料理スキルと進化
昼過ぎ。
俺達は城に戻り、食堂で戦利品を広げていた。
「いやー、大量、大量」
「ん、ドロップ品もおいしい」
あれから煙を使った方法でパラライズワスプを倒すこと計4回。
それによって、得られた成果は……
・俺と祈のレベル上昇
・Eランクの魔石80個以上
・パラライズワスプの毒針×5
・上質なハチミツ×5
・上質なメープルシロップ×4
たった半日で充分過ぎるものを得ることができた。
特にドロップ品がおいしい。
ゴブリンと違ってドロップ品も落とし、さらに経験値も高いとは優秀過ぎだろパラライズワスプ。
だが、ここで一つ疑問が生まれる。
「ドロップした時も思ったけど……ハチミツはともかくメープルシロップはどこから出てきた?」
メープルシロップって確か木の樹液を濃縮した物(濃縮前の樹液はメープルウォーターと言う)だったはずだ。
本来であれば蜂を倒して手に入る物ではない。
まあ、決してハチミツも倒して手に入るわけじゃないけど。
「パラライズワスプは花の蜜だけじゃなくて、木の樹液も集めるのよ」
「ん、しかも体内で濃縮してる」
リアと祈が説明してくれる。
天然のメープルシロップってことか。
地球ではありえない代物だ。
「これってこのまま使っても大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。ドロップ品で出る食材とかは殺菌とかちゃんとされてるらしいから」
スゲーな、ダンジョン。
肉の時の布といい、親切設計過ぎる。
ハチミツとかメープルシロップもちゃんと小瓶に入った状態でドロップしたし。
VRMMOが実際にあったらこんな感じなんだろうな。
「ん、それより疲れた」
祈がぐったりとしている。
朝早かった上に長時間ダンジョンにいたのだから無理もない。
しかも、パラライズワスプが再出現するまでの間に5回、ゴブリンに襲撃されたからな。
ホブゴブリンも混じっていたのでレベルが上がったとはいえ流石に手こずった。
「昼前に切り上げて正解だったな」
「そうね。ダンジョンでの無理は致命的なミスに繋がりかねないから」
"常に死と隣り合わせ"という意味ではダンジョンは戦場と変わらないからな。
どうしたって、肉体も精神も普段運動しているよりも疲労する。
「昼飯はどうする? 食えそうか?」
「……軽くて甘い物がいい」
「軽くて甘い物……か」
祈は疲れると食べれなくなるタイプの人間なので、軽い物が食べたいというのは理解できる。
加えて、疲れてる時に糖分が取りたくなるのも普通。
だが、この国の料理にその条件に合った物があるかどうかは別の話だ。
となると自分で作るしかない訳だが……
「うーん……」
パッとフレンチトーストが浮かぶが食パンがないので即座に却下する。
頭を悩ませていると……ふと、テーブルの上のハチミツとメープルシロップが目に入った。
「そっか、あれがあったな。リア、厨房借りていいか?」
「ええ、もちろん。カナタが料理するの? なら、私も頂けるかしら」
「ああ、良いぞ」
厨房で材料と調理器具を用意する。
さて、まずはメレンゲを作るか。
泡立て器を使ってかき混ぜていると……
「「「…………」」」
……なんかめっちゃ見られてる!
昼時を過ぎている時間なので片付けをしていたメイドさん達が、興味津々といった様子で俺の方を見てくる。
なんとなくやりづらいので手早く済まそうと調理していると、何やら違和感が……
「……後でリアに聞いてみるか」
悪いものではないのでひとまず後回しにして、生地を焼き上げる。
よし、完成。
「お待たせ」
「ん、パンケーキ?」
「へぇー、パンケーキって言うのね」
「ああ、ハチミツとメープルシロップはお好みでどうぞ」
そう、俺が今回作ったのはパンケーキだ。
理由は材料が限られてる中でこれが一番作りやすく、祈の要望を満たせると思ったからだ。
……とはいえ、いくつか祈に持って来てもらった地球の材料使ったんだけど。
なんとか、手持ちの分が無くなる前にこっちの世界で作れないものか……
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせ、遅めの昼食を食べ始める。
久しぶりに料理した割には上手くできたな。
後、メープルシロップが美味い。
"上質"って名前に付くだけはある。
「ん、兄さん、美味しい」
「そりゃ良かった」
「…………」
リアが一口目を口にしてから黙り込んでしまう。
な、なんだ? 口に合わなかったのか?
