腐れ縁
初日投稿の2話目です。
自宅であるマンションから学校までは徒歩15分というかなり近い距離だ。
歩き慣れた道を欠伸を堪えながらのろのろと歩く。
しばらく歩いていると、
「おーい、悠!」
聞き覚えのある声がしたので振り返る。
そこには、クラスメイトであり、腐れ縁でもある桐生政人が近づいて来たところだった。
「なんだ、政人か」
「なんだとはご挨拶だな」
「悪いな。でも、朝から大声出して駆け寄って来るなよ。頭に響く」
「まーた寝てないのか。最近多くないか」
政人とは小学生からの付き合いだが、未だに朝テンションが高いのは慣れない。
並んで歩きだす。
まあ、こいつには気を使わなくて良いから気楽だな。
「なんか、失礼なこと考えてるだろ」
「気のせいだ」
「まあ、いいけど。で、なんで寝不足なわけ? 動画は毎日ちゃんと上がっているからそっちじゃないんだろ」
「毎日見てるのかよ……。感想は?」
「《オーロラ》ちゃんはマジで神だと思う」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
思わずため息をついてしまう。
こいつは《オーロラ》の熱狂的な信者だから《オーロラ》の動画なら何でもいいのだ。
《オーロラ》は今話題のゲーム実況者だ。年齢不詳の女性実況者で、人気声優のような綺麗な声とは裏腹に実況しているゲームのジャンルはFPSやバトルロワイアルなどの殺伐としたゲームが多い。そして、何より人気な理由はその圧倒的なゲームの腕前にある。個人としての腕前もプロ並みだが、チーム戦での指揮能力も高く、いくつかの大会で優勝もしている。一番再生数の多い動画は「最強無敵のチーター討伐してみた!」だが現時点で300万再生を超えている。
「けどさ、最近編集も面白いのが多いって評判だぜ」
「そうかい、そりゃ良かった」
自分ではネットの感想とか怖くて見れないからな。
「にしても今だに信じられないよな」
「何が?」
「だってさ、《オーロラ》は祈ちゃんでその動画編集者は悠なんだろ?」
「そうだけど、それあんまり道端で言うなよな」
「おっと、悪い」
そう、《オーロラ》の正体は祈なのだ。
ある時に未成年でもお金を稼ぎたいと祈が言い出し、始めたのが《オーロラ》の最初だ。
ちなみに身内以外で《オーロラ》の正体を知っているのは、政人だけだ。
祈のことを知っていて、むやみに人に話したりしないから政人には伝えておくことにしたのだ。
おかげで、俺が動画の編集で忙しくて寝れてない時に、授業中に寝ていても政人にノートを写させてもらうことができている。
「で、結局何が原因で寝不足なわけ?」
「動画の編集作業をまとめてやってるんだよ」
「なんでだ? もしかして動画の投稿ペース上げるつもりなのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
少し恥ずかしいが、別に隠すことじゃない。
「……もうすぐ祈の誕生日が近いだろ」
「ああ、そういや5月の終わり頃だったっけ」
「正確には5月27日だ。あいつ誕生日プレゼントはギリギリにならないと言ってこなくてさ」
「オーケーそういうことか、完璧に理解した」
我が家の誕生日は本人のリクエストを聞いてそれを他の家族が可能な限り叶えるのが決まりごとになっている。
だが、祈の場合はそれを伝えてくるのは大体いつも誕生日の2日、3日前だ。
すぐに用意できるものならいいんだが、そうじゃないときは……
「つまり誕生日が近くなってきたら動画の編集なんてしてる暇がないから今のうちに溜めておこうってわけだ」
「そういうこと」
「愛されてるなー祈ちゃん」
「うるさいぞ」
「へいへい」
政人がニヤニヤしながらこっちを見ている。
まったく、こっちの気も知らないで好き放題言ってくれる。
「あいつが今までどんなプレゼントを要求してきたか知らないから笑ってられるんだ」
「なんじゃそりゃ。ゲームが欲しいとかじゃないの?」
「まあ、それに近いのはあった」
パソコンゲームやりたいから自分の部屋にネット引いてほしいとか。
確か、7歳の時だったかなー。
「一体どんなプレゼントねだられたんだよ」
「ケーキ屋のケーキ全種類食べたいとか」
「可愛いじゃん。というか子供の時に誰でも思うぞ、それ」
「バンジージャンプやってみたいとか」
「ん?」
「本物の銃を撃ってみたいから海外の射撃場に連れていってほしいとか」
「おっ、おう」
あの時は思わず耳を疑ったものだ。
母さんは爆笑してたけど。
何なら《オーロラ》も誕生日プレゼントの一つだ。
ゲーム実況者になりたいから必要な物が欲しいだったっけ。
「そういえば、小学6年の夏休みはかなり長いこと家を空けてたけど……」
「物凄い音で鼓膜が破れるんじゃないかと思った」
「なんつーか、やっぱ祈ちゃんすげーな」
祈のモットーは「やりたいと思ったらすぐに、楽しみたいと思ったら全力で」だからな。
例えば将棋を題材としたアニメを見る時は将棋の勉強してからアニメを見始めるのが祈だ。
「それにしてもよく覚えてるな」
「だって俺が遊びに行っても誰もいないからめちゃくちゃ寂しかったのが記憶に残ってる」
「俺以外の友達誘えばいいだろ……」
政人は茶髪でチャラい感じの見た目だが、以外と友達は少ない。
本人曰く、陰キャだかららしいが勉強もできるし、容姿も整っているから自然と人が寄ってきそうなのだが。
「けどさ、悠も誕生日に好きな物頼めるわけだろ」
「まあ、そうだな」
「何をもらったんだ?」
「去年は中華鍋だった」
「……お前はお前で高校生の頼むプレゼントじゃないな」
政人が呆れ顔でやれやれと言っている。
なんでだ、あの中華鍋はとても良いものだと言うのに。
とそうこう話しているうちに学校に到着する。
政人と二人で下駄箱で靴を履き替え教室に向かう。
教室の扉を開け、中に入る。
既に何人かの生徒が登校して友人と談笑しているが、俺は真っ直ぐ自分の席に向かう。
鞄を置いて席に着くと思わず、机に突っ伏してしまう。
「おいおい、大丈夫かよ」
「大丈夫、大丈夫。そういうわけで4時間目には起こしてくれ」
「寝る気満々かよ。いいのか、生徒会副会長」
前の席から政人が話しかけてくるが正直眠気がすごい。
ちなみに俺の席は窓際の一番後ろというベストプレイスだ。眠るには最高の環境と言っていいだろう。
今ならの〇太より早く寝れるかもしれない。
それに俺が授業中に爆睡してるのは1年の頃からなので今更だ。
先生方も諦めているだろう。
「というか4時間目? 昼休みじゃないのか?」
「教育実習生の授業に寝てたら可哀そうだろ」
「なるほど、その辺の気配りは流石だな」
「つーわけでおやすみ……」
意識が沈んでいき、俺は深い眠りに落ちていった。
学校に歩いて行けるって楽ですよね。