ドンテ商会
"ドンテ商会"
フェルミナス王国に存在する唯一の商会であり、魔石と魔物の素材以外(この二つは冒険者ギルドが管理してる為)の全てを管理、売買している。故にこの小さな国においては騎士団や冒険者ギルドと同じくらい欠かせない存在であり、商会のトップである会頭はこの国においてかなり影響力のある人物なのだが……
「カンナギ様! ようこそおいでくださいました。ささっ、どうぞこちらへ!」
「どうもです。フレッドさん」
商会に着いた俺達を迎えてくれたのは現会頭であるフレッド・ドンテさんだ。
外見は小太りした中年のおじさんだが、かなりのやり手であることはこの国では周知の事実として知られている。
「「…………」」
祈とリアが無言で何かを訴えかけてくる。
たぶん、「やり手の商人がここまでヘコヘコするなんて何したの?」って感じか。
……そんな大したことしてないんだけどなぁ。
「さて! 今日はどのようなご用件でしょうか?」
応接室に通された俺達に早速フレッドさんが問いかけてくる。
「この前お話した件の進捗状況の確認と後は追加の商品の提案を……」
「是非ともお話を聞かせて頂きたい!」
フレッドさんが興奮したように身を乗り出してくる。
近い、近い!
「ん、兄さん。この前の件って?」
「ああ、トランプを売り出せないかと思ってな。フレッドさんに話を通しておいたんだ」
「「いつの間に……」」
揃って呆れたように口にする祈とリア。
……いつの間にも何も、二人が冒険用の服の発注をしている間にだよ。
フレッドさんに祈がこっちに持って来たトランプを使って、簡単にいくつかの遊び方を披露したところ「これは売れる! 是非とも商品化を!」という話になったのだ。
そのせいで金のなる木だと思われていつの間にこんな感じの丁寧な態度を取られるようになったんだけど。
「おっと、忘れるところでした。こちらはお返しいたしますね」
フレッドさんが見本として渡していたトランプを机の上に置く。
「……兄さん。なんでトランプ二つも持ってるの?」
「……昔、無くしたと勘違いして買っちゃったんだ。後で見つかったんだけど」
祈が何やら疑いの目を向けてくる。
……実はイカサマ用に買った予備のトランプだ、なんて祈には絶対に言えない。
実際に祈相手に数回使ってるし。
「そ、それで? 商品化の方はどんな感じですか?」
「色違いで三種類、それぞれ50セットほど用意しました。こちらをどうぞ」
「……おお、ちゃんと印刷されてる」
カードの裏表を見ながら思わず呟いてしまう。
渡されたトランプは地球で売られている紙のトランプと何ら遜色がない。
しかも、俺が渡したトランプを丸パクリしたわけじゃなく、ちゃんとデザインをアレンジした上に裏面の柄の色違いまで用意するなんて……。
「すごい、完璧です。ここまでやってくれるとは思ってませんでした」
「お褒めに預かり光栄です。しかし、デザインに凝ってしまって用意が遅れたことは大変申し訳なく思っております」
「とんでもない! 俺が予想してたより早いくらいです」
というか、そもそもトランプの商品化はダメ元だったしな。
量産できる技術がないと思っていたのだが、驚くべきことにこの国には紙を量産できる魔道具と印刷用の魔道具が既に存在していた。
何でも勇者や聖女に聞いた地球の技術をヘイゼルさんが魔術で再現することに成功したらしい。
「これはどれくらいの値段で売り出す予定なの?」
「トランプ本体に簡単な遊び方の説明書を付けて銀貨1枚の予定です」
リアの問いにフレッドさんが答える。
日本円にして1000円、少し高めだが説明書も付けるし妥当な値段だな。
ちなみに説明書にはババ抜き、七並べ、神経衰弱の簡単に遊べる三種類を載せてある。
「それで売上の分配についてなのですが、以前お話した通りでよろしいですか?」
「はい、こちらがアイデア料として売上の2割、残りは全てそちらの取分で」
「……本当によろしいのですか? こちらとしてはもう少しお支払いしたいと考えているのですが……」
「構いませんよ? というか、分配の割合は今後の取引でも2:8のままで大丈夫です」
俺が考えた訳じゃないしな。
トランプも今後売り出してもらおうと思ってる物も。
「分かりました。カンナギ様がそう仰るならこちらとしては異存はございません。では、金額の支払いの方はいかがいたしましょう?」
