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悠の交渉術

明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!


 昼時、《恵みの箱庭》での狩りを終えた俺達は町まで戻ってきていた。


「まさか一瞬で帰ってこれるとは」

「ん、親切設計」


 5階層へ下りるのに1時間以上かかっていた俺達だが、ダンジョンの転移装置とやらのおかげで帰り道を短縮することができた。

 各階層に一つずつあるらしく一度有効化してしまえば何度でも使うことができるらしい。

 ただし、一度でも行ったことのある層にしか転移できないという制約もあるので、行きは使えなかったようだ。


「お腹空いた」

「だな。なんだかんだ動き回ったし」

「そうね、ギルドに寄って魔石を換金したらお昼にしましょうか」


 《恵みの箱庭》から冒険者ギルドまでは割と近いのでこうして話しているうちにもうギルドの建物が見えてくる。

 扉を開けて中に入ると昨日と違って、中はささやかな喧騒(けんそう)に包まれていた。

 酒場スペースで食事をとってる人間がちらほらいるようだ。

 幸い、受付は空いていたので、すぐに俺達の番が回ってくる。


「三人とも戻ってきたのね。カナタ君にイノリちゃん、怪我はない?」

「大丈夫ですよ」

「ん、無事」

「良かった~。初めてのダンジョンって慣れてないから怪我して帰ってくる人結構多いのよ。ちょっと心配してたんだけど無事で良かった」

「……私の心配もしてくれて良いのよ?」

「アンタが低層の魔物相手に怪我する訳ないでしょ。チャージラビットの突進まともに受けても傷一つ付かないんだから」

「それは、そうだけど……」


 ユリナさんの言葉を肯定するリアに思わずギョッとしてしまう俺と祈。

 マジで? 木に刺さるあの攻撃を?

 まともに喰らったら腹に大穴が空くぞ。


「それはそうと……そのスライムは?」

「ラピス。仲間にした」

「テイムしたってこと? テイムスキル持ちだったの?」

「ん? ん、そう」


 アイツ説明が面倒くさいから最初から持ってたことにしたな……


「えっと、早く換金お願いできる? 私達お腹が空いちゃって」

「はいはーい。ん~、どれどれ?」


 リアが誤魔化すように俺と祈が集めた魔石を受付の上に置き、それを虫眼鏡のようなもので見始めるユリナさん。

 魔石を見分ける魔道具だろうか?

 一個一個魔石を見ていたユリナさんだったが……


「えっ!? なんで!?」


 突然、驚いたように声をあげた。


「フフッ驚いたでしょ」

「リアが倒した訳じゃないのよね」

「ええ、正真正銘、この魔石は二人が集めたものよ」

「でも、5階層までにEランクの魔物は……」

「いるじゃない。さっき貴女が自分で言ってたわ」

「……そっか、チャージラビット。でも、なら尚更よ。あの魔物に攻撃を当てられるのはBランク以上の冒険者じゃないと無理なはず……一体どうやって?」


 何やら考え込んでしまうユリナさん。

 どうしたんだ?


「ん、どうしたの?」

「貴方達が本来Bランク以上の冒険者じゃないと倒せないチャージラビットを倒したから困惑してるのよ」

「Bランク? あのうさぎが?」

「チャージラビットは警戒心が強い魔物でね。レベルの高い敵に遭遇すると逃げるんだけど、逃げたうえで捕まえられるのがBランク以上なの」

「Eランクって言ってなかったか? 確か」

「魔石的にはEランク、逃げ足だけはBランクって感じね」


 なるほど、俺達は二人共レベル1だから逃げずに向かってきたんだな。


「で? どれくらいのお金になるかしら?」

「えっ? えっと、Fランクの魔石が14個とEランクの魔石が4個だから……銀貨2枚と銅貨6枚ね」


 日本円で2600円か。安いな……

 まあ、低ランクの魔石だしな。

 とりあえず今は一文無しから脱したことを喜ぶとしよう。

 俺は受け取った硬貨をポケットにしまう。


「それでね。物は相談なんだけどレベルの低い二人がどうやってチャージラビットを倒したのか教えてほしいなーって」


 ん? なんでだ?