「リ、リア?」
「美味しいわ。何なのこれは? 甘くて、ふわふわで、今まで食べたことのない味……」
「気に入ってくれたなら良かったけど」
「ええ、これはいいものよ」
どこぞの骨董マニアの基地司令みたいな感想だな。
あっ、そうだ。
「なあ、リア。料理してる時に違和感があったんだけど……」
「違和感?」
「ああ、分量とか火加減とかが感覚的に分かるんだ。どれくらいの量が丁度いいとか、火加減はこれくらいとか」
俺も結構料理してるし、レシピを見なくても分量とか火加減くらいは覚えてる。
だけど、あくまで大体だ。
けど、今日はそれが明確に分かった。
「それはスキルの補正ね。カナタは料理スキルが高いから」
「スキルの補正?」
「例えば、料理スキルの場合は極めると見たことのない食材でも調理の仕方が感覚で分かるようになるそうよ」
料理スキルって単純に料理の技量のことだと思ってたが、いつの間にか補正がついてたらしい。
こっちに来てからまともに料理してなかったから気付かなかった。
「料理スキルに限らず、技術系スキルには補正が付くわ。カナタみたいに実感できるくらいになるにはスキルレベルを上げないといけないけど」
「なるほど」
技術系ってことは剣術スキルとかも気付いていないだけで補正が付いてたりするのだろうか。
「ん、ごちそうさま」
リアと話をしている内に祈は食べ終わったらしい。
「元気出た。でも、今日はこれ以上動くのは避けたい」
同感だな。
色々試したりしたせいで余計に体力を消耗してるし。
でも、そのおかげで明日からはもっと楽にレベリングができる。
今日ほど疲れることはないだろう。
「じゃあ、午後は自由行動ね」
「ん」
「分かった」
本でも読みながらゆっくり過ごすとしよう。
「というわけでラピスのレベルを上げたいと思う」
「……なあ、なんで何かやる時に毎回俺の部屋に来るんだ?」
お前、さっき疲れたって言ってたじゃん。
大人しく休めよ。
温泉で回復するのは体力だけで、精神的な疲れは回復しないんだから。
「……ラピスのレベルって今いくつだっけ?」
「13」
拒否権はないっぽいのでさっさと用件を済ませる為に話を進める。
ちなみに、毎日少しずつ魔石を与えているのでラピスのレベルは以前よりも上がっている。
「もうそんなに上がったのか。普通に俺達よりレベル高いな」
「ん、私的にはそろそろ進化するなり、新能力に目覚めるなりしてほしい」
無茶言うなよ。
「今日はEランクの魔石だし、レベルもたくさん上がる」
確かに今まではFランクの魔石しかあげてなかったし、レベルの上がりは良いかもしれない。
祈が魔石を取り出してラピスに食べさせる。
さて、どうなる?
「…………(ピカー)」
「「光った!」」
ラピスの体が淡く光っている。
しばらくして発光が収まるが、見た目に変化はない。
だが、名前を確認してみると……
ミミックスライム(ラピス)Lv:15
「進化した……のか?」
「ん、名前は変わってるから間違いない」
ミミック……ゲームだと見た目が変わるモンスターのことだよな。
ラピスも見た目を変えられるようになったのか?
「ん、ラピス。姿を変えてみて」
祈も同じことを考えたのか、ラピスに命じてみる。
だが、ラピスはぷるぷると体を揺らしているだけだ。
心なしかオロオロしているようにも見える。
「ん、何か条件が必要?」
「条件、条件ねぇ……」
……そういえば、某魔王スライムは食べた物とそっくりに体を変えられたよな。
ちょっともったいないけど……
「ラピス、これ食べてみ?」
「ん、銅貨?」
インベントリから銅貨を1枚取り出してラピスに与えてみる。
銅貨を食べ終えてしばらくすると再びラピスの体が光り始める。
発光が収まるとラピスがいた場所に銅貨が1枚落ちていた。
「「おお~」」
祈と二人で思わずパチパチと拍手してしまう。
ペットが芸を覚えた時ってこんな感覚なのだろうか?
「食べた物に変化する能力か」
「ん、擬態能力かも」
なるほど、擬態か。
スライムが自然の中で身を守る為に身に付けた能力なのかもしれない。
「ん、この調子で魔石を食べさせたら本当に魔王クラスに成長するかも」
「そこまで甘くないと思うが……」
「大丈夫、きっと強くなる」
祈のその言葉が実現するかしないか、今の時点では分からないが、とりあえず言えることはそうなるまでにラピスは祈のせいで絶対に苦労するだろう。
ほぼ確定していると思われる未来に俺は心の中で合掌するのだった。