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私の物語 プロローグ 永遠の愛を君へ

◇◇


「……おい」


 遠くから俺を呼ぶ低い女性の声。

 しかし周囲は真っ暗闇だ。

 ここは夢の中なのだろうか……。

 そんなことを考えているうちに、首の後ろに柔らかな感触に包まれた。


「えっ?」


 夢じゃない。

 現実だ。

 急速に意識が引き戻されていく。

 そしてついに、

 

「おい、中村! 起きろ!」


 耳元で破裂した大きな声で、俺は飛び起きた。

 

「のわっ!」


 目を開ければ白い腕が俺の前で組まれており、生ぬるい息が耳をくすぐった。


 誰かに後ろから抱きしめられている――。


 そう確信して勢いよく立ち上がると、背後の人物を確かめた。

 スレンダーな体型に似合わない大きな胸、肩まで伸ばした髪、切れ長の細い目の下の小さな泣きぼくろ……。


 間違いない……。松下先生だ。

 

「な、なにしてるんですか!?」


「何をしてるって……。なかなか起きないから、後ろからぎゅっと抱きしめてあげたんじゃないか」


「せ、セクハラです!」


「ははは! ご褒美の間違いだろうに」


「ご褒美とは何か功績を挙げた人がもらうものですよね? だから違います!」


「ははは! だからご褒美でいいんじゃないか!」


「へっ?」


 俺は目を丸くした。

 松下先生の言っている意味が飲み込めない。

 ただ意味不明なことはそれだけじゃないのに今さら気付いた。

 ここはどこなんだ?

 今は何時なんだ?

 にわかに混乱した頭を整理すべく周囲を素早く見回した。

 すると察しのいい松下先生は、さらりと俺の疑問に答えてくれたのだった。

 

「ここはミカちゃんの病室。君は24時間……つまり丸一日も椅子で寝てたんだぞ」


「え? ウソ……」


「ほんとだ。ほれ見ろ」


 先生はドクターコートのポッケからスマホを取り出すと、俺に見せてきた。

 待ち受けが俺とのツーショットなのは見なかったことにしておき、日付と時間の表示を見る。

 

「7月25日14:30……。本当だ……」


 どうりで体中がギシギシすると思ったんだ。まさか椅子に座ったまま、丸一日寝ていたなんて……。

 だが呆れている場合でないことに気付いた瞬間に、俺は松下先生に詰めよっていた。


「ミカ!! ミカのオペは!?」


 そう。今日は朝からミカの手術だったはずだ。午前9時から開始で、3時間はかかる予定だった。しかも執刀は何を隠そう松下先生だ。


「先生! 教えてください! オペはどうだったんですか!?」


 熱くなる俺とは対照的に、松下先生はいつものクールな表情をまったく崩さない。

 そして俺に言い聞かせるように、ゆったりとした口調で告げてきた。


「君もドクターの端くれならば、オペや病状のことで感情をあらわにするのはやめなさい。たとえ身内のことであってもな。ハートは熱く、頭はクールに。これが基本だって、何回も教えただろう?」

 

 ばしゃりと冷水を浴びせるような言葉に、俺ははっとして彼女から少し離れた。

 

「ええ、そうでした。すみません。顔を近づけすぎましたよね」


「いや、それはいくら近づけてもよかったんだがな。むしろくっついてもいいくらいだ」


「ところでミカのオペの結果を教えてくださいますか?」


「ああ、それだったな。うん。では集中治療室へ行って、様子を見に行ったらいい。私がご褒美をあげたくなる理由が分かるはずだ」


「はい!」


 俺は駆け足で病室を飛び出した。

 

「こらっ! 院内を走るんじゃない!」


 背中に松下先生の鋭い声が突き刺さったが、俺の意識は前に足を動かすことだけに集中していた。

 興奮のせいか見慣れたはずの病院の廊下が眩しい。

 

――手術は成功したんだ!


