの二人は聡明だ。もし、何かを隠しているのだとしたらそれ相応の理由があるのだろう」
「ええ、そしてこれは私の勘ですが……その何かは竜の逆鱗に等しいと感じます」
「竜の逆鱗……」
竜が持つという絶対に触れてはならない鱗。
触れたら最後、怒り狂った竜によって災厄が巻き起こると言われている。
それほどの秘密だと言うの……?
「お主の勘はよく当たる。ならばなおの事この件には触れるべきではない。リア、分かったな」
「はい、分かりました」
気にならないと言えば嘘になるけれど、あの二人の怒りを買ってまで知りたいとは思わない。
それに竜までいかずとも、あの二人が眠れる獅子だという事は私も感じているのだから。
「「疲れた~」」
リアの長いお説教から解放された俺は部屋に戻って来た。
部屋の明かりをつけるのも忘れてベッドに倒れ込む。
のだが……
「なんで祈も俺の部屋に……」
「ん、話があったから……」
俺と祈は寝転がっていた体を起こし、ベッドに腰掛けて話し始める。
「……ゴブリンジェネラルの事か?」
結局、どうして本来の階層主のゴブリンリーダーではなく、ゴブリンジェネラルがいたのかは分からずじまいだった。
ギルドに報告したところ、調査がされる事になったらしく、原因が分かるまでは10層の階層主の部屋は立ち入り禁止になった。
「ん、それもある。でも、本命の話は今後の私達の関係について」
「……その話する?」
「する。だって私は兄さんが好きだから」
不意の一言にドキッとする。
今までにも言われた事はあったが、それはあくまでも兄妹の範疇の"好き"だった。
でも、今の"好き"がその範疇に含まれていないのは間違いなかった。
「比翼連理で俺の気持ちを聞いたから……か?」
このタイミングで言い出す理由はそれしか思いつかない。
祈の気持ちがあれほどストレートに伝わってきたのだから、俺の気持ちも同じくらい祈に伝わっているはずだ。
……ヤバい、思い出したらまた恥ずかしくなってきた。
「ん、本当は比翼連理の存在を知ってからずっと考えてた。それは兄さんも同じのはず」
「……まあな」
祈の言う通りこの一ヶ月間、俺は考え続けてきた。
地球と違うここでなら俺達の関係を受け入れてくれるかもしれない。
なら開き直っても良いんじゃないかと。
だが……
「やっぱり、どこに行っても兄妹同士の恋愛は普通じゃないんだよな」
「ん、仕方ない」
それとなくリアやヘイゼルさんにこの世界の恋愛観や法律について尋ねてみたが、やはり兄妹での恋愛は普通ではないらしい。
法律で禁止はされていないらしいので地球よりはましだが、生き辛い道である事に変わりはない。
だから、考えてはいても答えは出なかった。
「でも、兄さんの想いの強さを知って、私と同じなんだって気付いた。そしたら答えが出た」
「……だろうな」
俺もそうだ。
今日の戦闘中に聞いた祈の想い。
それを聞いた瞬間、答えは出た。
でも、それを伝えるのはまだ早いと思った。
だけど、祈は…………
「私は兄さんと恋人になりたい」
「…………」
それは紛れもなく、お互いが口にする事を拒んでいた愛の告白。
口には出さなかった俺の答え。
そして、兄妹という一線を越えてしまう一言だった。
「俺達は実の兄妹なんだぞ」
「知ってる」
「周りの人間は理解してくれない」
「どうでもいい、兄さんがいれば」
「色んな障害が俺達の道を阻む」
「兄さんとなら乗り越えられる」
はっきりと言い切る祈の表情は晴れやかだった。
どうやら、既に覚悟は決まっているらしい。
「はぁ……せっかく告白してくれたのに無粋な事言ってすまん」
「ん、兄さんはそれで良い。私の暴走を諌めるのは兄さんの役目」
「役目だったのか……」
「ん、返事は?」
そんな嬉しそうな声で聞くなよ。
俺の答えが分かりきってるからって。
「……俺も祈の事が好きだ」
「ん、知ってる」
「だから……その……恋人になってほしい」
「ん、喜んで♪」
いつからかは分からない。
血の繋がりを持つ少年と少女は互いに惹かれ合い、恋に落ちた。
叶わぬ夢、叶わぬ恋のはずだった。
しかして運命の悪戯か、二人の恋は成就する。
異端の兄妹は禁忌を犯し、互いに添い遂げる事を誓い合う。
待ち受けるのは幸福か、はたまた破滅か。
今はまだ誰にも分からない。
分かっているのはただ一つ。
二人の物語が長い序章を終えたという事だけだった。
「星が綺麗だな……」
深夜。
寝付けなかった俺は城の中庭で星を眺めていた。
「まあ、理由は分かり切ってるけど……」
疲れて寝てしまった祈が俺の部屋のベッドにいるからだ。
別に欲情した訳ではないのだが、一緒に寝ていたら妙に落ち着かなくなってしまったのだ。
恐らく、恋人になった直後だから普段より余計に意識してしまっているのだろう。
「ん?」
目の前を何かが横切った。
よく見るとそれは紅い蝶だった。
なんとなくひらひらと飛ぶ蝶を追いかけていくと……
「女の子……?」
そこにいたのは……金色の髪と紅い瞳の少女だった。
歳は祈より少し下くらいだろうか?
あどけない顔立ちをしているが驚く程肌が白く、同時に儚さを覚える。
髪は長めのツインテールで、服は赤を基調としたゴスロリっぽいドレスを着ている。
中庭の中央には昼間はなかったはずのテーブルとイスが置いてあり、少女はそこでお茶を飲んでいるようだった。
「こんばんは」
イスに座っていた少女がティーカップをテーブルの上に戻し、話しかけてきた。
カップをテーブルに戻す時の所作からは育ちの良さが見て取れる。
「ああ、こんばんは。こんな時間に一人でお茶会か?」
「ええ、今日は星が良く見えるから」
にっこりと微笑んだ少女は自分の向かい側のイスを指差しながら……
「良かったら貴方もどう? 美味しい紅茶を入れてあげるわ」
第1章、終了しました!
ここまで読んでいただいてありがとうございます!
これからについてですが、閑話を少し挟みつつ、第1章を少し修正する予定です。
話数の変動などがあると思いますが、内容に大きく手を加えるつもりはないのでご容赦ください。
閑話と修正が終わり次第、次章に入ろうと思っているので第2章はもう少しお待ちください。
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※少女との出会いの部分を変更しました。