おまけ② あの子とはうまくやってる?
絶賛発売中の『絶対回避のフラグブレイカー2』(レジェンドノベルス・講談社)の刊行を記念したおまけSS第二弾!
どうぞごゆっくりとお楽しみくださいませ!
「山本さん、ちょっといいかしら」
看護主任の寺沢さんから声をかけられた私、山本萌香は「はい!」と快活に返事をして、彼女に向き合った。
産休を終えて職場に復帰したばかりの寺沢さんは、まさに母親のような慈愛に満ちた笑顔で問いかけてきた。
「あの子とはうまくやってる?」
「へっ?」
意表を突く質問にとっさに答えが出てこない。
そもそも「あの子」って誰だろう?
ぐるぐると頭を巡らせるうちに思い出したのは、「赤ちゃんを見にこない?」と招かれて、寺沢さんの家を訪れた時の会話だった。
――あの子は元気にやってる?
――あの子って誰ですか?
――研修医の中村翔太くんに決まってるじゃない。あ、もう研修医じゃなくて先生になったんだっけ。若いのにしっかりしてるし、何よりも家族思いの素敵な好青年よね。
つまり寺沢さんの質問は「中村先生とうまくやってる?」ってこと!?
急に体温がぐんと上がり、条件反射的に飛び出した言葉は自分でも予期せぬものだった。
「ま、まだそんな関係じゃありませんっ!」
ナースステーション中に響き渡る大声。
あたりがしーんと静まり帰る中、目をぱちくりさせていた寺沢さんがくすりと笑った。
「ふふ。何か勘違いしているようだけど、私が聞きたかったのは、新しく検査入院してきたアルメーヌさんのことよ。山本さんが担当でしょう?」
ますます体が熱を帯びる。耳まで真っ赤に染まっているに違いない。私は持っていたタブレットで顔を隠すと「見回りに行ってきます!」とだけ告げて、足早にその場を後にしたのだった。
◇◇
「はぁ……。成長してないなぁ……」
パニックになると突拍子もないことが口をついて出てくるのは、今も昔も変わらない。
罪悪感を背負いながら行く宛てもなく歩いているうちに、ミカちゃんの部屋の前までやってきた。せっかくだから、彼女の様子みていこうとドアに一歩近づいてみる。すると部屋の中から声が聞こえてきた。
「これをプレゼントしようと思ってな」
中村先生だ。会話の相手に何かプレゼントしたいのだろうか。
「三日月のチャームがついたピアスね。悪くないわ」
その声は……アルメーヌさんだ!
中村先生がアルメーヌさんにピアスをプレゼントするってこと!?
よく考えたら二人は顔を合わせた時から様子がおかしかった。何て言うか、長年連れ添った老夫婦のよう……って、アルメーヌさんはまだ17歳だからそんなのあり得ないんだけど。いずれにしても初対面とは思えなかった。
もしかしたら中村先生とアルメーヌさんは偶然ここで再会したのをきっかけに関係が発展して……。そんな妄想を膨らませているうちに中村先生の声が再び耳に入った。
「あとこれ」
「これはなに?」
「ハンドクリームだよ。ああ、アルメーヌは知らないか」
「むぅ! バカにしないでよね!」
「ははは! バカにしてるわけじゃねえよ」
テンポのいい会話。こっそり聞いていても心地いいんだから、話している本人たちはもっと気持ちが良いのだろう。でも彼らの声が耳に入るたびに胸の内にモヤモヤが広がっていくのはなぜだろう?
