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俺の物語 終章・第5話 『法則その27 主人公とヒロインが命をかけて守った幸せは、時空を越えて永遠に続く』

心を込めてつづりました。

少し長いお話ですが、どうぞごゆっくりとお付き合い願います。

◇◇


 ミカが入院してからあっという間に3か月が過ぎた。

 彼女の担当は引き続き松下先生。

 投薬による治療が中心だが、何回か手術も行われている。

 それでも病状はあまり思わしくなく、夜中に発作を起こすこともあり、大部屋から個室に移された。


 一方の俺は、自分の勤務時間が終わったらすぐにミカの見舞いに行くのが習慣で、どんなに体が疲れていても、毎日欠かさずに彼女の病室へおもむいた。

 さすがに夜勤が5日続いた時は、彼女の病室でそのまま眠ってしまったこともある。

 それでもいつも笑顔で迎え入れてくれるミカを見るだけで、安心し元気づけられていたのだ。

 

 桜の季節を迎えたある日。

 ミカは退院してからの夢を話してくれた。

 

――お兄ちゃん。わたしね。退院したら、ジェングのタピオカを飲みたいの!


――うんうん。いいね。


――それからネイルもしたいし、おしゃれなカフェでドーナツも食べたい!


――そうか、そうか。


――あとね! ええっとね……。恋もしたい!


――え、あ、……うん。まあ、いいんじゃないか。


――ふふっ。お兄ちゃん、今、反対しようとしてたでしょ?


――おま……! そんな減らず口たたけるなら、元気になるのも早いな!


――あはは! うん! 早く元気になりたい!


――じゃあ、俺はそろそろ行くからな。あんまり夜遅くまでテレビ見るんじゃないぞ。


――はぁい! お兄ちゃん! またね!


 病室を出たとたんに俺は泣いた。

 本来ならば今日は高校2年生に上がる始業式。

 もしミカが元気だったら、今頃新しい出会いに胸を躍らせていただろう。

 でも彼女はたった一人で病室で窓の外を眺めていたんだぜ。

 それなのに、悲嘆もしなければ、愚痴の一つもこぼさない。

 もっと言えば、俺に冗談を言って笑顔を作らせていたのだ。

 なんで現実とはこうも理不尽なんだろうか。

 

「絶対に死なせるものか……」


 この時からだったよ。

 俺が『絶対に死なないキャラの法則』を勉強しはじめたのは。

 他人は笑うかもしれない。

 でも俺は本気だった。

 

 『大事な人と貸し借りがある人は死なない』と知れば、

 

――ミカ。このマンガ、貸してやるよ。

――え? どうしたの? お兄ちゃん?

――元気になったら返してくれればいいから。


 と。


 『身代わりになるお守りを持っている人は死なない』と知れば、


――ミカ。このお守りをあげるよ。

――え? 何のお守りなの? お兄ちゃん?

――『身代わりくん』っていうアニメのキャラをお守りにしたものなんだってさ。


 と。

 

 ミカは俺の思惑に気付いていたに違いない。

 でも彼女は俺のわざとらしいプレゼントやら演出に、嫌な顔一つせずに、喜んで付き合ってくれた。

 つまり俺とミカは『絶対に死なない物語』の主人公であり続けたんだ。

 

 

 そして梅雨があけてすぐのこと。

 ミカは再び手術を受けることになった。

 なんでも今までとは比較にならないほどに、難しい大手術なのだそうだ。

 ここ数日、そのことばかりで頭がいっぱいであまりよく眠れていない。


 昼休み。休憩室でぼけっとしていると、松下先生が隣に座ってきた。

 相変わらず顔が近い。

 しかしそんなことを指摘する余裕すらない俺に、彼女はさらりと告げた。

 

――とうとう明日だな。ミカちゃんのオペ。とても厳しいものになるぞ。覚悟しておけ。


 緊張が全身を駆け巡り、自然と顔がこわばってしまう。

 そんな俺に先生は小さな笑みを作って続けた。

 

――でも私は信じている。ミカちゃんなら試練を乗り越えてくれるってね。そのために君も一生懸命頑張ったんだろう? 聞いたよ。萌香くんから。なんでもマンガを読んで勉強しているらしいじゃないか。


――え、まあ、ええ。恥ずかしいですけど……。


 先生が大きく口を開けて笑い飛ばす。


――ははは。水くさいぞ! 中村翔太! 私も手伝おう!


――そ、そんな。いいですって。


――遠慮するな! 私と君の仲じゃないか! よし、じゃあこうしよう。私と結婚しよう!


――は?


