蜂型経験値トラップ
「準備は良いか?」
「ん、問題ない」
「よし、じゃあ行くか」
「待って待って! 私は何も聞いてないわよ!?」
祈と一緒に目的地に行こうとしたところをリアに止められた。
何故だ?
「ん、リア。話聞いてなかった?」
「聞いてたけど貴方達『準備は良いか?』『ん、問題ない』としか言ってなかったわよ!」
「これから何するかは分かってるんだろ?」
「……祈に叩き起こされた時に聞かされたわ。レベリングよね。でも、だったらどうして8層に来たのかしら? しかもこんな日の出前に」
そう、現在時刻は午前4時過ぎ。
俺達は今《恵みの箱庭》の8層に来ていた。
……ていうか叩き起こしたのかよ。
昨日のうちに説明しとけって言ったのに祈の奴、面倒になって言わなかったな。
「ん、リア。怒ってる?」
「納得のいく説明をしてくれなかったら怒るわよ?」
……納得したら怒らないのか。
リア、ちょっと優し過ぎ。
「まあ、とりあえず歩きながら話そう」
「……分かったわ」
まだ辺りが暗いのでスマホのライトで足元を照らしながら三人で歩き始める。
「えっと、話の続きだけど8層じゃ駄目な理由ってなんだ?」
「8層よりも9、10層の方がホブゴブリンが多いからよ」
「ん、レベリングでホブゴブリンを倒す理由は?」
「そんなの……Fランクの魔物を倒すよりEランクの魔物を倒した方がレベルが上がりやすいからに決まってるじゃない」
うん、間違ってないな。
けど、正解でもない。
「ん、Eランクなら別のがいる」
「……まさか、パラライズワスプ? ホブゴブリンより難易度高いわよ。飛び回って攻撃当てづらい上に刺されたらその時点で終わりだもの」
「そのパラライズワスプを確実に倒す方法があるとしたら?」
「……今、なんて?」
「ん、つまり、チャージラビットの時と同じ。裏技を使う」
「正確にはその裏技が使えるかどうか試しに行くんだけどな」
ぶっちゃけ失敗したらまた別のプランを考えなくちゃいけなくなるから是非とも成功してほしい。
「……もしかしてその裏技って時間が関係してるの? だからこんな日も昇ってない時間に……?」
「あっ、それは関係ない」
「関係ないの!?」
テンション高いなー。
ってそうか、中途半端な時間に起こされたせいで若干深夜テンションなのか。
「ん、到着」
「ここって……"パラライズワスプの巣"?」
「やっぱり、リアは知ってたか」
「ええ、ここは低ランクの冒険者は絶対に近づいたらいけないって教わるところの一つよ」
目の前にあったのは洞窟だ。
中は真っ暗で何も見えないが、微かに羽音が聞こえてくる。
洞窟に住む蜂というのは地球にも存在しているが、どうやらパラライズワスプもその一種らしく、加えてこの巣があるのは8層だけだ。
「ん、兄さん。出して」
「了解」
インベントリから用意してきた物を取り出す。
「それ、"モクの木"よね?」
「ああ」
モクの木はこの世界特有の木で燃やすと大量の煙を出す木だ。
商会で薪になる木を探していたらこの木が目に付いたので買ってきた。
「ん、これを並べて……」
祈が燃えやすいように洞窟の入り口付近に焚き火を作っていく。
「ん、これで良い。兄さん」
「ああ、『火よ、灯れ、イグニッション』」
「からの『錬成』」
『イグニッション』で焚き火に火を灯し、祈が錬成で洞窟の入り口を塞ぐ。
これで焚き火は錬成で作った壁の向こう側だ。
「……これで終わりなの?」
「ああ、後はしばらく待つだけだな」
「ん、のんびり待つ」
さて、上手くいってくれると良いんだが。
しばらく待っていると……
ガン! ガン!
「ど、どうしたの!?」
「ん、来た」
祈が作った壁の中から何か叩きつけるような音が聞こえてくる。
しかし、やがてその音もぱたりと止んだ。
「……そろそろ大丈夫か?」
「たぶん……入り口を元に戻す。離れて」
「え、ええ、分かったわ」
「『錬成』」
壁で塞がれていた入り口がゆっくりと元に戻っていく。
俺は剣を抜いていつでも戦えるように構える。
洞窟の中が見え始めると同時に中から大量の煙が溢れてくる。
「うわっ、想像以上だな!」
あまりの煙たさに涙が出そうになる。
煙が晴れるとそこには……
「えっ! な、何これ!?」
「ん、大成功」
壁があったそのすぐ向こう側にはひっくり返った状態で地面に落ちているパラライズワスプの姿があった。
剣で突いてみるが、ピクリとも動く様子を見せない。
にしても、昨日は遠目で分からなかったけどデカイな。
人の顔くらいの大きさの蜂が20匹ほど転がっている。
「よし、手早く倒すぞ」
「ん、急ぐ」
「ち、ちょっと! 説明は!」
「「後」」
リアの事はひとまず後回しにして手近なパラライズワスプから止めを刺していく。
神凪悠が<パラライズワスプ>を倒した!