 その確信を得たのは松下先生が俺に対して「ご褒美をあげたい」と言ってくれたからだ。

 そもそも先生が穏やかな表情で俺のことを起こしにきた時点で、結果が悪いものではなかったと察しがついている。

 まるでヴァンパイアだった時のように体が軽く感じられ、文字通りに弾むようにして廊下を駆けていく。

 そしてついに集中治療室の前までやってきた。

 

「はぁはぁ……。ふーっ」


 乱れた呼吸を整える。

 息が上がっていたせいで会話もろくにできないところを、ミカに見られたら恥ずかしいからな。

 すると病室の自動扉がウィーンと音を立てて開き、中からナースの山下萌香が出てきたのだ。

 

「あら? 中村先生! ちょうど今、呼びにいこうとしていたんですよ」


「そうか」


「そうか、じゃないですよぉ! こんな時までカッコつけてどうするんですかぁ!」


「べ、別にカッコつけたわけじゃないんだが……」


「いいから、つべこべ言わずに、早くこっち来てください!」


 萌香の小さな手が俺の右手をつかみ、ぐいっと俺を引っ張る。

 彼女ってこんなに力が強かったんだ……。

 と変なところに感心しているうちに、突き抜けるような明るい声がこだましてきたのだった。

 

「お兄ちゃん!!」


「ミカ!!」


 色々なチューブにつながれたミカ。

 でもその笑顔は夏空に燦々と輝く太陽のように眩しい。

 

「ねえ、お兄ちゃん! 知ってる!?」


 こんな時でもミカは俺に『法則』を教えてこようとしている。

 でも今の彼女が伝えたい『法則』が何なのか、俺にはよく分かっている。

 だってミカが手術を受ける前日に読んでいたのは、俺が貸したマンガだったのだから。

 だから俺はミカと一緒に病室内に声を響かせたんだ。

 

 

「「奇跡って、あきらめずに戦い続けた人に訪れるんだ!!」」



 と――。


 

………

……


 大成功で終わったミカの手術。

 さらに術後の経過も良好で、個室から大部屋に再び移ることになった。

 そして、


「喜べ、中村。このまま2週間ほど様子を見て、問題なければ晴れて退院できるぞ」


 松下先生は笑顔でそう教えてくれた。

 何もかもが順調すぎるぐらいに順調で、少しだけ怖くなってしまう。

 それでも、

 

――主人公とヒロインが命をかけて守った幸せは、時空を越えて永遠に続く。


 という法則が脳裏をよぎれば、これは頑張ったミカと俺へのご褒美なんだと思えるてくる。

 ただし、同時によぎるのは『その後』のことだった。

 つまり、『キーピング・ザ・デッド』の世界で、イルッカである俺が死んだ後、アルメーヌはいったいどうなってしまったのだろう。

 俺にはそれを確認するすべはなかった。

 そして彼女の少しだけ物悲しい笑みが浮かぶたびに、胸がぎゅっと締め付けられる。

 夢だったけど、夢じゃなかったのか、という不思議な感覚だ。

 なにはともあれ『キーピング・ザ・デッド』の世界から戻ってきてからは、毎日が楽しくて仕方なかったよ。


 だが、まさかあんなことが待ち受けているだなんて……。



 それは手術が終わってからちょうど1週間たったある日のことだった。

 いつも通り、回診に出ようとした時。

 松下先生が淡々とした調子で話しかけてきた。

 

「そうだ。中村。今日から転院してきた患者さんの事、よろしく頼むな」


「え? 聞いてませんよ。そんな話」


 ピタリと足を止めた俺に対して、先生はあっけらかんと言った。


「そりゃそうだ。今初めて言ったのだから」


「はあ? いきなり言われても、まだカルテすら見てませんし……」


 あまりに無責任すぎる物言いじゃないか、と眉をひそめる俺のことを先生は大きく口を開けて笑い飛ばした。


「ははは! そう難しい顔をするな。他の病院から紹介されて検査入院のためにやってきた患者さんなんだ。今日のところは挨拶をかわすくらいでかまわんよ」


「はあ……。ところで、その患者さんのお名前は?」


 俺の質問に松下先生はあごに手を当てて考え込む。


「うーん……。たしか……。ノエちゃんだ」


「のえ? ちゃん?」


 今流行りのキラキラネームったやつなのか?

 それに「ちゃん」ってことは子どもなんだろうか?

