厨二装備
「なあ、一体どこに向かってるんだ?」
ヘイゼルさんの授業がなくなった翌日。
俺と祈は書庫で本を読んでいたところをリアに連れ出されていた。
「秘密よ。ね、イノリ」
「ん、秘密」
どうやら、祈は行き先を知っているらしい。
さっきリアに何やら耳打ちされてたからその時に事情を聴いたのだろうか?
「着いたわ。ここよ」
「ここは……服屋?」
城を出て街を歩くこと数十分。
到着した目的地は服屋だった。
入り口の扉を開くとカランと扉に付いたベルの音が鳴る。
「はいはーい、只今ーって、姫様!」
「おはよう、頼んでおいた物はできてる?」
「もちろんですとも! すぐに持ってきますね!」
店の奥から顔を出したと思ったらすぐに顔を引っ込めてしまった。
って頼んでおいた物?
「なあ、祈、何を頼んでいたんだ?」
「ん、愚問。服屋に頼む物なんて服しかない」
「いや、そりゃそうだろうけど……」
「二人が初めて街に出た日に頼んでいた物が出来上がったのよ。今日はそれの受け取りに来たの」
……そういえば、あの日は別行動した時があったな。
下着の替えとか買っておきたいって祈が言い出して、男の俺がついて行っても気まずいから先に俺だけ商会の方に行ったんだよな。
「お待たせしました! どうぞこちらです!」
店員さんが手に持った服を視認した瞬間、俺は全力でこの場からの逃走を図る!
「ん、逃がさない!」
「ぐえ!?」
逃げようとした瞬間に祈に服を引っ張られ、そのせいで首が締まって窒息しかける。
「お、お前、この為に俺を服屋に連れて来なかったな……」
「ん、観念するといい」
「イノリの言う通り嫌がったわね……似合うと思うのだけど」
「あっ、試着室はこちらになりまーす」
残念ながら抵抗は無意味らしい。
仕方なく、試着室に入って店員さんが持ってきた服に袖を通す。
……サイズぴったりなんだが。
たぶん服屋に伝えたのは祈だよな。
なんで俺のサイズ把握してるんだよ……
シャー
そんなことを考えているうちに着替え終わった俺は試着室のカーテンを引く。
「「「おおー!」」」
女性陣が揃って歓声を上げる。
「こちらにどうぞ!」
店員さんが俺を鏡の前に立たせる。
…………うわー。
「完全にコスプレだな。これ……」
鏡に写った自分の姿を見て思わず呟いてしまう。
灰色のシャツに黒色のズボン、ここまでは良い。
だが、その上から羽織っている黒色のロングコートのせいでどう見ても異世界に転生しちゃった系の主人公にしか見えない。
いや、実際異世界に来ちゃってるんだけど。
「ん、グッジョブ兄さん。似合ってる」
「絶対、祈がデザインに関わってるだろ」
「ん、もちろん。ナイス厨二病」
「確信犯か!」
俺の言葉をスルーしてカシャカシャとスマホで写真を撮っている祈。
いや、本当マジでやめてください……
「あっ、こちらも履いてみてください」
「……靴まで用意してたんですね」
「靴屋さんが今朝届けてくれたので」
店員さんに渡された靴を履いてみる。
うん、こっちもぴったりだな。
「どうですか? 着心地とかサイズとか」
「問題ないです。それになんか普通の服より軽いような……」
「"ストリングキャタピラー"の糸で作ってますからね! 軽くて丈夫です!」
「ストリングキャタピラー?」
「虫型の魔物よ。口から上質な糸を吐くの。ほとんどの冒険者はその糸で作った服を着ているわ」
布の服よりも一段階上の装備ってことだよな。
てことはやっぱり……
「これ冒険用の服……だよな」
「ええ、5層から下に潜るからには装備もちゃんと整えないといけないからね」
ああ、やっぱりそういうことか。
今までは訓練やダンジョンでの狩りには俺も祈もリアに貰った布の服を着ていたが、あくまで普通の服だった。
けど、魔物と本格的に戦うことになる6層からは普通の服では心もとないのだろう。
「それに頼んだってことはオーダーメイドってことだろ? 高かったんじゃ……」
「私から二人にプレゼントよ。二人のサポートをするって約束したんだからこれくらいわね。それとも……気に入らなかった?」
