比翼連理
階層主に向かって駆け出そうとした瞬間、即座に違和感に気付いた。
部屋の中がやけに静かだったからだ。
本来なら複数のゴブリン達が騒いでるはずなのに。
だが、その静寂はすぐに破られる事になった。
「ガァァァァァァァァァァァァ!」
「「!?」」
叫び声を聞いた瞬間に体が硬直する。
そして、表示された魔物の名前に俺達は絶句した。
ゴブリンジェネラルLv:25
ゴブリンリーダーじゃない!
部屋の中にいたのはホブゴブリンと同じくらいの身長を持った1体のゴブリンだった。
しかし、その肉体はホブゴブリンと違って筋肉質だ。
武器は右手に長斧を持っている。
「リア! どういう事だ!?」
「分からないわ! ここの階層主は確かにゴブリンリーダーのはず……ゴブリンジェネラルが出た事なんて今まで一度もなかったのに!」
どうやら、リアにとっても想定外の事態だって事は分かった。
「ん、情報がほしい。簡潔に教えて」
「ゴブリンジェネラルはゴブリンリーダーと同等の知能とホブゴブリン以上のパワーを持つCランクの魔物よ!」
「「Cランク!」」
ゴブリンリーダーよりもさらに上のランクだ。
だとしたらあの迫力も頷ける。
「とにかく、今すぐ撤退を……」
バタン!
リアの言葉に反応したように入口の扉が勢い良く閉まる。
「なっ! どうして!」
リアが扉に駆け寄り、開けようとするがびくともしない。
まずいな、どうやら退路を断たれたみたいだ。
「くっ、こうなったら私がゴブリンジェネラルを倒すわ! 二人は離れたところで……」
「ん、ストップ」
「ひぐっ!?」
ゴブリンジェネラルに駆け出そうとしたリアの後ろ襟を祈が間一髪で掴む事に成功する。
おかげでリアは窒息しかけたようだが。
「な、何を……」
「ん、リア落ち着いて。アイツはこっちの様子を伺ってるだけ」
「えっ……?」
リアがゴブリンジェネラルの方を見る。
確かにアイツはこっちの様子を見ているだけだ。
いや、あれはこっちが仕掛けるのを待ってるのか?
もしかしたら、強者の余裕って奴なのかもしれない。
「祈の言う通りだ。しばらくは話してられると思う」
「ん、状況を把握したい」
「……二人共、冷静ね」
「だって、リアならあれを倒せるんだろ?」
リアの冒険者ランクはAランクのはずだから、Cランクの魔物に負ける事はないだろう。
それに……
「ん、それにリアの空間魔法で脱出することもできる」
「……あっ」
「そういうことだ」
要するに、逃げる事もできるって事だ。
そんなに焦るような状況じゃない。
「……ごめんなさい。おかげで頭が冷えたわ。こんな簡単な事にも気付かないなんて……」
「ん、どういたしまして。後、このまま私と兄さんがアイツと戦うのを許してほしい」
「ええ、そう……どさくさで何をとんでもない事を言ってるのかしら!?」
祈の思いがけない一言にリアが声を荒げる。
「ん、戦う相手がゴブリンリーダーとその他からゴブリンジェネラル1体に変わっただけ」
「変わっただけって……」
「いざという時に後ろにリアがいてくれるならCランクが相手でも死なないだろ?」
「そ、そうだけど……」
「ヤバいと思ったら撤退するって」
とはいえ、当初の相手より強いのは確実だ。
最初から全力でいくしかない。
「祈」
「ん、分かってる」
祈がフードを深く被り、臨戦態勢を取る。
……やれやれ、リアはそれを見たからって気味悪がったりしないだろうに。
「いくぞ!」
「ん!」
「ガァァァァァ!」
俺と祈がそれぞれ左右に別れて駆け出したのとほぼ同時にゴブリンジェネラルも叫びながらこちらに走って来る。
最初にゴブリンジェネラルが狙ったのは……祈だ。
本能的に俺より祈の方が厄介だと判断したようだが……予想通りだ。
「ガァァァ!」
ゴブリンジェネラルが祈に向かって長斧を振り下ろす。
当たれば間違いなく体を両断する一撃。
だが、フード越しに見える祈の白銀の瞳は確かにその攻撃を捉えていた。
「ん!」
紙一重のところで長斧は躱す。
ゴブリンジェネラルは追撃の一撃を何度も放つがその全ては虚空を斬り、祈に当たる事はない。
当然だ、極限まで集中し、瞳の色まで変わった祈は全神経、全意識を"戦い"という一つの事柄に向けているのだから。
その集中力はかつて倒す事は不可能とまで言われたチーターを単独撃破するほどだ。
「ガァァァガァガァ!」
攻撃が当たらない事に苛立ったゴブリンジェネラルが無茶苦茶に長斧を振り回すが、そんな雑な攻撃ではもちろん祈を捉えることはできない。
そして、その間に俺はゴブリンジェネラルの背後を取る事ができた。
まずは、足を止めさせてもらう!
