俺の物語 終章・第3話 『冴えないモブ男と美少女ヴァンパイアは永遠の愛を誓いあう』
◇◇
――死亡フラグをへし折る? どういう意味だよ?
――そのまんまの意味だよ!
――つまり、ミカに死亡フラグが立ちそうになったら、俺に助けて欲しいってことか?
――うん! お兄ちゃん自身に立ちそうになったら、何としても回避してね!
――本当にそんなんでいいのか?
――うん! 約束だよ!
――ああ……。分かった。約束だ。
――やったぁ! お兄ちゃん! ありがとう!
この時は本当に意味が分からなかった。
でもきっとミカは分かっていたんだよな。
自分の体のことを――。
――翔太!! 今どこ!? 大学に電話してもいないって言うものだから……。
――どこって……。今日から新しい病棟で研修中だよ。どうしたんだ? 母さん。
――ミカが……。ミカが倒れたのよ!!
………
……
主人公のクライヴが息を引き取ったことで、討伐団の生き残りは俺、イルッカただ一人となった。
「つまり俺がお前さんと永遠の愛を誓いあう相手ってことだな」
「……そんなのまっぴらごめんよ……」
「へへ……。奇遇だな。俺も同じことを言おうと思っていたところだ」
「……殺す……殺す……」
ゆらりゆらりと体を揺らしながら近づいてくるアルメーヌ。
怒りで完全に我を忘れているようだな。
さて、どうしたものか……。
俺の頭上に死亡フラグが立っているのは、最後の一人になったからで、人間として死んだ後、ヴァンパイアになるということだろう。
となると疑問が一つある。
俺はそれをアルメーヌにぶつけた。
「んで、どうするつもりなんだ? 俺のこと」
いつの間にか目の前までやってきた彼女は目を赤く光らせたまま叫んだ。
「知らないっ!」
「知らないって……」
「でも絶対に許さない!」
予想通りの反応だ。
疑問の答えが徐々に確信に変わっていくのを感じていた。
ならばもう少しあおってみるか。
「またまた奇遇だな。俺もお前さんを許すつもりはねえよ」
「なんですってぇ!! やれるもんならやってみなさいよ!」
アルメーヌが口を大きく裂き、牙をむき出しにした。
「だから、そういきり立つなって。あまりイライラしすぎると、しわが増えるぜ」
「イルッカァァァ!!」
とうとうアルメーヌが怒りを爆発させた。
彼女の声が衝撃波となって部屋を揺らし、すさまじい殺気は黒い影となって彼女の背後に漂い始める。
しかし……。
「どうした? なんで俺に襲いかからないんだ?」
そう……。
彼女は声を張り上げるだけで、俺に指一本触れようとしてこなかったのである。
「ぐぬぬっ……」
悔しそうに歯ぎしりしながら表情を歪ませているアルメーヌを見ながら、俺は一つの結論に達した。
「お前さん。俺を殺せないんだろ?」
彼女の目が大きく見開かれ、額から一筋の汗が流れている。
この様子からしてビンゴだな。
しかし彼女はすぐには認めようとせずに強がってきた。
「殺せるわよ! 今すぐにでもね!!」
唾を飛ばしながらグイっと顔を近づけてきたが何の脅威も感じない。
俺は彼女の大きな瞳を見つめながら、自分の推理を披露した。
「ああ、そうだったな。厳密には殺せるよな。ただ俺を殺しても、俺はヴァンパイアとしてよみがえるだけ。しかもお前さんの永遠のパートナーとして、な」
「くっ……」
「図星か。だが困っているのはお前さんだけじゃねえぜ。俺も同じだ。俺がお前さんに殺されるのは、もう避けられない」
「……だったら、どうだって言うのよ」
アルメーヌのトーンが明らかに下がっている。
どうやら俺の推理が正しかったと認めざるを得ないようだ。
しかし彼女をやり込めたことによる優越感や達成感は、みじんも感じられなかった。
むしろ「やっぱりそうか……」という空虚感に包まれる。
俺は一つ深呼吸をした。
もう腹決めるしかねえんだよな。
なぜなら今、俺の目の前にある選択肢はたった一つしかないんだから。
(1)アルメーヌに殺されて、ヴァンパイアとなる。
俺はぐいっと自分の首筋を彼女に突き出した。
そして目を丸くした彼女に対して、淡々とした調子で告げたのだった。
「この命くれてやるよ」
「な……なんで……」
「そうするしかねえからに決まってんだろ。ただし、タダでやるとは言わない」
「どういうことよ」
「お前さんの命と引き換えだ」
アルメーヌは眉をひそめたが、すぐに大きく口を開けて笑い始めた。
「あはははは!! 私の命と引き換え? 不死かつ美少女のヴァンパイアである私の命と、冴えないおっさんであるイルッカの命が同等とでも言うつもりなの? あははは!」
「ふざけんな……。命の価値に優劣なんてねえよ」
思わずどすの利いた低い声が漏れる。
俺の雰囲気が変わったとみるや、アルメーヌは表情を固くした。
「な、なによ……。私は間違ったことなんて言ってないんだから」
「もういいから、早くやれよ。お前さんだって、早く俺のことを殺したいんだろ?」
「そ、そうだけど……」
なおもためらっていたアルメーヌだったが、何かに気付いたのだろうか。
ハッとした顔つきとなった直後に、ニヤリと口角を上げた。
「くくく……。分かったわ。じゃあ、お望みどおりに殺してあげる」
何を考えているのやら……。
まあ、いい。
これでいよいよ決着がつけられるんだからな。
「ああ、じゃあ一思いに頼むわ」
あらためて首筋をぐいっと差し出す。
今後はためらうことなく、アルメーヌが牙を突き立ててきたのだった。
――カプッ。
牙が肌を貫いた時だけちくりと痛んだが、その後は痛みを感じない。
その代わり、徐々に力が抜けていくのを感じていた。
そうしてしばらくしたところで、アルメーヌがゆっくりと俺から離れ、俺は床に仰向けになって倒れた。
「あとは意識がなくなるのを待つだけよ」
「そうか……」
「ふふふ。そう言えば一つ言い忘れたのだけど」
「なんだ……?」
意識がもうろうとし、体がしびれてきた。
これが死ぬってやつなのか……。
あんまりいい気分ではないな……。
そんなことを考えながら、俺はアルメーヌの言葉に耳を傾けていた。
そして彼女は心の底から愉快そうに大事なことを告げてきたのだった。
「ヴァンパイアとして生まれ変わった人が、最初に襲う場所は決められているのよ!」
なるほどな。
そういうことか……。
どこか聞くまでもないが、言うことを聞かない体では拒むこともできない。
俺はただ彼女をぼーっと眺めていた。
「それはね……。『故郷』よ! そこに住む『全員』の生き血を吸わなくちゃいけないのよ! あはは!!」
俺は渾身の力を込めて、口元に笑みを浮かべた。
アルメーヌは目を細めて俺を見下ろしている。
「あはは。強がっちゃって。可愛いところあるのね。さあ、楽しみだわ。あなたが愛しのセルマちゃんを殺すのを見られるんだもの。あははは!!」
とことん性格の悪い少女だ。
でもな……。
一つだけ勘違いしていることがあるんだぜ……。
俺が笑みを浮かべたのは……。
強がりなんか……じゃない……。
むしろ……好都合だから……だ……。





