調合実験
「祈のドキワク実験教室、はーじまーるよー」
「……せめて、棒読みはやめろ」
夜にいきなり部屋を訪ねたきたかと思えば第一声これである。
うどん屋を後にした俺達(ユリナさんは仕事があるのでギルドに戻った)は夕方までリアの案内で町を歩き、色々な店を見て回った。
そこで、色々と売ったり買ったりしたので手持ちの金額を数えていたのだが……
「で? 何の実験をするって?」
「ん、これ」
祈が手に持っていたガラス製の小瓶を揺らす。
緑色の液体が中で波打っているのが見えた。
「それ、"回復ポーション"か?」
「ん、ちょうど材料もあるし、作ってみようと思って」
"ポーション"
ファンタジーで同じみの魔法薬。
この世界のポーションは飲んだ人の体内の魔力と反応して効果を発揮するらしい。
祈の持ってる回復ポーションはその名の通り怪我を治すポーションで昼間に購入した物の一つだ。
リアに、「私が二人を守るから必要ない」と言われたのだが、試しに数個買ってみたのだ。
「材料ってダンジョンで色々採取してたけどあれで作れるのか?」
「書庫から借りてきた本によると作れる」
そうなのか。
5層に降りるまでの間にいくつか植物を採取してたけど、もしかしてこの為だったのか?
「よし、なら作ってみるか。材料は?」
「バンド草とエイドの実、それと水。後はビーカーに乳鉢に……」
祈の言った材料や実験器具をインベントリから取り出し、テーブルの上に置く。
なんで実験器具なんて持ってるんだって?
祈が面白がって密林で買ったのをこっちに持って来たからだ。
幸いなのは祈がまだこの道具を使って法に引っかかるような薬品を作っていないことだろう。
…………作ってないはずだ。きっと、たぶん、メイビー。
「ここからどうするんだ?」
「ん、バンド草とエイドの実を適量すり潰して水の入ったビーカーに入れる」
話しながら祈が材料をすり潰していき、終わったら予め水を入れておいたビーカーに材料を入れる。
そして、三脚台の上にセットする。
「兄さん、火」
「はいよ。『火よ、灯れ、イグニッション』」
詠唱すると人差し指の先に火が灯る。
その指先をアルコールランプに近づけて火をつけ、ビーカーの中身を熱し始める。
「ん、便利」
「便利だけど、もうちょっと派手な魔法が使いたかったな……」
生活魔法Lv:1で使える魔法『イグニッション』。
俺が覚えた初めての魔法だが、残念ながらライター程度の威力しかないので戦闘には使えない。
今みたいに火付けぐらいしか使い道のない魔法だ。
「そういえば、魔力操作が使えるようになってたよな。なら祈も魔法が使えるんじゃないか?」
ビーカーの中身をかき混ぜていた祈の肩がビクッ、と跳ねる。
あっ、この様子だともう試したな。
「…………見る?」
「見たいけど……室内で使って大丈夫なのか?」
祈の使える土魔法は生活魔法と違って攻撃にも使える魔法なはずだ。
魔法使って部屋が吹き飛ぶようなことがあったら今度は俺がエリオットさんに土下座しないといけなくなってしまう。
「平気。ただ……過度な期待はしないでほしい」
「えっ、何? そんなにショボい魔法なの?」
「論より証拠。『土よ、在れ、ソイル』」
祈が左手をギュッと握り込み、手を開くとそこには……
「土だな」
「ん、土」
「すまん、これはどんな魔法なんだ?」
「掌に土を生成する魔法。この土は植物を育てるのに向いてるらしい」
「それは、何というかその……」
何とも地味な魔法だ。
「むぅ~」
考えが顔に出ていたのか、俺の顔を見て膨れてしまう祈。
「そ、それよりポーションはどうだ?」
「…………」
魔法で出した土を消し、無言でビーカーの中身をかき混ぜ続ける祈に話を振ってみるが、スルーされてしまう。
「あのー、祈さん?」
「…………」
「俺も地味な魔法しか使えないし、お揃いだな」
「…………」
「無視は流石に傷つくんだけどなー」
「…………まだもう少しかかる」
良かった反応してくれた。
「かき混ぜてるだけで良いのか?」
「ん、かき混ぜながら煮詰める。ただ、魔力を流しながらかき混ぜないとダメ」
「へぇー」
流石に魔法薬って言われてるだけあって効果だけじゃなく調合にもファンタジー要素が混じるんだな。
液体をかき混ぜること数分。
「ん、できた」
二人分の回復ポーションが完成した。
市販の回復ポーションと見比べてみるが、全く同じに見える。
「ん、じゃあ効果を試す。兄さん、ナイフ」
「はいはい」
これまた密林で購入した万能ナイフをインベントリから取り出して渡す。
ていうか、インベントリの中身は共有なんだから祈も取り出せるはずなのに何故俺が?