 魔石がEランクなんだから貴重でもなんでもないだろうに。

 そう考えていると、服の袖を引っ張られる感覚が。


「資料で見た。チャージラビットの肉は美味しい。でも希少」


 耳元で祈が(ささや)く。

 祈の言葉聞いた上で今までの情報を整理すると……


 チャージラビットはBランク以上じゃないと狩れないが、倒して得られる魔石はEランク。

 肉は美味しいからそれなりの値は付くはずだが、魔石以外の素材は手に入りにくい(レアドロップ)

 ということは、Bランク以上の冒険者が肉欲しさに狩りをしたとしても()()()()()()

 そりゃそうだ、自分のレベルに見合った魔物を倒せば、ランクの高い魔石が確実に手に入ってそれで稼げるんだから。

 でも、祈の考えた倒し方を教えればレベルの低い冒険者でもチャージラビットが狩れるようになり、今より安定して肉が手に入るようになる。

 そして、それがギルドの儲けに繋がるってところか。


 独占すれば一儲けできそうな情報だが、チャージラビットは経験値が大したことないのでレベル上げには向かない。

 だから、この情報を独占する気はない、ないが……

 

「タダで教えるにはちょっと惜しい情報ですね。何せ()()冒険者でもできる方法ですし」

「そうなの? 情報料は払わせてもらうから是非とも教えてほしいわ」


 それはそれとして、貰える物は貰っておくのが俺の主義だ。

 せっかくなので稼がせてもらおう。


「そうですね……金貨8枚くらいでどうでしょうか?」


 一応、高めに設定したつもりだが果たして……


「うーん、流石にそんなには出せないわ」


 よし! とりあえずは成功だ。


「すいません。ちょっと欲張りが過ぎました。金貨4枚でどうですか?」

「4枚……そうねそれくらいなら出せるかな」

「あっ! そういえば、ダンジョンでチャージラビットの巣穴を見つけたんですが……」


 Eランクの魔石の数からも分かるが、俺達は4体のチャージラビットを倒している。

 その内の3体目と4体目を見つけたのは巣穴の近くだ。

 うさぎは薄明薄暮性(はくめいはくぼせい)(明け方と夕方に活発になる)生き物なので昼間に巣穴の近くにいれば高確率で遭遇できる。

 ……まあ、再度生まれた(リスポーン)個体が同じ巣穴を使うのかどうかは検証の余地があると思うが。


「巣穴……確かにその情報は有り難いわ。1枚追加で金貨5枚でどう?」

「えっ? 良い……むぐっ!?」

「リア。シャラップ」


 どうやら、祈がリアの口を抑えたらしい。

 ナイスアシストだ。

 んでもってこの辺が落としどころだな。


「そうですね。それでお願いします」

「オッケー。じゃあ話して頂戴。一体どんな方法でチャージラビットを仕留めたのか」


 リアのジト目を背中に感じつつ、俺は簡単に仕留め方と巣穴について説明する。


「そんな方法が……」

「まあ、俺じゃなくて祈が思い付いたんですけどね」

「ん、兄さんも思いついたと思う」


 いやー、すぐには思い付かなかったと思うぞ。


「うん、確かにその方法なら簡単に仕留められそう。じゃあ、はい。情報料の金貨5枚ね」

「どうも」

「……ちょろい」

「ん? イノリちゃん何か言った?」

「ん、何でもない」


 こら、そういうことボソッと言うんじゃない。

 せっかく、良い感じに交渉が出来たんだから。


「さて、用事も済んだことだし、お昼食べに行きましょう。良かったらユリナもどう?」

「行くわ! 昼休憩の許可取ってくるからちょっと待ってて」


 その後、すぐに戻ってきたユリナさんを加えた俺達は昼食を食べに町に出るのだった。











 突然だが、この国の食文化は三代目勇者の影響かとても和食寄りだ。

 それ以外の食べ物も決してないわけではない。

 現に城の食事でパン(丸パン)が出たこともあるので小麦粉の栽培もしっかりとしているのだろう。

 さて、何故今こんなことを考えるのか?

 それはやはり目の前に出された料理があまりに見慣れたものだったからだろう。


「まさか、異世界最初の外食がうどんとはな……」

「コシがあって美味しい」


 ズルズル、という音が響く店内で俺達はうどんを食べていた。

 ちなみに俺とリアが天ぷらうどん、祈が肉うどん、ユリナさんがきつねうどんだ。


「どう? 私の行きつけのお店なの」

「美味いな。何なら今まで食べたうどんで一番かも」

「そう、それは良かったわ」

「ん~! やっぱりここのうどんは最高だわ。大将! 替え玉貰えるかしら!」

「ん、私も」

「はいよ! ちょっと待ってな!」


 俺とリアが話してる間に早くもユリナさんと祈が替え玉を注文してる。

 よく食べるな~。


「それにしても、カナタ君があの手の交渉ができるとは意外だったかな」


 一息ついたユリナさんが唐突にそんなことを言ってきた。


「何の事ですか?」

「とぼけなくても良いわよ。最初に大きい要求をして相手に断らせ、次に本命の要求をする。すると相手は最初に断った罪悪感から本命の要求を呑みやすくなる。交渉テクニックの一つね」