いつかのホブゴブリンの時のようにアキレス腱に当たる部分に向かって剣を振りぬく。
だが……
ガキン!
「なっ!?」
剣が弾かれた!
恐らく、当たる瞬間に筋肉に力を入れて防いだのだろうが、それにしたって無茶苦茶だ!
「ガァァァ!」
「うわっ!?」
「兄さん!」
「カナタ!」
背後の俺に向かってゴブリンジェネラルが振り向き様に下から掬い上げるように斬り上げ、俺の体が宙に放り出されるが、空中で態勢を整えて上手く着地する事ができた。
咄嗟に剣で防いだので怪我はない。
「ガァァァ!」
だが、標的を俺に変えたゴブリンジェネラルがこちらに突っ込んできた。
しょうがないな……切り札その1だ!
「『火よ、灯れ、イグニッション』、それ!」
俺はポケットから取り出したピンポン玉サイズの球体――モクの木を使った特性の煙玉に『イグニッション』で火を付けてゴブリンジェネラルに向かって投げる。
ボフッ!
「ガァァ!?」
煙玉が破裂し、大量の煙が辺りに広がってゴブリンジェネラルを包む。
俺はすぐにその場を離れ、祈と合流する。
「兄さん!」
「大丈夫だ。ただ、一つ目の切り札を使っちゃったけど」
「ん、どのみち煙玉は足止め程度にしか使えない」
元々はゴブリンリーダー達に使って連携を乱す為に用意してた物だからな。
相手が1体しかいない以上、ああやって足止めに使うのが正解だろう。
「さて、ここからどうするか……」
一応、切り札は残ってるが、正直通じるかどうかは微妙なところだ。
ゴブリンジェネラルはまだ煙の中だが、いずれは出て来るだろう。
それまでに何か対策を練りたいが……
「ん、兄さん、奥の手を使う」
「はっ!? いや、マジで?」
確かにあれを使った状態で切り札をきればゴブリンジェネラルを仕留められるかもしれない。
でも、あれを使うくらいなら素直にギブアップして逃げたいんだが……
「ん、試しに使ってみるだけ」
「いや、でもな……」
「兄さん」
祈が真っ直ぐこちらを見つめてくる。
…………はぁ、やるしかないのか。
「ガァァァ!」
丁度ゴブリンジェネラルも煙の中から出てきた。
こうなったら覚悟を決めるしかない。
俺と祈は心を一つにする。
((想いを紡げ、比翼連理))
私――リーゼリア・K・フェルミナスは二人の事が心配で気が気じゃなかった。
いくら二人が策を巡らせても絶対的に超えられない壁は確かに存在する。
二人のステータスでは絶対にゴブリンジェネラルには敵わない、だから早く諦めてほしい。
そう思っていた。
けど……
「ガァァァ!」
煙の中から出てきたゴブリンジェネラルが二人に襲い掛かる直前、二人の雰囲気が変わった。
「えっ……?」
「ガァァ!?」
私はその光景に自分の目を疑った。
ゴブリンジェネラルが真っ直ぐ振り下ろした長斧が弾かれた。
弾いたのはもちろん……カナタとイノリだ。
「嘘!? まさか……攻撃を重ねて弾いたの……!?」
カナタは剣で、イノリはハルバードで、全く同時に長斧を迎撃した。
攻撃を重ねると簡単に言っても、実際に実行するのは至難の業。
少しでもタイミングがズレたらゴブリンジェネラルのパワーに押し負けてしまう。
「ガァァァァァ!」
そこからの二人の戦いに私は思わず目を奪われた。
ゴブリンジェネラルの攻撃を二人は躱し、いなす。
二人の動きにはまだまだ無駄が多い……にもかかわらず全ての動きが完璧に重なっている。
カナタがイノリに合わせるのでもなく、イノリがカナタに合わせるわけでもない。
まるで、あの兄妹が一つの生き物のような錯覚を覚える。
その光景はとても……
「綺麗……」
ステータスを確認し、紙に書き出してリア達に見せたあの時。
俺と祈は一つだけ、紙に書かなかったスキルがあった。
そして、その後も祈の遊戯者の憧れのオプション機能でステータスからそのスキルを消した。
それがユニークスキル"比翼連理"。
正直、最初は意味が分からなかった。
そもそも、ユニークスキルはそれぞれの人間が持つ固有のスキルで同じものを別の人間が持っているなんて事はない。