私も『あの人』とあんな風にうまくやれたらいいのにな――。
気分が沈みかけたところに背後から声をかけられた。
「あら? 萌香さん、何してるんですか?」
はっとして、振り返る。そこには目を丸くしたミカちゃんが白いビニール袋を手にして立っていた。
「えっ? いや、その、ミカちゃんは元気かなって思って、様子を見にきたの」
「へへ、ありがとうございます! でも私はこの通り元気ですよー。お兄ちゃんに買い物を頼まれるくらいだもん」
ニコニコしながら手にしたビニール袋を持ち上げるミカちゃんを見て、自然とため息が出る。
「あきれた……。中村先生は患者さんをパシリにしたんですね。よし! ここは私がビシッといってあげるね!」
「へっ? 萌香さん、それはちょっと……。って萌香さん!?」
私はミカちゃんの制止もきかずに、思いっきりドアを開けた。
中村先生とアルメーヌさんがびっくりした表情で私を見つめている。
私はぱたぱたと床を鳴らしながら、中村先生につめよった。
「中村先生! ミカちゃんは先生の妹ですけど、その前に患者さんですよ! 患者さんを使い走りにするなんてどういう――」
そうまくしてた私に対し、中村先生はチューブ型のハンドクリームを差し出してきた。
「え? 私に? どうして?」
「……お礼だよ。ミカのことをずっと診てくれたから」
中村先生は照れを隠そうとして顔をそむけている。
私は恐る恐るチューブを受け取った。パッケージには私の好きな「ミントの香り」と書かれている。
ドクンと胸が脈打ち、「あ、ありがとうございます」と言うのがやっとだ。
そんな私をしり目に中村先生は、今度はミカちゃんに三日月のピアスを渡した。
「快気祝いってやつだ」
「わあ、お兄ちゃん! ありがとう! すっごく可愛い!」
無邪気に喜ぶミカちゃんを見る中村先生の目がすごく優しい。
ふわふわと浮き上がったような心地のまま立ち尽くしまった私。その横を通り過ぎた中村先生は「山本さん、後は頼むわ」と言い残して、そのまま病室から出ていったのだった。
◇◇
翌朝――。
出勤してきた寺沢さんは「おはよう」とあいさつするなり小首をかしげた。
「あら? なんだか爽やかな香りがするわね」
ハンドクリームを塗りたくった両手をにやけ顔で見ていた私は、慌てて手を後ろに組んだ。
「お、おはようございます!」
寺沢さんはニコリと微笑むと、視線を机の上に移す。
そこにはチューブ型のハンドクリーム。
まずい! 頭隠して尻隠さずだった!
「ふふ。あの子が山本さんの好きな香りを聞いてきたのはこのせいだったのね?」
「へっ?」
「どうやらあの子とはうまくやっているようね」
相変わらず『あの子』が誰を指しているのか分からない。
でも私の口は反射的に声を発したのだった。
「はいっ! これからもっと仲良くなってみせます!」
と――。
(了)
【おまけのおまけ】
「ねえ、イルッカ……じゃなかった。翔太。この『キーピング・ザ・デッド』ってゲーム。なんで美少女ヴァンパイアが出てこないのかしら? 納得がいかないわ」
「当たり前だろ。ゲーム版の『キーピング・ザ・デッド』はアニメとはまったく違う世界なんだから。それよりアルメーヌ。こっちの世界では俺のことを『中村先生』と呼べと何回言えば分かるんだよ」
「ふふ。固いこと言わないの。私たちは永遠の愛を誓い合った仲じゃない」
「だからそういうことを軽々しく口にするなと、何度言ったら……」
「あっ、中村先生! こんなところで油売って! 早く一緒にきてください! 新人看護師のタケシくんを指導する時間ですよね!? もう忘れちゃったんですか?」
「おい、中村。院内の廊下を走るんじゃない。ところで例の男の子……そうそう怜音くん。あの子のことを頼んだよ。ちょっと臆病だけど、大丈夫。君ならうまくやれるさ。私は君を頼りにしているからね。あ、プライベートでも頼りにしてもらってもいいんだよ。なんなら毎朝食事を一緒にとってあげてもいい」
いつも通りのにぎやかな日常。
そこにひときわ明るい声が響き渡る――。
「ねえ、お兄ちゃん! 知ってる!? RPGの世界ではね――」
お楽しみいただけましたでしょうか?
これまでまことにありがとうございました。
これで本当に最後になります。
この作品を書けたこと、そしてこの作品を通じて素敵な読者様たちと出会えたことに、深く感謝しております。
ありがとうございました。
この作品の世界観が好きです。
本編の続編は書籍版だけですが、今のところは『2』以降は未定です。
だから悔いのないように、精一杯書き上げました。
どうか『絶対回避のフラグブレイカー2』をよろしくお願いします。
下記のURLより詳細をご覧いただけます。
私はみなさまのご多幸をお祈りしております。
またいつかお会いしましょう。
さようなら! ありがとうございました!!