 譲歩的(ドア・イン・)要請法(ザ・フェイス)と呼ばれる方法だ。

 今回の場合は最初の金貨8枚という要求を断らせ、その後の要求を通しやすくしたことを言っているのだろう。


「でも、まだまだ詰めが甘いわね。相場を考えたらもうちょっと値段を吊り上げても良かったのに」

「へぇー、そうなんですか?」

「えっ?」

「はい?」


 何か話が嚙み合ってないな。


「ん、ユリナは勘違いしてる。兄さんは肉の相場なんて()()()()()()

「えっ! だって、金貨4枚って情報料として妥当な金額よ? 肉の相場を考えてあの金額を割り出したんじゃないの?」

「兄さんがしたのは最初に金額を提示した時のユリナの表情から金額を()()しただけ」

「き、金額を予測!?」


 素っ頓狂な声を上げるユリナさん。

 ……そんなに驚くことか?


「ん、そしてさらに金貨4枚という条件を提示した時の表情からユリナが情報料として出せる金額をまだ上に設定してることに気付いた兄さんは追加の情報を与えて金額を引き上げた」

「えっ、いや、えっ?」

「……兄さん解説」


 言わんでもいいことを言った挙句(あげく)説明を丸投げしたし……


「えーと、ユリナさん? 情報料として最大いくら払う気でいました?」

「金貨5枚よ」

「結果的に俺達に払った金額は?」

「……金貨5枚。で、でも! 追加の情報として巣穴の情報も教えてもらってるんだからその分得のはずよ!」

「ん、その情報本当に金貨1枚分の価値?」

「……あっ!」


 そう、ユリナさんが気付かなかったのは()()だ。

 ユリナさんは俺が譲歩的(ドア・イン・)要請法(ザ・フェイス)を仕掛けた時点で俺が交渉慣れしていると考え、警戒した。

 だが、次に提示された金額は肉の相場から予想できる適正価格の金貨4枚。

 拍子抜けしたことだろう。

 もしくは、欲がないと判断したか。

 とにかく、そこで()()()()()

 だから、その後の追加の情報の価値を精査せずに自分が設定していた最大の値段で支払ってしまった。

 

 結果、俺達は面倒な交渉をせずにユリナさんが払ってもいいと考える最大の値段で情報を売ることができた。


「うぅ~。そうよね。巣穴なんてダンジョンに潜ってればみんなある程度把握しているはず。それこそ、この話を知らない冒険者から世間話のついでに聞き出すこともできたのに~」

「……そもそも、金貨5枚払うつもりがあったなら最初から払えば良かったんじゃないの?」

「安く情報を買えるならそれに越したことはない。だから、そう簡単に金貨5枚を払う気はなかった。こんなところだろ」

「……そうなの?」

「そうよ……ていうか、リアが止めてくれても良かったんだけど?」

「しょうがないでしょ。口止めされたんだから」


 物理的にされたもんな。口止め。


「ん? ちょっと待って? それだけの交渉ができたならユリナからもっと情報料を取ることもできたんじゃ……」

「良いんだよ。そもそも、こっちは情報を売れた時点で得なんだから」


 アイデア料が金貨5枚になったんだ。充分だろ。


「イノリは良いの? 貴女が考えた方法でしょ」

「ん、別に良い。その辺の交渉は任せてるし、相手が損をするような交渉をしないのもいつものこと」


 うどんを食べ終えた祈が(はし)置きながら言う。

 そりゃあ、俺は別に商売人じゃないからな。

 自分の利益を最大限に上げる必要はない。

 なら、お互いに損をせずに利益を得られるところで交渉を切り上げたっていいはずだ。

 何より……


「むしり取った金で食う飯は美味く感じないんだよな。俺」

「ん、流石兄さん(さすにい)。伊達にMMORPG(ネトゲ)猛者(ニート)たち相手に交渉してない」

「「ねとげ?」」

「……それを言うなよ」


 ネトゲでぼったくったりしたら即報復されるからこんな技術が身に付いたなんて思い出したくないんだから。


「カナタ君相手に交渉で損はしない。でも、下手な値切りもできない。この二つが分かっただけで良しとするしかないか……」

「妹がデタラメなのは知ってたけど兄もデタラメとは思わなかったわ」


 はぁ~、と揃ってため息をつくリアとユリナさん。

 何故か俺までデタラメ扱いされた昼のひと時だった。

 解せぬ。



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