 すると松下先生は、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「お国はフランスなんだそうだ。こっちには留学してきたらしい。君の大好きな女子高生だよ」


 思わず目を大きく見開いてしまう。

 そんな俺の肩をポンと叩いた松下先生は、「そろそろ大人の女性に魅力を感じて欲しいものだ」と言い残して、どこかへ消えてしまった。

 ……とそこに入れ替わるようにしてやってきたのは萌香だった。

 彼女は小さな頬をぷくリと膨らませながら、俺の手を取った。

 

「中村先生! 遅いです! 患者さんが待ってますよぉ!」


「ああ、ごめん。ごめん」


 そのまま彼女に引っ張られながら廊下に出て病室へと向かっていく。

 そうしてやってきたのはとある大部屋だった。

 

 しかし……。

 

 その部屋の扉の脇に書かれた患者の名前を示すネームプレートを見て、俺は言葉を失ってしまったのである……。

 

「ん? どうしたんですか? 中村先生。あ、そうそう。ミカちゃんの新しい病室ってここでしたよね!」


「え、あ、いや。それより……」


 胸の動悸が早まり、言葉が出てこない。

 俺はただネームプレートに書かれた名前を凝視していた。

 萌香は俺の視線をたどると、はっとした顔になった。

 

「あっ! ミカちゃんと同じ部屋の患者さんが、中村先生の新しく担当する方なんですね!」


「バカな……。この名前は……」


「名前? フランスの方ですからカタカナなのはおかしくないじゃないですかぁ」


「おかしいに決まってるじゃないか!」


 思わず声を荒げた俺は急いで部屋の中に入った。

 

「あ! お兄ちゃん!!」


 ミカの元気な声にすら反応できない。

 なぜなら俺の目はミカの真向かいのベッドにいる少女に釘付けだったからである。

 

「そ、そんな……」


 長い黒髪、透き通った白い肌、大きな瞳。そして何よりもいたずらっぽい笑み……。

 

「あなたが私の担当の先生かしら?」


 声までまったく同じじゃないか……。

 そして目の前の可憐な美少女は、さも何事もないかのように、さらりと自分の名を告げてきたのだった――。

 

 

「ふふ。私はアルメーヌ・ノエ。よろしくね」



 そう。あのアルメーヌだ!

 

「なんでここに? いや、まだ分からないぞ。これは偶然だ。彼女がここにいるわけない!」


 思わず取り乱してしまうのも無理はない。

 だって彼女はアニメ『キーピング・ザ・デッド』の世界の住人なのだから……。

 

「お兄ちゃん!? アルメーヌさんと知り合いだったの!?」


「ちょっと中村先生! どういうことか説明してください!! 私、許しませんよ!」


「そうだな中村くん。私という者がいながら、あろうことか留学してきた女子高生に手を出すとはけしからんことだよ」


 いつの間にか背後にいた松下先生も加わって、にわかに場がざわつく。

 俺たちが混乱する様子を楽しそうに眺めていたアルメーヌ。

 しかし驚くのはまだ早かった……。

 なんと彼女はとんでもないことを大きな声で告げてきたのだから……。

 

 


「私もあなたのことを愛してるわ」




 場が一瞬にして凍りつく……。

 そんな中、彼女は力強い口調で締めくくったのだった。

 

「これからは私の物語。『キーピング・ザ・ラヴ』のはじまりよ!」


 そう言い切った彼女の笑顔は、まるで天使のように透き通っている。

 その笑顔を見て、俺はかつてミカに教えてもらった『法則』を思い起こしていたのだった――。



――お兄ちゃん! 知ってる!? 強く愛し合った二人の『愛』は時空を超えるんだよ!



(了)

 


 

 

 


最後までお付き合いいただきありがとうございました。


四コマ漫画のような雰囲気とトーンで小説を作るというチャレンジでしたが、なかなか難しかったです。

これからも読者様の心に届くような物語を作っていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。


もし続編を作るとなると「恋愛(現代)」のカテゴリーでしょうね。

ご希望があれば、検討いたします。

ご感想やDMでいただけると幸いです。

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[良い点] 最高でしたそれ以外に言うことなしです(泣きそう) [一言] 続きも読みます
[良い点] 最終話最高でした!
[一言] シンプルに好きです、セカンドシーズン待ってます
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