不穏な影
レベルアップ!
神凪悠のレベルが13になった!
レベルアップ!
神凪祈のレベルが13になった!
パラライズワスプを倒して得た経験値によってレベルが上がり、脳内にレベルアップを告げるログが流れる。
辺りを見回すが地面に落ちてるパラライズワスプはもういない。
どうやら、全滅させたみたいだ。
「ん、今日はここまで」
「ああ、そうだな」
祈の言葉を聞いて俺は剣を鞘に収める。
それにしても……
「流石に上がりづらくなってきたな」
「ん、そろそろ潮時かも」
祈の言う通りかもしれない。
8層でパラライズワスプを相手にレベリングを始めて一週間。
俺達は大幅なレベルアップに成功し、この辺りの階層の魔物は全て一対一の正攻法で倒せるくらいのステータスを手に入れている。
しかし、それは同時にこの階層でのこれ以上の成長は望めないということでもある。
「後一つか二つレベルが上がるまでここで粘る事もできるが……」
「ん、ここらで階層主を倒して先に進むのも悪くない」
「階層主か……リアはどう思う?」
少し離れた位置にいたリアが近づいて来たので意見を聞くことにする。
俺達の話は聞こえていたようですぐに答えが返ってきた。
「そうね……確かに二人のレベルなら10層の階層主に挑んでも良い頃合いよ」
「ん、なら……」
「ただし、それは挑むのが六人以上の場合の話。二人の貴方達にはまだ早いわ」
「むぅ、いい加減蜂狩りにも飽きた……」
それが本音かよ。
気持ちは分からないでもないが、流石に経験者の意見だ。
ここは素直に言う通りにすべきだろう。
「とはいえ、二人が同じレベルの冒険者の枠に収まらないのも事実なのよね……」
「ん、なら提案がある」
「「提案?」」
祈の言葉に俺とリアは思わず声がハモってしまう。
「ギルドの資料によると階層主のいる部屋からの脱出は可能とあった。間違いない?」
「ええ、その通りよ。階層主のいる部屋には扉がついてるけど、中から開ける事ができるわ」
へぇー、そうなのか。
てことは、一度入ったら階層主を倒すまで出れないってことはないんだな。
「なら、勝てなかったら逃げるということもできる。仮に、勝てなくて逃げる事になっても威力偵察になる」
「……まあ、挑戦する分には良いかしら? でも、勝てなかったらここで大人しくレベリングか……もしくはギルドで臨時パーティを組んで再戦ね?」
「ん、それで構わない。兄さんも良い?」
「ああ、問題ない」
いい加減、俺も蜂ばっかり相手するのが嫌になってきてたし。
そして、そういう油断がミスを生むのが分かってるから、祈もこのタイミングで切り出したのだろう。
……決して自分が飽きてきたからではないと思う。たぶん。
「じゃあ、戻って作戦会議にしよう。できれば初戦で倒したいしな」
「ん、分かった」
「ええ、戻りましょう」
そして、場所はうってかわって冒険者ギルドの酒場。
ダンジョンから帰還した俺達はギルドの酒場で落ち着いていた。
「ん、では、作戦会議を始める」
酒場のテーブルに肘をつき、両手を口の前で組んで祈がそう宣言する。
……正直、緊張感が削がれるからやめてほしいんだが。
「まずは階層主の基本情報の確認。階層主は一定のエリアから出ず、必ず決まった魔物が1体、下に向かう階段を守護している。今回挑む《恵みの箱庭》10層の階層主は……」
「"ゴブリンリーダー"ね」
"ゴブリンリーダー"
ホブゴブリンと同じくゴブリンの上位種に当たるDランクの魔物だ。
体格は普通のゴブリンと大して変わらず、単体ではそこまで強くはない。
だが、ゴブリンやホブゴブリンと比べて知能が高く、小規模な集団を率いる事に長けている為、ゴブリンやホブゴブリンを束ねて襲ってくる。
しかも、武器の使い方などを手下に教えるのでゴブリンリーダーに率いられたゴブリン達は通常のゴブリンよりも強くなるらしい。
けど……
「確かにゴブリンリーダーは厄介だけど、それは集団戦の時だけだろ? なら今回は関係ないんじゃないか?」