「兄さんも試すの?」
俺が自分の万能ナイフを取り出したのを見て、祈が問いかけてくる。
「ああ、俺もどんなものか興味あるしな」
「ん、じゃあ同時にやる」
「了解」
「「せーの!」」
掛け声と同時にナイフで人差し指を傷つける。
鈍い痛みが指先に走り、傷ついた皮膚から血が溢れてくる。
「じゃあ、次ポーションいくぞ」
「ん」
「「せーの!」」
コップに移しておいた手製の回復ポーションを一気に飲み干す。
「「!?」」
な、なんだこれ!
痛みとか色々な感覚が全て吹き飛んでしまうほど衝撃を受ける。
「「ま、不味い」」
苦いとかエグイとかそういう次元を超越するほどの不味さに吐き気を催す。
「に、兄さん、手」
右手で口を抑えた祈が青ざめた顔で必死に言葉をひねり出す。
自分の左手を見下ろすと、ちょうど傷がすぅー、と消えていくところだった。
おお、治った!
「と、とりあえず調合は成功」
「せ、成功で良いのか? 物凄い不味さだったぞ」
正直、もう二度と飲みたくないレベルだ。
「効果はバッチリ出てる。後は市販のと比べてどんなものか確かめるだけ」
「…………つまり、もう一回飲めと?」
「ん、大丈夫。市販のはきっと不味くない」
この後、市販の回復ポーションも同じように効果を試してみたが、味も効果も全く同じだった。
「え? 回復ポーションを飲んだ? 不味かったでしょ。あれ」
「「不味かった」」
「でしょうね」
次の日の朝、朝食を食べ終えた俺と祈は食堂で昨晩の事をリアに話していた。
「回復ポーションはどうしてもって時にしかみんな飲まないのよ。不味いから」
「じゃあ、怪我した時どうしてるんだ?」
「その場で治療が必要な怪我じゃないなら教会に行けばシスターが回復魔法で治してくれるわ。もちろん、有料でね」
「……それ回復ポーションの需要あるのか?」
教会で治してくれるならあんな不味いのわざわざ飲む奴はいないと思うんだが。
「ん、兄さん。戦闘中」
「ああ、そっか。そういう時飲むのか」
パーティメンバーに回復魔法の使い手がいない場合は戦闘中に怪我したらそのまま戦わないといけなくなってしまう。
けど、怪我したまま戦うなんて自殺行為だ。
ゲームと違って動けば動くほど血は減るし、マンガやアニメと違って痛みで動きも鈍る。
そして、そんな時の為の回復ポーションなのだろう。
「とは言えあの不味さだから買わない冒険者も多いの。戦闘中に怪我したけど回復ポーションがなくて大怪我に繋がるなんて話はよく聞くわ」
「……昨日、俺達が買うの止めてなかったか?」
「止めたわよ? 言ったでしょ。『私が二人を守るから必要ない』って」
ヤバい、下手な男より男らしいぞ。
「それに、万が一怪我しても回復ポーションで治るレベルなら私の回復魔法で治せるから安心してくれて良いわ」
「……回復魔法も使えるのか?」
「ええ、あんまり得意じゃないんだけどね。言ってなかったかしら」
言ってないし、聞いてないな。
……リアって何者なんだろう?
剣の腕は素人目に見ても達人レベルだし、空間魔法が使えてその上回復魔法も使えるってスペック高過ぎないか?
「ん、それよりあれは何?」
祈が指差したのは厨房。
そこでは……
「ねえねえ、これもお願いできる?」
「こっちの食器もお願いします」
「これもこれも!」
メイドさん達に頼まれて洗い物を飲み込んでは吐き出すという謎の行動をするスライムの姿が。
……なんだ、あれ?
「あー、たぶん皿洗いをしてるのね」
「皿洗いってあれが?」
「スライムはね。ゴミとか汚れとかを食べてくれる性質があるの」
……確かに食器はピカピカになってはいるけど。
「魔物は物を食べないんじゃなかったか?」
「生きる為に食べる必要はないわね。魔物が生きるのに必要なのは周囲の魔力だけ、だから魔物が物を食べるほとんどの理由は娯楽だと言われているわ」
「ん、娯楽……ラピスのあれも娯楽?」
「そこまでは分からないわ。スライムは基本的に何でも食べるけど、なんでかゴミや汚れを積極的に食べるの」
スライムの特性って考えれば良いのだろうか。
食べて吐き出すっていうのを見てると逆に汚そうに思えるが、唾液みたいなのもついてないっぽいんだよな。
洗ってから拭いた食器と同じに見える。
「それにしても、スライムに抵抗とかないんだな」
「ないわね、むしろスライムが住み着いた家は綺麗になるからって有り難がられるのよ」
座敷わらしみたいな扱いだな。
「さて、今後の訓練についてだけど訓練場じゃなくてダンジョンで行おうと思うの」
「ダンジョンで?」
「ええ、魔物相手の実践で駄目なところがあったら私がその都度指摘するような形の訓練にしようと思って」
今まではトレーニングとリアとの模擬戦が主な訓練だったが、いよいよ実戦形式の訓練になるってことか。
「そういうわけだから、昼食を食べたら城門に集合ね」
「分かった」
「ん、了解」
食堂を出てリアと別れる。
さて、今日も張り切っていくとしよう。
毎日投稿頑張ります!