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法則その4 『頼りになる用心棒的なポジションの人』は殺される

◇◇

 

 『死亡フラグマニア』のミカはパニック映画やホラー映画も愛している。

 しかしストーリーを追っているというよりは、『次に誰が死ぬのか』を推理しているだけなんだよな……。

 

――お兄ちゃん、知ってる? 『頼りになる用心棒的なポジションの人』って、たいてい序盤で死ぬんだよ。『まさかあいつが殺られちまうなんて……』ってみんなが絶望に陥るの。ほらっ! 言った通りでしょ!



………

……


 ディートハルトは惨殺されてしまったが、『討伐団』の前進は再開された。

 アニメと違うのは『残り18人と化け物』のはずが、俺が生き延びたために『残り19人と化け物』になったくらいか。

 もちろんそのことに疑問を持つ者などおらず、俺は何食わぬ顔をしてメンバーたちの後をついていった。

 

 アニメでは次の目的地までの道のりで誰かが死ぬことはない。

 だが『死亡フラグ』を立てないように細心の注意を払わねばならないのは当然だ。

 すぐそばでサイコパス少女のアルメーヌがてくてくと歩いているんだからな。

 彼女が時々こちらを見てくるのは俺の頭上に漆黒の旗がないか確認しているからに違いない。

 

 さて、ではさっそく『冴えないモブ男』に徹するとするか。

 

 こういう時は主人公や化け物に近寄りすぎるのも、ぼっちになるのもNGだ。

 あと若い女と仲良くなるのも絶対にダメ。恋仲になろうものなら『死亡フラグ』を立ててくださいと言っているのと同じだ。

 

 ……もっとも『冴えないモブ男』の俺に近寄ろうという女子なんているはずもないのだが……。

 

 とにかく当たり障りのないモブキャラの同性と、当たり障りのない会話をしながら進んでいくのがベストだ。

 俺はちょうどいい中年のおっさんを見つけると親しげに声をかけた。

 

「おう。ジャスリー」


「やあ、君はたしか……」


「イルッカだ。よろしくな」


「ああ、イルッカ。よろしく頼むよ」


「なんだよ、元気ねえな」


「当たり前だろ? あんなもん見ちまったんだから……」


「まあ、それもそうだよな。ところでお前さんの趣味はなんだい?」


「俺の趣味? なんで今、そんな話をしなくちゃならないんだよ」


「いいから、いいから。教えてくれよ。減るもんじゃねえし」


「仕方ないなぁ……」


 この後、さんざん『幼女の靴下』について聞かされた。

 すっかり忘れてたが、ジャスリーは洗濯物で干してあった女の子の靴下を大量に盗んだ容疑で捕まったと設定資料集に書いてあったな。

 

 かなり気持ち悪かったが、死亡フラグを回避するためなら軽いもんだ。

 おかげで幼女の靴下についての知識がチート級に身についたが、今後活かされることはないと断言できる。

 

………

……


 そうこうしているうちに次の目的地に到着した。

 目の前には大きな穴が開いている。

 

「ここが『白い洞窟』か。この洞窟を抜けないと『黒い森』にはたどり着けないんだよね」


 主人公のクライヴがゴクリと唾を飲み込んだ。

 心配そうな顔をしたアルメーヌが、ぎゅっとクライヴの手をつかむ。

 クライヴはアルメーヌの方へ視線を向けると「心配ないよ。僕たちがついてるからね」とぎこちない笑みを浮かべたのだった。

 

 クライヴよ。そいつはサイコパスだぞー。

 むしろ自分の心配をした方がいいぞー。

 

 心の中でそうつぶやきながら、俺は温かい目で見守っていた。

 もし妹のミカがこの状況を見たら、何を考えるだろうか。

 俺は想像してみた。

 するとミカのささやく声が頭に浮かんできたのだ。

 

――お兄ちゃん、ここで一人死ぬわね。

 

 さすが『死亡フラグマニア』のミカ。

 その通りだ。

 俺は知っている。

 

 ここで誰かが死ぬ、と――。


………

……


 さて洞窟の前までやってきたのはいいものの、討伐団は不気味な雰囲気に動けないでいた。

 

「中から何か感じるわ……」


 ナタリアが言うと、全員が小さくうなずく。

 ちなみにこの洞窟には人畜無害のコウモリくらいしかいないから、まったくの気のせいだ。

 もっと言えば、お前のすぐ横に化け物がいるんだぜ、と教えてやりたい。

 

 ……と、その時だった。

 

「まずはわしが様子を見に行ってこよう!」


 高らかと宣言した老人に視線が集まった。

 彼は『伝説』とまでうたわれた元英雄、ペートルス・フィデッサー。63歳。

 かつて天災をもたらした龍を倒したため、『龍殺し』という異名でたたえられた。

 しかし町へ戻ってきた後は職がなく、浪費ぐせも激しかったこともあり、金に困った彼は悪事に手を染めはじめた。

 売春のあっせん、恐喝、地上げ……。

 元英雄ということで大目に見られていたのが逆効果となり、彼の犯罪は増長していった。

 そうしてついに殺人を起こしたところで捕まってしまったのだ。

 過去の栄光にしがみついたゆえに陥った典型的な転落人生と言えよう。

 

 きっと今の状況も『昔の血が騒いできたわ!』とか思ってるんだろうな。

 だが知ってるか?

 

――頼りになる用心棒的なポジションの人って、たいてい序盤で死ぬんだよ。

 

 すでに彼の頭上には『死亡フラグ』がはためている。

 しかしそんなことに気づこうともせずに、彼は意気揚々と洞窟の入り口の方へ向かっていった。

 

「ペートルスさん! 無茶はダメだ!! ここはみんなでひと塊になって行きましょう!」


 クライヴから助け舟が出された。

 もしこれに乗っかれば、漆黒の旗はポキッと折れるんだろうな。

 しかし元英雄のつまらぬプライドがそれを許すはずもない。

 

「カカカ! わしを誰と心得る!? 『龍殺し』のペートルス・フィデッサーじゃ! 化け物など恐れるに足りず!! 洞窟内の安全が確認とれたら皆を呼ぶからのう。しばらくここで待っておれ!」


 そして……。

 

「おじいちゃん! 洞窟の中は迷路になってるから、私が案内するわ!」


 アルメーヌの純真な声が響いた。

 目をキラキラと輝かせている彼女を見て、ペートルスがニヤリと口角を上げる。

 

「いい目じゃ。わしが今まで見てきた中で一番信頼できる目をしておる。うむ、おぬしに道案内を頼もう」


 ああ、じいさん。

 おぬしの目は節穴じゃ。

 少女の目が輝いているのは、あんたを殺せる喜びに満ち溢れてるからなんだぜ。

 しかし彼が手にかけたのは、イルッカの妹の友人だと設定資料集に書いてあったから、同情のかけらもない。

 せいぜい化け物相手に最後の悪あがきでもしてくれ。

 

 俺は心の中で手を振りながらペートルスとアルメーヌを見送っていた。

 

 

 ……しかし、思わぬ展開が待ち受けていようとは……。

 たとえミカでも推理できなかったに違いない。

 

 それは二人が洞窟の入り口のギリギリまでやってきた時だった。

 突如としてこちらへ振り返ったアルメーヌが元気な声をあげたのである。

 

 

「おじいちゃん! あの人も連れていこうよ! きっとおじいちゃんの役に立つはずだよ!!」

 


 彼女が指さした先に立っていたのは……。

 

 

 俺、イルッカだった――

 

 



ゾンビ映画ですとマッチョな元軍人や傭兵のパターンが多いですね。

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