僕の物語 序章・第2話 『ゲームのはじまり』
………
……
イルッカが塔の屋上から身投げした――。
僕にとっては、まったくの想定外だった。
想定外と言えば、そもそも序盤で姿を消すはずの彼が、ここまで生き延びていたことかな。
アルメーヌのことをひらりひらりとかわし続ける姿は、まるで彼女がどんな手で彼を殺そうとしているか、先読みをしているように鮮やかだったさ。
そんな彼が、こうもあっさりと諦めるとは……。
僕にとっては幸運というより他はない。
とにかくこのチャンスを何としてもいかさねば……。
僕はメンバーたちを引き連れて1階の元いた部屋へ戻った。
「ここにいる全員で生き延びるんだ!」
全員が真っすぐな目で僕を見つめている。
ふふふ。どうやら何の疑いも持っていないようだ。
ナタリア、ボブ、アルヴァン……。
この3人だけは絶対に僕の手で殺す。
待ちわびていた瞬間がようやく訪れたことの興奮に包まれる。
僕はこれまで練り上げてきた計画を実行することにしたのだった。
「ここは監獄だから、いくつか部屋が分かれているはずだ。みんなで固まっているよりはバラバラの方が、化け物も狙いを定めにくいだろう。だから別々の部屋で過ごそう!」
まずは一人ずつにする。
さすがに全員を一度に相手するのはリスクが高すぎる。
それに一人ずつ死に顔をしっかりと目に焼き付けておきたいからね。
「僕はここに残る。もし誰かが監獄塔に入ってきたら、すぐにみんなに報せるよ。だから僕が異変を報せるまでは、じっと部屋で待機していて欲しいんだ!」
こう提案したのは、僕がアルメーヌをこっそり塔の中へ引き込むためだ。
そして彼女に一人ずつ仲間を襲わせる。
もちろん『殺す理由』のない仲間たちを彼女が殺せないのは分かってるが、仲間たちが彼女を目の前にしただけで気を動転させてしまうのは明らかだ。
まさか僕に命を狙われているなんて、想像すらしないだろう。
「クライヴ……。おまえっちゅー男は、なんて勇敢なヤツなんだ」
何も知らずにボブがそう言ってきた。
そう言うお前はおめでたいヤツだ、と返してやりたかったがグッとこらえる。
でもこみ上げてきた笑いだけは、どうしても抑えきれなかった。
「はは……。内心はビビりまくってるよ。本当ならばすぐにでも逃げ出したい。でも、みんなで生き延びたいからね。そう思うと、自分でも不思議なほど勇気がわいてくるんだ」
自分の本心とは真逆なことを口にする。
すぐにでも殺してやりたい……。
その衝動で震えが止まらない手を、彼らの前に差し出した。
ナタリアが僕の右手を掴む。
今までその汚れた手で何人もの男を手玉にとってきた彼女。
きっと彼女は気づいていないだろうが、幼い頃に僕を世話してくれた若い執事も彼女の毒牙にかかった男の一人だった。
彼は僕にとって、唯一の親友。
とても優しくて、ピュアな男だったんだ。
彼は彼女にだまされて多額の借金を背負わされた。
このままでは雇用主である父さんや僕に迷惑がかかるかもしれない。
そう考えた彼は自ら命を絶ったのだ。
――絶対に許さない……。
僕が初めて他人に抱いた殺意。
でも彼女は僕の気持ちに気付くことはおろか、僕の親友を死へ追いやったことすら忘れているんだろうな……。
だから今度は僕が彼女の気持ちを手玉に取ってやった。
そこで最初の夜に彼女の寝込みを襲った。
――ふふ。見た目によらず強引なのね。いいわ。好きにして。
僕だって心の醜い女を相手にするなんて自分で自分に反吐がでそうだったさ。
でも復讐のためなら、僕は悪魔にでもなれる。
感情を押し殺した僕は彼女を押し倒した。
そして彼女は僕に身も心も許した。
あとは彼女にアルメーヌが邪魔者たちを消すのを手伝ってもらっていたというわけだ。
それでも最後は惚れた男に殺されるんだから、本望だと思って欲しい。
「異変があったら、すぐに大声でしらせるのよ。約束して」
そうだね。アルヴァンを殺したら大声で君を呼ぼう。
君の部屋まで行く手間が省けるからね。
「ああ、約束だ」
次にボブが僕の左手を握ってきた。
彼は元々は売れない役者だ。寒いジョークくらいしか芸がないのだからしょうがない。
だが彼はあろうことか、自分の名声を高めるために、悪どい手法を用いた。
具体的には、ありもしない不正をでっちあげて権力者を声高に批判することで、自分に注目を集めたのである。
そして僕の父さんも彼の標的になり、僕の家族が好奇の目にさらされた。
そのせいで僕は学校でひどいいじめに見舞われたのだ。
時が経つにつれ、人々は根も葉もない噂のことなどすっかり忘れてくれたが、僕は忘れなかった。
――いつかヤツを陥れてやる。
今夜、その減らず口が永遠に開かないようにしてやる。
「もしあんたが襲われたら、絶対に助けるからな! 一人で無茶するんじゃねえぞ!」
嘘をつくな。
異変が起きたらいち早く逃げ出すのは君だろ。
まあ、いい。
逃げ惑う人間が安心しきったところで殺すというのも、実に楽しい余興だ。
「ああ、分かってる」
そして最後にアルヴァンが手を乗せてきた。
彼は金さえ積まれれば、誰でも殺すヒットマン。
過去に何十人と彼の凶弾によって命を落としてきた。
そのうちの一人が、母さんの兄。つまり僕の伯父だった。
伯父は隣の町の商人で、商売敵に雇われたアルヴァンによって暗殺された。
兄のことを慕っていた母さんは、その後体調を崩し、そのまま帰らぬ人となってしまったのである。
つまり間接的ではあるが、アルヴァンは母さんを殺したも同然。
偶然この町の牢屋に入れられていたことは、僕にとっての幸運としか言いようがない。
伯父と母さんの無念は僕がはらしてやる。
「……死ぬんじゃないぞ」
当たり前だ。
僕はこの世界の『主人公』だ。
主人公が死ぬわけないだろう?
「はい。みんなも!」
『みんなもイルッカのように自分で命を絶つのはやめてください。僕が殺しますから』という意味をこめたのだが、そんなことが分かるはずもない。
彼らは強い決意を目に宿して僕を見ている。
実にいい目だ……。
生き延びる希望に満ち溢れている。
僕はその目を絶望に変えるのを夢見てきたんだ……。
「信じれば、かなわぬ夢はない!!」
「おおっ!!」
さあ、いよいよ始まりだ。
『キーピング・ザ・デッド』。
殺し続けるゲームの――。