「まさか! ありがとうな。リア」
「そう、良かった」
ホッとしたように息を吐くリア。
……デザインに関しては祈のせいだからな。
それに地球だと完全にコスプレだが、こっちの世界ならそんなに目立たないだろう。
「さあ、次は妹さんの方ですよ! こちらをどうぞ!」
「ん、着てみる」
店員さんがまた奥から服を一式持ってきて祈に渡す。
今度は靴も一緒だ。
そして、祈が試着室に入って数分後、試着室のカーテンが唐突に開かれる。
「「…………」」
「ん、兄さん。似合ってる?」
「ああ、似合ってるよ」
試着室から現れた祈の姿に絶句してしまう女性陣二人。
まあ、無理もないかな。
祈の服装は黒を基調としたシャツにミニスカート、さらに足には黒ニーソ。
加えて俺と同じように上にロングコートを羽織っているが、俺との差別化の為か色は赤色をベースに仕上げられ、フードが付いている。
極めつけは両手に指ぬきグローブだ。
正直、俺よりもコスプレ感は強いがそれでも様になっているように感じてしまうのはやはり祈の浮世離れした容姿のせいだろうか。
「ていうか、お前も人のこと言えない服装なんだが」
「私は年齢的にまだ厨二病でもセーフ」
「セーフではないだろ」
それはただ患ってる期間が長いだけだ。
「はっ! あまりの衝撃に頭が一瞬真っ白に……」
「というか可愛い過ぎです! 天使ですか!」
「いいえ、人間です」
祈が天使だったら絶対に神様が苦労する光景しか浮かばない。
この後、祈もサイズの確認をしたが特に問題はなかった。
だが、可愛いさに興奮した店員さんに祈が着せ替え人形にされたので結局店を出たのは一時間後だった。
「……疲れた」
「ご、ごめんね。私も途中からついつい楽しくなっちゃって」
「リアも混ざるとは意外だったな」
店を出た俺達は大通りを三人で歩く。
まだダンジョンに潜るには時間があるのでもう一つの用事を済ませようと思い、移動中だ。
ちなみに、俺も祈も新調した服をそのまま着ている。
早く着慣れておきたいからな。
「それにしても、とっても可愛かったわ」
「ん、まだ言ってる……」
「それは言うわよ。色々着たけど結局買わなかったでしょう」
「私は地味なので良い……」
どうやら、ヒラヒラなフリルワンピースとか着せられたのが結構ダメージだったらしい。
……厨二病全開な服はオッケーでヒラヒラが駄目って女の子の感覚としてどうなんだろう?
「ん、それで? 兄さんの用事って言うのは?」
「ああ、ちょっと商会の方に……?」
俺は思わず足を止めた。
どこからか視線を感じたからだ。
周りにはたくさんの人が歩いてる。
その中の誰かがこっちを見ていただけかも知れない。
だが、俺にはどうしても違和感が拭えなかった。
まるで、遥か遠くからこっちを見られているような……
「ん、兄さん?」
「カナタ?」
「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてたんだ」
「そう? なら良いけど……」
「…………」
リアは納得したようだが、祈はまだこちらをジッと見つめていた。
「俺の気のせいかもしれないから気にすんな」
「ん、後で一応聞く」
「はいよ」
祈の頭を軽く撫でてから再び歩き出す。
……ひとまず敵意とかは感じなかったから気にする必要はないだろう。
そう判断し、俺は目的地である商会に向かうのだった。
フェルミナス王国王城の屋根の上。
そこには、一人の少女が座り込んでいた。
「久々に買い出しに来てみたら面白い子見つけちゃった。はむっ♪」
少女は紙袋からお菓子――どら焼きを取り出して食べ始める。
「ん……二人共美味しそうな感じがしたからたぶん異世界人。しかも、どっちも底が見えない」
足をぶらぶらさせながら街を眺める少女に気付く者は誰もいない。
「うーん、少しちょっかい出してみる? そうしたら何か分かるかも」
最後の一口を飲み込んで少女は立ち上がる。
「そうと決まったら仕込みを考えないとね」
そうして、少女は人知れずその姿を消した。