「……そういえば、こっちに銀行ってあるのか?」
普通に振り込んでもらおうと思ってたけどよくよく考えたら銀行の有無を確認してなかった。
今までは稼いだ金は全部インベントリに放り込んでたからな~。
「あるけど、カナタ達は冒険者ギルドに振り込んでもらったら? ほとんどの冒険者はギルドに管理してもらってるはずよ」
そういえば、ルール本にそんなようなことも書いてあったな。
「じゃあ、支払いは一ヶ月毎にギルドの方にお願いします」
「かしこまりました。ふふっ、数少ない娯楽品ですし、しっかりと宣伝すれば飛ぶように売れますな!」
「ん、たぶんその必要ない」
「「はい?」」
今まで黙って話を聞いていた祈の一言にリアとフレッドさんが素っ頓狂な声を上げる。
「話を聞いてて納得した。この数日ギルドで冒険者相手にトランプしてたのはこの為?」
「えっ、宣伝も兼ねてたってこと!?」
祈の言葉を聞いてリアも遅まきながら理解したらしい。
まあ、別に狙ってやってた訳じゃないんだけどな。
「数人に広まれば良いかな程度だったんだけど思ったよりみんな食いつきが良くてさ。気付いたら30人くらいの人が『欲しい! 商会で売り出さないのか!』って言うから近日中に発売するって言っておいた。だから、初日に結構な数が捌けると思う」
そして、ある程度売れてしまえば後は勝手に広まっていくだろう。
「……遊び、情報、そして宣伝。何よ、一石三鳥だったんじゃない」
「ん、兄さんは結構効率厨だから」
いや、祈には言われたくないんだが。
特にレベリングしてる時とか俺のこと言えないからな?
大体……
「娯楽品なんて物は実際にやってみなきゃ買おうって気にならないだろ」
PCゲームの体験版とかベータテストがいい例で、あれは実際にプレイしてもらって不具合がないかチェックするのが半分でもう半分は宣伝だ。
そしてそれはアナログゲームだって同じ。
いきなり売り出したって、知らない人間から見たら「トランプってなんだ?」ってなるだけで中々広まらない。
「だから実際にやって見せた、と?」
「宣伝の手間を省いただけです。大したことじゃないでしょう?」
"需要がないなら作ればいい"というのは商売においてよく言われるが、この国ではわざわざ作る必要がなかった。
何故なら、みんな既に娯楽に飢えていたから。
俺はただそこに適切な供給を提供しただけだ。
「とまあ、そういうわけでこれが次の供給です」
「これは……?」
俺はインベントリから紙の束を取り出す。
インベントリについては既に説明済みなのでフレッドさんは特に驚かない。
「ババ抜き、七並べ、神経衰弱以外の俺が思いつくトランプの遊び方です」
「何々……スピードにポーカー、ブラックジャック!? まさか、こんなにも遊び方があるとは……!」
いや~、本当に大変だった。
夜にコツコツと書き溜めてたんだけど、何せまだこっちの世界の字はうろ覚えだから間違いが多くって。
直してる分余計に時間がかかってしまった。
後、遊び方以外にもカッコイイシャッフルの仕方とかも書いてみた。
「これを本にして売ればもう一儲けできると思うんですがどうでしょう?」
「…………」
俺が書いた物に無言で目を通すフレッドさん。
しばらくしてから唐突に……
「……カンナギ様。ドンテ商会で働きませんか? いい値で雇いますよ?」
「遠慮しときます。俺は商人には向いてませんから」
フレッドさんの誘いに俺は即答で答えを返す。
「その根拠は?」
「欲がないってよく言われるからです」
その返答は予想していなかったようでキョトンとした顔を見せるフレッドさん。
ややあって……
「はっはっはっ! 欲がないですか! 確かにそれは向いてないですな!」
「そういうことです。本の話はどうでしょうか?」
「もちろん、お受けしますとも」
「契約成立です」
フレッドさんと固く握手を交わす。
さてと、なんとか当面の資金は手に入ったかな。
装備も新調したし、これで憂うことなくレベル上げに専念できる。
「カナタってどういう頭の構造してるのかしら……?」
「ん、流石は私の兄さん。褒めて遣わす」
俺の知識なんてゲーム2割、マンガ2割、アニメ2割、学校で習った知識4割の偏った知識なんだけどな……
後、祈がそこで自慢げなのはどうなんだ?
まあ、なんにせよ……
「次は祈の番だからな。しっかり頼むぞ」
「ん、まかせて」