法則その5 ホラー映画で生き残る確率を上げる方法
◇◇
妹のミカは『死亡フラグマニア』だ。だからどういうキャラが死ぬかをよく知っている。
裏を返せば『どういうキャラが生き残るのか』も分かっているということだ。
――ねえ、お兄ちゃん! 知ってる? ホラー映画で生き残る確率を上げる方法があるんだよ。それはね……。
………
……
「おじいちゃん! あの人も連れていこうよ! きっとおじいちゃんの役に立つはずだよ!!」
「はっ? 俺?」
「うん! おじさん、強そうだし!」
な、なんだと……!?
キラキラした目をこっちに向けながら俺を指さすアルメーヌ。
おいおい、この展開はアニメになかったじゃねえか。
……いや、そもそも俺は死んでたからこうなっても仕方ないのか?
「うむ。おぬしもイイ目をしとるのう」
待て、じじい。
貴様の節穴の目をこっちに向けるな。
――ポンッ。
クライヴが俺の肩に手を乗せてきた。
「イルッカさん。アルメーヌとペートルスさんが心配だ。あなたがついていってくれれば心強い」
てめえ……。
さっきはじじいを止めてたじゃねえか。
なんで俺のことは止めないんだよ。
これはまずいことになった……。
と、とにかく選択肢の整理だ。
今の俺が取れるのは……。
(1)このままペートルスと一緒に洞窟に入る。
(2)全員の前で『だが、断る!』と高らかと告げる。
(3)突拍子もない行動に出る
この三つだろう。
言うまでもないが「1」を選択すれば、二人ともサイコパス少女の餌食となる。
もし運良く一人で逃げ切れたとしても、彼女の正体に気付いてしまった俺の頭には死亡フラグが立ち続けるに違いない。
では「2」はどうか。
これもダメだ。
なぜならクライヴやアルメーヌの意見に反対した時点で『協調性のない自己中人間』のレッテルをはられる。
そうなれば当然、孤立することになるだろう。
こういったシチュエーションでは「孤立=死亡フラグ」というのがテンプレだとミカが言ってた。
……となると残された選択肢はたった一つ。
「突拍子もない行動に出る」だ。
しかしいったい何をすれば俺は死亡フラグを回避できるのか……。
「おじちゃぁん! はやくぅ!」
アルメーヌが笑顔で俺を呼ぶ。
しかし彼女の目は笑っていなかった。
むしろ「早く、こっちへこい」と命じているようだ。
こいつ俺を殺したがっているのか?
しかしあまり考えている暇はなさそうだな。
こういう時は素直にミカの言葉を思い返すに限る。
――ねえ、お兄ちゃん! 知ってる? ホラー映画で生き残る確率を上げる方法があるんだよ。それはね……。
これだな。もうこれしかない。
「ああ、分かった。今からそっちへ行くよ。ただしな……」
そう切り出した俺は一人の男の腕をつかんだ。
その男の目が丸くなる。
「え?」
それはクライヴだった……。
――ホラー映画で生き残る確率を上げる方法があるんだよ。それはね『主人公』と一緒にいること、だよ!
だったよな。ミカ。
主人公は最後まで絶対に死なない。だからピンチの時は主人公のそばからピタリと離れなければ化け物に襲われる可能性が低くなる。
だから俺は『キーピング・ザ・デッド』の主人公であるクライヴを連れていくことにしたのだ。
「俺やじいさんに何かあった時のことを考えてクライヴにも一緒に行ってもらう」
「はぁ!?」
俺の突拍子もない行動に、アルメーヌが露骨に嫌そうな顔をした。
やはりこの女、俺を殺そうとしていたな。
ざまぁみろ。
俺はそう簡単に死なないんだよ。
「でも、僕は……」
クライヴが青い顔をして言いよどむ。
彼は幼い頃から「弱虫クライヴ」とからかわれるほどに臆病者という設定だ。
しかしこのアニメではここ一番という時には勇敢に困難に立ち向かうのだ。
その姿に感動していたものだ。
だからここでも『ここ一番』を発揮してもらおう。
「この洞窟を無事に抜けられるかどうかで俺たちの……いや町の運命は決まるんだ。だからクライヴ。おまえの力を貸してほしい。頼む」
できる限り熱っぽく語ってみた。
効果はてきめんだったようだ。彼の顔色が青から赤く変わっていく。
そして、
「よし。じゃあ、僕も行こう。みんな。日が暮れても僕たちが洞窟から出てこなかったら町に戻って増援をお願いしてほしい」
「待って、クライヴ! 一つだけ約束して!」
ナタリアがクライヴを大声で呼ぶ。
言うまでもないが彼女は彼に惚れている。
だから洞窟に入る他の三人には目もくれず、一直線にクライヴを見つめている。
まあ、恋は盲目というしな。仕方ない。もっともライバルがサイコパス少女のアルメーヌだから絶対に叶わぬ恋なんだけどな。
「絶対に死なないで!」
「ああ、約束だ。僕は死なない。だから後は頼んだよ」
大丈夫だ。彼は死なない。なぜなら主人公だから。
「そろそろ行くわよ」
アルメーヌが明らかに不機嫌そうに言ったのは、クライヴと見つめ合っているナタリアへの嫉妬だけじゃない。
殺したくて仕方なかったイルッカに死亡フラグが立たなかったからだ。
これではっきりしたな。
アルメーヌは俺を殺したがっている。
理由は分からないが。
「ああ、死にたくねえな」
俺はボソリとつぶやくと、アルメーヌが無邪気な笑顔で返してきた。
「大丈夫よ! クライヴおにいちゃんたちがいるから!」
お前が言うな、とは言えないまま、洞窟の中へと入っていったのだった。