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僕の物語 序章・第4話 『グランドフィナーレ』

………

……


 至福の時とは儚いものだ……。

 空が白み始めた頃から始めたクライヴの復讐劇は、朝日が昇り切る前に終わってしまった。

 それでも不満はない。

 むしろ大満足だ。

 彼らの息絶える様子を間近に見られたのだから……。

 それから、ここまでは序章にすぎない。

 次からは不死のヴァンパイアとして、もっと多くの人々の終末を目の当たりにできるのだから、贅沢を言ったら罰が当たるというものだ。

 

――ギィィ……。


 洋館の大きな扉を開ける。

 ぷんと鼻をつくカビの臭いすら、かぐわしいフレグランスのように感じられる。

 赤いじゅうたんのど真ん中を僕はアルメーヌとともに歩いていった。

 長い廊下の途中、彼女は無邪気な笑みを浮かべて言った。

 

「ここはね。かつてこの世界を支配した偉大な王が住んでいた居館だったそうよ」


「そうだったのか」


「そして数百年の時を経て、新たな王の誕生を祝う場所となる……。素敵だと思わない?」


 僕は答える代わりに笑みを浮かべて彼女を見つめた。

 アルメーヌは僕の視線に気づくと、恥ずかしそうに白いほっぺを桃色に染めて視線をそらす。

 その手を何人もの血で染めてきた化け物とは思えないくらいに可愛らしいしぐさ。

 永遠の愛を誓うにふさわしい美少女だ。

 そんなことを考えているうちに、彼女がとある部屋の前で立ち止まった。

 

「ここが『王の間』よ」


「つまり僕の部屋、ということだね」


「あは。その通りね」


 アルメーヌが小さな両手をいっぱいに広げて大きな木の扉を押す。

 鈍い音を立てながらドアが開くと、大理石の床が広がっているのが見えた。

 

「ほう……」


 思わず声が漏れてしまうほどに、美しく、広い部屋だ。

 ちょうど真ん中に、宝石が散りばめられた巨大な椅子が置かれている。

 アルメーヌがその椅子を指さした。

 

「あそこで儀式をしましょ!」


「そうだね」


 軽い足取りでスキップしていくアルメーヌの背中を見ながら、僕はゆっくりと歩いていく。

 ついに僕の物語の序章はグランドフィナーレを迎えるのだ。

 柄にもなくニヤニヤが止まらない。

 そうしてついに椅子の前までやってくると、アルメーヌが丁寧にお辞儀した。

 

「さあ、お座りください。新たな王様」


 僕は促されるままに、椅子に腰かける。

 数百年前に作られたとは思えないほどに弾力があり、座り心地は抜群だ。

 まさに王の椅子と形容しても過言ではない。

 そうして僕の前に立ったアルメーヌは、いかにも悲しげな表情で叫んだ。


「私はヴァンパイア。永遠の愛を誓う夫を選ぶために、あなたたちを利用したの」


 素晴らしい演技だ。

 ならば僕もたっぷり感情を込めて演じよう。

 悲劇の主人公を……。

 僕は涙を流しながら問いかけた。

 

「なんでこんなことをしたんだ!?」

 

 アルメーヌもまた涙を流しながら答える。

 

「これが私たちヴァンパイアの血の掟なの。私だって本当はこんなことしたくなかった! 普通の女としてあなたと恋に落ちて、静かに暮らせたらどんなに幸せだったことか!」


「僕は信じない! 愛する君が化け物だったなんて! だから嘘だと言ってくれ!」


「ごめんなさい。ごめんなさい!」


 アルメーヌが僕のすぐそばまで寄ると、僕の両手に自分の手を乗せた。

 そのほのかな温もりに、ヴァンパイアの手にも血が通っているのか、と変な発見に驚きを禁じ得ない。

 その間も徐々に彼女の美しい顔が僕の首筋に近づいてきた。

 小さな鼻息が首をくすぐれば、全身が燃えるように熱くなる。

 

 そして僕の興奮が絶頂を迎えたその瞬間……。

 

――カプッ……。


 アルメーヌが僕の首筋にかみついた。

 少女らしい可愛らしい音じゃないか。

 

――ジュルッ。ジュルル……。


 僕の血液が彼女の牙を通じて彼女の体内に流れていく。

 徐々に薄くなる意識を感じながら、僕は仕上げのセリフを口にした。

 

 

「僕は誓う。これからは君の苦しみを僕が背負うと。だから……。もう泣かないで……」


 

 魂が僕の体から抜けて、彼女の中へ入っていく感覚がする。

 そうして肉体の方も、脈がなくなり、全身の力が抜けていった。

 それは命の灯が消えゆくことを意味しているのは明白だが、僕には恐怖も未練もない。

 ただあるのは、輝かしい未来への期待だけ。

 そうしていよいよ薄目が閉じようとしていた。

 

 次に目覚めた時には、僕は不死のヴァンパイアになる――。






 ……と、その時だった。

 

 

 

――カツーン……。カツーン……。



 大理石から響く甲高い足音。

 そして、

 

 

――パチ……。パチ……。パチ……。



 やる気なさそうに手を叩く音。

 その音に気付いたアルメーヌが僕から離れて振り返った。

 僕は首筋に垂れる生暖かい自分の血液を感じながら、必死に意識を戻そうと試みた。

 ようやくわずかに目が開いたところで、ぼやっと何かが浮き上がっているのが見えた。

 だが誰なのかまったく分からない。

 

「な……に……もの……だ……?」


 まったく力の入らない口では、かすれた声を出すのが精いっぱいだ。

 

――カツーン……。カツーン……。


 僕の問いに答えることなく、どんどん近づいてくる足音。

 そうしてすぐそばまでやってきたところで、ピタリと止まった。

 

「クサい芝居を、どうもありがとう。感動のあまり声も出せなかったぜ」


 その声……。

 聞き覚えがあるぞ……。

 すると僕の代わりにアルメーヌが大声を部屋に響かせた。

 

「イルッカ!!」


 そうだ。イルッカだ。

 相変わらずぼやけた視界ではシルエットしか見えない。

 しかしそのクマのようながっちりした体型は、まぎれもなく彼であることを示していた。

 

 なぜだ……?

 なぜ生きているんだ……?

 

 当然のようにわく疑問。

 すると彼は弾む声で僕の疑問に答えたのだった。

 

 

「教えてやるよ。アニメや映画の世界には『絶対に死なないキャラの法則』ってのがあるんだよ!」



 と――。



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