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俺の物語 終章・第2話 『物語のはじまり』

◇◇

 

 俺は中村翔太だった頃に『絶対に死なないキャラの法則』を死に物狂いで勉強してきた。

 そのために何百冊もコミックを読み続けた。

 周囲で俺を呼ぶ声が聞こえないくらいに集中してな。

 そのせいで何度、ナースの萌香から雷を落とされたことか……。

 それもすべて妹のミカとの約束を果たすためだ。

 

 

――お兄ちゃんと私に『死亡フラグ』が立ちそうになったら、全部へし折って欲しいの! 私たちがずぅっと笑顔でいられるように!



 だから俺は死なない。

 そして大切な人を絶対に死なせない。

 

 『キーピング・ザ・アライヴ(生き続ける)』。

 

 これから先は俺の物語だ――。

 

………

……

 

 さてと……。

 今、俺の目の前には瀕死のクライヴと、惚れた相手の生き血を吸ってツヤツヤしているアルメーヌがいる。どちらから相手してやろうか。

 だがそれは俺が決めることではなかったようだ。

 

「イルッカァァァ!!」


 そりゃあ元気な方が俺につかみかかってくるわな。

 

――ガシッ!


 アルメーヌは俺の胸ぐらをつかむと、鬼のような形相で叫んだ。

 

「殺してやる! 私がおまえを殺してやる!!」


 俺は慌てることなく、彼女の肩にポンと手を置いた。

 

「まあ、そういきり立つな」


「なんですってぇ!?」


「いくら威勢が良くても、お前さんには俺を殺せないだろ。ほらっ」


 俺は自分の頭上を指さした。

 ちらりとその方を見たアルメーヌは、ピクリと顔を引きつらせた。


「ないだろ? 真っ黒な旗が」


「くっ……」


「それから教えておいてやるよ」


「うるさい! あんたなんかに教わることなんて何もないんだからっ!」


 小さな牙をむき出しにして俺に顔を近づける彼女をよそに、俺は豪勢な椅子の上でぐったりしているクライヴを指さした。

 

「ほれ。あれを見てみろ」


 俺の言葉に合わせて振り返ったアルメーヌは、ガクリと膝を折った。

 

「そ、そんな……。だってあれは……」


 そりゃあ、膝の力も抜けるわな。

 クライヴの頭上に『漆黒の死亡フラグ』がはためいているんだから。

 

「主人公に死亡フラグが立つ条件ってのもあるんだぜ」


「死亡……フラグ……?」


「簡単に言えば『黒い旗』。お前さんが殺せる理由ってやつだ」


「ど、どういうことよ!? なんであんたが生きているのに、クライヴに黒い旗が立ったのよ……」


 へたり込んだアルメーヌを見下ろしながら答えた。

 

「主人公に死亡フラグが立つ条件は『ダークサイド』に堕ちることだ、ってミカが教えてくれたよ」


「ミカ? 誰よそれ? 女?」


 アルメーヌがむっとした顔で俺を見上げる。

 なぜお前がミカの名前でイラつくんだ?


「ああ、すまん。こっちの話だ。それよりも聞きたいことがあるだろ?」


 アルメーヌは「うーん」とうなりながら、考え込んでいる。

 おいおい。のんびりしているうちにクライヴがくたばっちまうぞ。

 そこで俺はヒントを出すことにした。


「ダー……」


「だー?」


「くぅー」


「だー……くぅー……。…………ダークサイド!! そうよ! ダークサイドでしょ!」


 ドヤ顔で薄っぺらな胸を張るアルメーヌ。


「正解! よくできました!」


「えへへ!」


 なんだか機嫌が良くなったから、このまま放っておくか。

 そこで俺はアルメーヌを置いて、クライヴのもとへと一歩踏み出した。

 しかし、彼女は俺の服をつかんで引き止めてきたのである。


「……って違うでしょ!! ダークサイドって何よ!」


 きーっと牙をむいて俺につかみかかってくる。

 相変わらずめんどくさい少女だ。

 ただこれ以上彼女をからかっている暇はなさそうだな。

 クライヴが「もう限界……」と目で訴えてきている。

 俺は口早に答えた。


「つまり悪魔に魂を売って、悪事に手を染めるということだよ」


「悪魔に魂を……。悪事に手を……」


「つまり仲間を手にかけた瞬間から、クライヴには死亡フラグが立っていたということだ」


「でもそれは……」


「最後の一人になったから旗が立った、と思い込んでいたんだろう?」


「くっ……。その通りよ」


「しかしこうして俺は生きている。つまりお前さんは、他のヤツらと同じように死亡フラグが立った人間に襲いかかったということになるな。残念だったな。惚れた相手に永遠の愛を誓えなくて」