なのに俺と祈は二人共比翼連理を持っていた。
そして、何よりも問題だったのはその能力。
「ガァァァァァ!」
一つ目の能力はスキルを持っている者同士の意識の同調。
俺と祈が完全にシンクロした動きができるのはこの為だ。
これは特に問題はない、問題があったのは次だ。
「ガァァァァァ!?」
「「届いた!」」
攻撃が遂にゴブリンジェネラルに届く。
俺と祈のパラメータがゴブリンジェネラルに追いついたのだ。
そう、これが二つ目の能力。
比翼連理はこのスキルを持っているそれぞれのパラメータを一時的に上昇させ続けるものだった。
チートもチート、まさに破格の能力と言っても良いだろう。
……発動条件とデメリットがなければ、だが。
「ガァァァァァ!」
「「このまま倒す!」」
比翼連理の発動条件。
それは、互いに想い合う事。
そしてデメリットは、その想いがお互いに筒抜けになってしまう事。
故に…………
(好き、兄さんが好き。笑った顔が好き。声が好き。料理が好き。膝枕が好き。撫で方が好き。照れた顔が好き。「やれやれ」って言いながら私に付き合ってくれるところが好き。いつも傍にいてくれるのが好き…………)
恥ずかしい! 祈の想いが頭に流れ込んできて恥ずかしい!
そして、何より自分の想いも祈に筒抜けてるかと思うとさらに恥ずかしい!
ああ、そうだよ! 実の妹だけど好きだよ! 愛してるよ!
んでもって祈も俺の事好きだってずっと前から知っていた。
でも、兄妹だからお互いに気付かない振りをしてきた。
きっと、いつか血の繋がってない誰かを好きになる、ってそう思って誤魔化してきた。
なのに……
「ガァァァァァ!」
「「うるさい!」」
「ガァァァ!?」
この世界に来てこのスキルの事を知った時。
俺達はどうしようもなくお互いの事を好きなんだと突き付けられた。
だって、比翼連理にエンゲージリンクだぞ!?
つまり、俺達は神様(ユニークスキルを与えているのは神様らしい)に相思相愛だって言われたようなものだ。
けどな……神様に言われなくてもいずれ俺達は答えを出していたんだ。
それをこんな形で突き付けやがって……
「「絶対にいつかぶん殴る!」」
「ガァァァ!」
ゴブリンジェネラルは体中傷だらけだが、そのどれもが浅い。
いくらパラメータが上がったと言っても鉄の武器では傷を付けるのにも限度がある。
それにゴブリンジェネラルはまだ決定的な隙を見せていない。
だから……
「ガァァァァァァァァァァァァ!」
「「はぁぁぁぁぁ!」」
長斧、片手剣、そしてハルバードが激しくぶつかり合う。
その結果、一つの武器が折れる。
折れたのは……俺の片手剣だ。
ゴブリンジェネラルがニヤリと笑い、武器を失って無防備な俺に向かって長斧を振り下ろす。
「カナタ!」
リアが飛び込もうとしてくる。
でも、その必要はない。
「ガァァァァァァァァァァァァ!」
「"魔力具現化"」
魔力操作の応用技"魔力具現化"
攻撃に使える魔法のない俺が魔力を攻撃手段に使えないかと考えて編み出した技だ。
魔力に形を与えるこの技は魔力操作のスキルが高くないと使えない為、祈には使う事ができなかった。
そして、これが切り札その2だ!
「ふっ!」
「ガァァァァァァァァァァァァ!?」
俺によって形を与えられた魔力の大剣はゴブリンジェネラルの体を斜めに斬り裂く。
武器を失って反撃がないと思ったのが間違いだったな。
ゴブリンジェネラルがゆっくりと後ろに倒れ込むのと同時に魔力具現化で生み出した大剣も霧散してしまう。
……やっぱり、短時間しか形を保てないか。
ここぞという時まで取っておいて良かったと安堵していると……
神凪悠が<階層主のゴブリンジェネラル>を倒した!
神凪悠が経験値を20000獲得した!
神凪祈が経験値を18000獲得した!
レベルアップ!
神凪悠のレベルが15になった!
レベルアップ!
神凪祈のレベルが15になった!
「「……終わったぁ」」
こうして、ゴブリンジェネラルとの戦いは俺達の勝利で幕を閉じた。
第1章もそろそろ終わりです。
いや~長かった。