――結婚式は半年後! もちろんミカちゃんにも出席してもらうぞ! 『家族の晴れ舞台の予定がある人は死なない』ってもんだろ。うん、そうしよう!


 俺が顔を真っ赤にして唖然としていると、松下先生はニヤリと笑った。

 

――いい顔してるじゃないか。そう、その顔だよ。周りが固くなったり、暗くなったらダメだ。それでなくてもミカちゃんは他人に気を使うタイプだからね。彼女が勇気を持ってオペに臨めるように、君は肩の力を抜きなさい。

 

 俺ははっとなって先生に頭を下げた。

 

――そ、そうですよね! ありがとうございます! 先生みたいにジョークを飛ばすくらいじゃなきゃダメですよね! よし! 俺、頑張ります!


 松下先生が「ジョークのつもりじゃなかったのにな……」とつぶやいているのを背中で流しながら、俺はミカの病室へ急いだ。

 この日は松下先生の配慮によって正午までで仕事を上がらせてもらったため、午後はゆっくりとミカと過ごせる。

 病室の扉を開けると、いつもの笑顔でミカが迎えてくれた。


――お兄ちゃん! 知ってる!? 主人公とヒロインが命をかけて守った幸せは、時空を越えて永遠に続くんだって!


 しかし肩の力が抜けた時ほど、これまでのたまった疲れが出てしまうものだ。

 穏やかな午後のひとときを満喫しているうちに、睡魔が俺を襲ってきた。

 

――お兄ちゃん。しばらく寝てていいよ。私、お兄ちゃんから借りたマンガ読んでるから。


――あ、ああ。いや、大丈夫だ……。


 そう強がったのもつかの間、あっさりと眠りに落ちてしまったのだから、自分でも情けないと思う。

 そして次に耳に入ってきた声の持ち主は、ミカでも松下先生でもなかったのである。

 

 

「おい、起きろ。イルッカ・ヴィロライネン」


 

………

……


 俺、イルッカがヴァンパイアになり、ベッドで仰向けになってから数十年の時が流れたある冬の日。

 ついにその時はやってきた。

 窓の外では朝から雪がしんしんと降る中、いつものように部屋にやってきたアルメーヌ。

 彼女の容姿はまったく変わっていない。

 可憐な少女のままだ。

 しかしこの日はその顔に少しだけ影を落としていた。

 

「セルマは毎日、お墓まいりに行っているわ。でもそれも今日で終わりね」


 彼女はとても悲しそうにうつむいた。


「そうか……」


 かすれた声でつぶやいた直後に胸が強く締め付けられる。

 いてもたってもいられない衝動が、体温をぐっと上昇させた。

 

 会いに行かねば――。


 今さら会って何をするんだ、という野暮な疑問は頭の外に追いやり、純粋な欲求に身を任せて、渾身の力を振り絞って体を起こそうと試みた。


「うぐぐっ……」


「イルッカ」


 アルメーヌに背中を支えられながらベッドから這い出た俺は、恐る恐る自分の足で立ってみる。

 なんとか立てる。足も動かせそうだ。

 そこで、立てかけてあった黒の外套と、つばの広いシルクハット、それから大きなこうもり傘を拝借した。


「どこへ行くの?」


 そう聞きながら、アルメーヌもまた外行きのカーディガンを羽織っている。

 

「聞かなくても分かってるだろ?」


 俺はそっけなく答えた後、部屋を出た。

 その背中を追ってきたアルメーヌがぼそりとつぶやいた。


「そうね」


 大きな扉を開けると、凍えるほどに冷たい空気が頬をこわばらせる。

 数十年ぶりに見た『黒い森』は、まるですべてを飲み込むブラックホールのようで、思わず足がすくんでしまった。


「大丈夫?」


 心配そうにアルメーヌが俺の顔を覗きこんでくる。


「当たり前だろ」


 強がることで自分を鼓舞した俺は、一歩足を踏み出した。

 風が吹けば飛んでしまうほどに体が軽いのは、数十年もの間、食事を取っていなかったからだろうか。


「どこまでも飛んでいけそうだ」


「なら試してみたら?」


 いたずらっぽく笑みを浮かべるアルメーヌに対し、俺は小さくうなずいた。

 そして地面を目いっぱい蹴った。

 ふわりと体が浮き上がり、そのまま『黒い森』を軽々と飛び越えていく。

 『白い洞窟』は風となって抜けていった。


「意外と便利な体だな」


「今さら気付いても遅いわ」


「確かにな」


 そんな他愛もない会話を交わしているうちに、いつの間にか小さな町の入り口に立っていたのだった。

 