「うわああああ!!」


 悔しそうに床を叩き続けるアルメーヌ。

 ざまぁみろ。

 これまで散々やられてきたんだ。

 これくらいやり返さなきゃ、気がすまない。

 悲嘆にくれる彼女をそのままにして、俺はクライヴのそばに寄った。


「待たせたな。次はあんただ。クライヴ」


 俺がそう声をかけると、彼はギロリと睨みつけてきた。

 しかしすでに手足を動かせるほどの余裕はなさそうだ。


「すまんな。念には念を入れさせてもらうぜ」


 俺は彼の腰に手を回すと、ポーチを取り外して自分の腰につけた。

 中には猛毒が塗られたナイフが入っているはずだ。

 

「さあ、これでチェックメイトだ」


 クライヴが大きく目を見開いた。

 そして無念さを顔ににじませながら、よだれを垂れ流している。

 イケメン主人公もこうなっては台無しだな。

 それでも彼は懸命に声を振り絞った。

 

「な……ぜ……だ……?」

 

「なぜ俺が生きているのかって?」


 小さくうなずいた彼に、俺はぎりっと表情を厳しくして答えた。


「まだ気付かないのか! それはあんたが裏切ったからだよ!」


「な……に……」


 クライヴの顔に驚愕の色が浮かぶ。

 俺は続けた。


「まずはっきりさせておくが、ここはアニメの世界。つまり現実の世界とは違うということだ」


 クライヴはわずかに目を泳がせた。

 俺の言っている意味がからないということだろう。

 だが、この前提はものすごく重要なのだ。

 

「そしてアニメの世界では『絶対に死なないキャラの法則』というのが存在する。『やり残したことがあるキャラ』、『主人公に裏切られたキャラ』が代表的だ」


 クライヴが首をかすかに横に振った。

 彼がひどく混乱するのも無理はない。

 もし俺が彼の立場なら、俺だって同じ反応をするだろうからな。

 だがそのまま続けさせてもらうぜ。

 

「では、俺……つまりイルッカはどうか? この旅に出る前の俺には『やり残したこと』があった。なんだか分かるか?」


「まさか……」


 ようやく気づきはじめたようだな。

 自分が犯した愚かな真似に……。

 

「知らねえとは言わせねえぞ」


「セ……ル……マ」


「そうだよ。セルマだよ! 町に残してきた妹を幸せにしてやることだよ!!」


「あ……ううっ……」


 クライヴの表情が苦悶に歪み、目からは大粒の涙がこぼれはじめる。

 自責の念に駆られ始めたか。

 だが容赦はしない。

 妹を裏切るような真似をしたことを後悔するがいい。


「俺はあんたと約束した。『セルマを幸せにする』ってな。もしあんたがその約束を守っていたら、今俺がここに立っていることはなかっただろうよ」


「あ……ううっ……。セルマ……」


「だがあんたは裏切った。健気に婚約者の帰りを待つ妹の気持ちを踏みにじろうとした」


「セルマ……ごめん……なさい……」


 一度は自分から惚れた相手だったんだ。

 わずかに残されていた良心が、最期の最期で息を吹き返したのだろう。

 ……でも、もう遅いんだよ。馬鹿野郎め。


「この時点で、『絶対に死なないキャラの法則』のうち『やり残したことがあるキャラ』と『主人公に裏切られたキャラ』があてはまる」


 クライヴの口から声が聞こえなくなった。

 瞳から徐々に光が失われていく。

 もう俺の声すら耳に届いていないだろう。

 しかし俺は淡々と続けた。

 

「そして極めつけは、『海に身を投げたけど、死体があがってこなかったキャラ』だ。この3つがそろえば、俺はこの世界で死ぬことはない。そう信じて、塔から飛び降りたんだよ」


 そこまで言い終えた俺は、クライヴのもとで屈んだ。

 既に彼の目には光がない。

 俺はそのまぶたをそっと閉じてやり、手ぬぐいで綺麗に顔を拭いた。

 

「全部てめえが自分で招いたことだったんだよ……くそったれが……」


 俺は物言わぬ姿となった彼に手を合わせた後、アルメーヌの方を向いた。

 泣き止んだ彼女は、瞳を赤く光らせている。

 すでに俺の頭上には漆黒の旗がはためいているということか。

 だが俺は焦らなかった。

 口元に微笑を浮かべながら、彼女に話しかけたのだった。

 

「さあ、決着をつけようじゃねえか」

 

 と――。

 


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