階層主は1体しかいないのだから10層ではゴブリンリーダー単体と戦う事になるはずだ。
それなら、今の俺達でも勝てると思うんだが……
「残念だけど、そうもいかないわ。確かに階層主はゴブリンリーダー1体だけ。でも、ゴブリンリーダーの特性が生かせるようにホブゴブリン2体とゴブリン6体が同時に出現するようになってるから」
ちゃんと取り巻きが用意されてるって事か。
う~ん、一定のエリアから出て来ないなら罠も張れないしな……
「ん、扉の外からの攻撃は可能?」
俺が考え込んでいると祈がリアに質問する。
……なるほど、階層主が一定のエリアから出てこないならその外から攻撃しようって魂胆か。
もしも可能なら一方的に攻撃を叩き込む事ができる。
「無理ね。部屋の外からの攻撃は全部、直前で弾かれるようになってるの」
まあ、そんなに甘くはないよな。
やはり罠やハメ技は使えない前提で作戦を立てるしかなさそうだ。
「ん、なら、ここからは正攻法で戦う作戦を立てる」
「でも、それだと作戦なんて一つしかなくないか?」
「ん、確かにそうだけど……」
「えっ、そうなの? どんな作戦?」
「「最初に司令塔を潰す」」
「えぇ……」
リアが困惑したように声を漏らす。
いや、だってそれしかなくないか?
「真っ先にゴブリンリーダーを潰したら、残ったゴブリンは烏合の衆だ」
「ん、いくら普通より強いって言っても連携してこないなら私達の敵じゃない。だから、作戦は"初手でゴブリンリーダーに二人で突撃"」
「た、確かにそうだけど……失敗したらどうするの?」
初手でゴブリンリーダーを倒せなかったら、弱い順に倒していくしかないだろうな。
「ん、状況に合わせて臨機応変に対応」
「ノープランなのね……」
「仕方ないだろ。細かく作戦立てられるほど俺達の攻撃の手段は多くないんだから」
「カナタは剣術、イノリは槍術に斧術に土魔法しかないものね」
しかって事もないけどな。
現状、手札が少ない状況なのは確かだ。
「まあ、無茶するつもりはないから安心してくれ」
「ん、万策尽きたら大人しく撤退する」
「……本当に無茶しないでよ? いざという時は私が強制的に二人を連れて逃げるから」
祈はともかく、俺はそんなに無茶するような人間に見えるのだろうか……
ちょっとショックだ。
それはさておき……
「そろそろ時間だな」
「ん、依頼」
「……そういえば午後に一件受けてたわね」
ゴブリンのせいで金が稼げなくなるからと始めた依頼。
蜂狩りのおかげで金に困らなくなったので別に受けなくても良いのだが、せっかくユリナさんが選んでくれた依頼がいくつかあるので緊急度の低いものからボチボチ消化している。
街の人との交流も深められるしな。
「じゃあ、とりあえず作戦会議は終わり。続きは夜にする事にしよう」
「ん、分かった」
「あっ、ちょっと待って。そういえば、階層主にはいつ挑むつもりなの?」
リアの言葉に俺と祈は足を止める。
そりゃあ、もちろん……
「明日に決まってるだろ」
「思い立ったら即行動」
翌日、《恵みの箱庭》10層、階層主の部屋の前。
「準備は良いか?」
「ん、体調、装備、どちらも問題ない」
「私も平気よ。いつでも良いわ」
確認を取るが、二人共問題ないようだ。
俺も特に問題はないので万全の状態で階層主に挑めそうだ。
「しつこいようだけどもう一度確認ね。もしも二人が勝てないと思ったら即撤退よ」
「ああ、分かってる」
「ん、安全第一」
「分かってくれてるなら私からはもう何もないわ」
俺も祈も引き際はわきまえているつもりだ。
いくつか用意した切り札が効かなかったらすぐに逃げるさ。
「じゃあ、行くぞ」
「ん」
「ええ」
俺は目の前の巨大な扉をゆっくりと開くのだった。
「あら? 気長に待つつもりだったけど、まさかこんなに早く来るなんて……でも、好都合ね。仕込みはもう済んでるし、後はアレを相手にどんな風に戦うのか……フフッ、楽しませてもらうわ」