「あなたがいた頃と変わらない?」


 アルメーヌが白い傘を差しながら、俺の顔を覗きこんでくる。

 俺は首をすくめた。


「さあな」


「何よ。それくらい教えてくれてもいいでしょ。けち」


 何を言われても、そうとしか答えられない。

 なぜなら俺にとって故郷の町を見るのは初めてなのだから。

 

「おや? そこにいるのは旅のお方かい?」


 声をかけてきたのは、いかにも人の良さそうな中年の男だった。

 俺はニコリと微笑むと、丁寧にお辞儀をした。

 アルメーヌも俺にならって、ちょこんと頭を下げている。

 そして俺は努めて穏やかな声で言った。

 

「実は人を探してましてね」


「この町の人かい? 最近は町に住む人も増えたからなぁ。私が知っている人ならいいが……」


「セルマ夫人という、先立たれた夫がこの町の領主様だった御婦人を探しているのです」


「ああ、セルマさんなら良く知っているよ。というより町の人で彼女のことを知らない人はいないんじゃないかな。なにせこの町のために尽くしてくれた立派な人だからね。みんな彼女を慕っているよ」


「そうでしたか」


「ただ近頃は目を悪くしてしまってね。そうだ。ちょうど今、墓まいりの時間だろうから、声をかけてあげてくださいな。久々のお客人と知れば、少しは元気が出るでしょう」


「ええ。では、案内をお願いします」


 薄く雪の積もった道を、ザッザッと音を立てながら進んでいく。

 初めてのはずなのに、鼻の奥がツンとする懐かしさを覚えたのは、体の奥底に封じられてたイルッカの記憶が刺激されたからだろうか。

 それともヴァンパイアとして、忘れかけた血の匂いを思い出したからだろうか。

 そんなことを考えているうちに、小高い丘に広がる墓地までやってきた。

 そのちょうど真ん中あたりで、老婆が傘もささず一心不乱に祈りを捧げているのが目に映った瞬間に、ぐわっと熱いものが腹の底からわき上がってきたのだ。

 たとえ初対面であっても、ひと目で分かった。



 セルマだ――。



「ああ……」



 思わず声が漏れた。

 ここまで案内をしてくれた男に小さく礼をした後、俺は小さな背中に一歩ずつ近づいていく。

 耳も遠いのだろうか。

 そこそこ大きな足音にも関わらず、セルマは振り返らなかった。

 

 そして……。

 ついにその背中のすぐそばまで寄ったところで、彼女を傘の下にいれた。

 

「どなたでしょう? 申し訳ないのですが目が悪く、お名前を聞かないと分からないのです」


 アニメでも聞けなかったセルマの声。しかし鼓膜を震わせたとたんに、目から熱い涙があふれてきた。

 声を出せないでいる俺の代わりにアルメーヌが答えた。

 

「私たちは旅の者です」


「私たち……。ということは何人かいらっしゃるのですか?」


「私ともう一人……」


 アルメーヌがちらりと俺を見てくる。

 俺が小さく首を横に振ったのを確認したアルメーヌは、丁寧な口調で続けた。

 

「名乗るほどの者ではございません。実は亡くなられた元ご領主様と少し縁がございまして。御婦人へのご挨拶をかねて、お墓の前で手を合わさせていただこうかと思ったのです」


「そうでしたか。でも、私の夫の墓はここにはございませんよ。彼の墓は夫の家の都合で王都にあるのです」


「まあ……そうでしたか。ではこちらのお墓はどなたのですか?」


「これは……」


 セルマはそこで言葉を切った。

 そしてゆっくりと俺たちの方を振り返ったのである。


 ようやく顔を見ることができた。


 アニメの設定資料集では、まだ少女のようなあどけなさの残る若い女性のイラストだった。

 その面影がはっきりと残る、とても美しい顔立ち。

 何よりも全身からにじみ出ている優しい温もりが俺の心を震わせた。

 

 セルマ……。

 思わず声が出そうになるのを、どうにかこらえる。

 

 そうして彼女はひまわりのような笑顔で続けたのだった――。

 

 

「このお墓は、数十年前に行方不明になった兄、イルッカのものですのよ」



 手が……。

 震える……。



「こうして毎日手を合わせていれば、いつか兄が帰ってくるのではないかと思っているの。ふふふ。変でしょう?」


 

 涙が……。

 止まらない――。

 

 

 雪が空から落ちる音だけが空間を支配する時間がしばらく続いた。

 そうして静寂を破ったのはアルメーヌだった。

 

 

