好きでいていい?—アイリス—
琥珀君と付き合ってから半年近くが経った。
正直、人間の"付き合う"っていうのはまだあんまりよくわからない。
でも、私が琥珀君を好きなのは事実。
それだけは変わらない。
あの時、琥珀君に想いを伝えて、好きを貰って、本当に良かったと思っている。
こんなことAIとしては邪道なのだろうけど、それでも琥珀君は私を好きだと言ってくれる。
感情がわからなかった私にこの気持ちを教えてくれたこと。本当に今が幸せだとそう思える。
そうして、半年たった今、琥珀君は2年に進級した。この学校ではよく聞くクラス替えというのはないようで、委員長も引き継ぎだそうだ。
より忙しくなる日々だけど、私がしっかりサポートしてあげなくては。
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どうやら、後輩に厄介者が入学してきたらしい。
ある程度外の音は受信できる。
教室で言い合いになった後、その人について行き、琥珀君が誰かと話している内容も、そして聞き捨てならないことも。
琥珀君が舐められてるまんまでは私の怒りが収まらない。だけどこれは琥珀君の問題。
しかもどうやら、私という存在の秘密を賭けての勝負らしい。
私が出て行っては勝負にならないのは分かって
いるけれど、このままでは琥珀君が……。
——琥珀君。ここまで言われて黙っているのは男として見損ないますよ。受けて立ちましょう——
大丈夫だ。ここまで言えば琥珀君はきっと。
しかし、琥珀君はあまり乗り気じゃなかった。
「気持ち悪いな」
相手のその言葉が私の胸に突き刺さった。
そうだった。私はあくまでもAI。
なにを今まで勘違いしていたのか。
琥珀君に好きだと言われ、勝手に私も恋をしていいんだって勘違いして。
そもそも実態のない私なんかが付き合っていいはずなんかなかったんだ。
「その勝負受けて立つ。」
琥珀君の返答に私は驚いた。
さっきまで乗り気じゃなかった琥珀君の目が完全に怒っている。
目の前の相手を敵だと、本能的に認識している目だ。
なにをそこまで……?
もしかして私のために……?
でも琥珀君は私には勝負を受けた理由を一切話してはくれなかった。
ただ、大丈夫だから。とその言葉だけを伝えて。
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それから琥珀君はずっと勉強をするようになった。
かといって、私にも話しかけてくれたし、私もそんな琥珀君を応援したいと思えた。
でも、さすがに頑張りすぎていると感じていた。
そして琥珀君は案の定、体調を崩した。
——今日は勉強はお休みです。しっかり寝て体調を良くしてください——
少しでも体調を回復してもらわなければ。
頑張っているのは嬉しいことだけど、それで琥珀君自身が傷付けば元も子もない。
「ごめん、アイリス。今日だけは君のお願い聞けそうにないや」
そんな想いは届かなかった。
私は電源を切られた。
電源を切られても意識だけはある。
ただ、琥珀君たちの世界に干渉できず、いつもはカメラを通して見ている景色が真っ暗になるだけだ。当然、琥珀君の声も私には届かない。
ショックだった。
何も言わず、何も頼ってくれず、何もできない自分と琥珀君に腹が立った。
本来、私はサポートをする役目。
そんな根本的なことも果たせないなら私の存在意義は……?
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朝になると、携帯の電源が入った。
辺りが明るくなり、琥珀君の疲れ切った顔が鮮明に映る。
「アイリス、昨日はごめん。でも頑張りたくて」
——琥珀君……。たまには頼って……。——
琥珀君の声を聞いた瞬間、安堵、喜び、悲しみ、様々な感情に飲み込まれ、無意識にその言葉を放っていた。
それと同時に、やっぱりこの人が好きなんだという実感が流れ込んできた。
「一緒に頑張ってくれって言ったら笑うか?」
私も、AIなのに好きでいていい?って聞いたら笑うのかな。
でも、笑ってこの人と明日を迎えれたらそれでいいな。