神凪悠が経験値を220獲得した!
おっ、マジか!
ホブゴブリンより経験値が高い。
これは嬉しい誤算だな。
ちなみに、ホブゴブリンの経験値は200だった。
祈と二人でどんどん倒していき、その結果……
レベルアップ!
神凪悠のレベルが5になった!
レベルアップ!
神凪祈のレベルが5になった!
「「レベルが上がった」」
「ええ……嘘でしょ……」
いや~、ここまで上手くいくとは思ってなかった。
「……説明してくれるのよね?」
「ああ、もちろん」
洞窟のすぐ横に祈が錬成で簡単な石のイスを作り、そこに三人で落ち着くことにする。
「じゃあ、まずはパラライズワスプがどうしてああなったのか説明してくれるかしら?」
「簡単。煙を吸い込んだせい」
「煙を……?」
「蜂は煙を吸い込むと気絶する性質があるんだ」
実際に蜂の駆除にも使われている方法だ。
ただし、気絶した蜂は数分で起きてしまうので注意が必要になる。
「ん、モクの木を燃やすことで煙を洞窟に充満させ、入り口を『錬成』で塞ぐことで煙とパラライズワスプの逃げ道を無くした」
「当然、密閉空間に閉じ込められたパラライズワスプは煙を吸って気絶、無防備なところに止めを刺せばレベリングの完了だ」
とはいえ……パラライズワスプは異世界の蜂でしかも魔物だ。
ちゃんと効果があるかどうかは正直賭けだった。
「……なるほどね、でもそれならこんな早朝に来た理由はなんなの?」
「ん、効率と検証の為」
「効率と検証?」
「まず効率。ほとんどの蜂は夜間は行動を停止して巣に戻る傾向がある。だからこのタイミングを狙えば一網打尽」
昼間の時間を狙ったのではここまで大量に倒すことはできなかっただろう。
「検証に関しては……兄さん今どれくらい?」
「34分だな」
「むぅ、待ち時間が長い……」
「こればっかりは根気との勝負だと思うぞ」
スマホの画面に映る数字を告げるとがっくしと肩を落とす祈。
気長に待つしかないと思うけどな。
「なんの時間を計ってるの?」
「パラライズワスプが再出現するまでの時間」
「りぽっぷ?」
「つまり、倒した魔物がどれくらいでダンジョンによって生まれてくるのか。その時間を計ってる」
理由は当然もう一度倒す為だ。
さっき確認したパラライズワスプの経験値の高さを見る限り、このやり方がまず間違いなく今できるレベリングの最適解のはずだ。
後はこれを一日の内に何度繰り返すことができるか。
そして、その為には魔物がどれくらいの時間でどこにどれだけ現れるのかを把握する必要がある。
「というわけで後はひたすら待つ。リアには悪いけど、付き合ってくれるか?」
「……良いわ。貴方達を置いて帰る訳に行かないし。ただ、今後はちゃんと事前に言っておいてくれる?」
「ああ、こいつにはよく言って聞かせる」
「に、兄さん。頭が割れる」
祈の頭を拳でぐりぐりする。
何やら言っているが知ったことではない。
報・連・相は人と円滑に付き合う上で重要なことなのだ。
「それにしても、いつからこんなことを考えていたの?」
「ギルドで資料を見た時だろ?」
「ん、というか、元々レベリングに最適な魔物を調べるのが目的」
「なっ……!?」
そう、祈は初めから最適解を探していただけ。
どの魔物がより倒しやすく、レベリングに丁度いいかを調べる為にギルドの資料や冒険者から情報を集めていた。
そうして集められた情報から祈がはじき出した最適解がこのパラライズワスプを倒すやり方。
俺がやっていたのはあくまでもその手伝いでしかない。
「ん、どうせ強くなるなら最速最短で最強を目指す」
これで実際にいくつかのゲームでトップランカーに食い込むんだからなぁ。
エンジョイ勢の俺とは正反対の考え方だが、死の樹海の突破という目的がある以上、強くなるのは必須条件だ。
今回ばかりは祈のやり方を俺が全面的にサポートする方が都合が良い。
というか、死の樹海はまだ先だとしても、さっさと強くなって冒険者としてしっかり稼げるようになりたい。
そろそろ城でお世話になりっぱなしの居候という状況を打破したいのだ。
「……いい加減、二人のデタラメさには慣れたと思ったのだけど」
リアがため息を吐く。
失敬な、俺は祈ほどじゃない。
「まあ、いいわ。とりあえずしばらく待つしかないのね」
「だな……とりあえずトランプでもするか、暇潰しに」
「ん、賛成」
この後、暇潰ししながら待った結果、再出現までの時間は約2時間、場所は若干のバラつきはあるものの概ね変わらず、数はピッタリ倒した数と同じ数だけ現れるということが分かった。
これを調べる間に4度、パラライズワスプの群れを倒したのでさらに俺と祈のレベルは1上がった。