「きっとお兄様もどこかでセルマさんのことを見守っていると思いますわ」



 セルマは一瞬だけ驚いたような表情となった後、すぐに柔らかな微笑みを浮かべたのだった――。



………

……


 俺とアルメーヌの二人が洋館に戻ってきた頃には夜のとばりが下りていた。

 灰色の空では月は見えず、漆黒の中にある森と洋館はまるで宇宙の中に溶け込んでしまったかのようだ。

 それでも赤く光るヴァンパイアの目は暗闇の中でも正確に俺たちを洋館の扉まで導き、俺はゆっくりとそれを開いた。

 そして今になって、自分がかなり無理をしていたことに気付かされた。

 ロビーに入った直後から、足取りがおぼつかない。

 それでもどうにか寝室までたどり着き、ベッドの上に仰向けになったところで、アルメーヌが音もたてずに現れたのだった。

 

「どうして名乗らなかったの?」

 

 とても静かで澄んだ口調だ。

 俺は目をつむって答えた。

 

「無粋だろ」


 しばらく沈黙が流れる。

 そこで今度は俺がたずねた。

 

「なんで殺さなかったんだ?」


「黒い旗が立っていなかったからよ」


 彼女はウソをついている。

 俺にはしっかり見えていた。

 セルマの頭上にはためく死亡フラグが……。

 それでも俺は彼女のウソに乗った。


「いずれにしてもセルマはもうすぐ寿命を迎えるだろう。お前さんにもそれくらいは分かっていたはずだ。だったらなぜセルマの死を待たずに、彼女の最後の墓参りを知らせにきたんだ?」


「ふふ……」


 アルメーヌの口から笑い声が漏れた。

 俺は薄目を開けて彼女の顔を見る。

 白い頬にかすかな赤みが帯び、かつては殺気しか漂わせていなかった瞳には澄みきった温もりが映っていた。

 

「なぜ笑うんだ?」


「だって無粋なんですもの」


「無粋……か……」


 再び流れる沈黙の間、俺は決心した。

 ならばとことん無粋を貫くか、と。

 

「今さらだが、一つ教えてくれ」


「なにを?」


「アルヴァンが銃でお前さんを撃った時。どうして最初から弾丸を止めずに、体を傷つけたんだ?」


「ずいぶんと昔のことを聞くのね。別に何も考えてなかったわ。あえて言えば、驚かせたかっただけよ」


「悪いな。何十年も一緒にいると分かっちまうんだよ。声の調子で『ウソか真か』くらいはな」


「あら? 私がウソをついているとでも?」


「ああ。本当はこう思っていたんじゃないか? もしかしたら死ねるかもしれないって」


 目を丸くしたアルメーヌを、俺は目を細めたまま見つめていた。

 しばらく二人で目を合わせたところで、彼女は目を細くして首をすくめた。

 どうやら答えるつもりはないらしい。

 俺はゆっくりとした口調で続けた。

 

「このままだと俺は死ぬぞ。それでいいのか?」


「ふふ。あなたの勝手にすればいいわ」


「つまりお前さんも死ぬんだぞ。それでもいいのか?」


「あなたは私に死んで欲しいんでしょ?」


「まあな」


「だったらいいんじゃない? それで」


 それっきりで会話は途切れた。

 徐々に意識が薄れていくのは、睡魔に襲われたからではなさそうだ。

 ならば……仕方ない。

 言葉にできるチャンスは今宵っきりだから。

 

 

「ありがとな」



 アルメーヌの目が大きく見開かれ、口が半開きになっている。

 俺は続けた。

 

「セルマのこと。ずっと見守ってくれて、ありがとな」


 彼女はふいっと顔をそらした。

 黒髪がふわりと揺れると同時に、きらりと光る雫が宙を舞う。

 俺はつややかな黒髪を見つめながら続けた。

 

「知ってるか? 主人公とヒロインが命をかけて守った幸せは、時空を越えて永遠に続くんだ」


 ちらりと俺を見てきたアルメーヌの頬には一筋の涙が流れている。

 彼女はかすかに震える声で問いかけてきた。

 

「どういうこと?」


「まあ、こっちの話だ」


「何よ。それ……。本当かどうか確かめてやるんだから」


「お前さんの勝手にすればいいさ」


 そして俺は大きく深呼吸をした。

 どうやら次の言葉で最期になりそうだ。

 自分でもズルいとは思う。

 だが本心を隠したまま離れ離れになるのは……。

 

 

 無粋ってもんだ。

 



「愛してる。さようなら」




 こうして俺のヴァンパイアとしての一生は幕を閉じたのだった――。

 


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

次が最終話となります。

どうぞ最後までよろしくお願いいたします。

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