法則その22 死亡フラグが立っても冷静に行動しましょう
ついに俺の頭上に死亡フラグが立ってしまった。
「おいおい。待ってくれよ……」
思わず声が漏れるが、その後が続かない。
俺がアルメーヌの罠にはまったのは……悔しいが、油断していた俺の落ち度だ。
彼女の肩はかすかに震え、頬は紅潮している。本当は今すぐにでも俺に飛びかかりたいに違いない。
しかし、もしアルメーヌが本性を現せば、俺の潔白は明らかとなり、その瞬間に死亡フラグはへし折られる。
彼女は死亡フラグが立っている者しか殺せないから、同時に俺の命は助かることになるだろう。
つまり今俺の頭上にはためいている死亡フラグは、アルメーヌによって回収することはできないということだ。
せめてもの救いか……。
だが今までにないピンチであることには変わりない。
「さあ、答えて! あなたが化け物なの!?」
いよいよモーナの語調が強まってきた。
もう時間がない。
俺に残された選択肢はなんだ?
(1)堂々とアルメーヌが化け物であることを告げる
(2)瞬時に動いてモーナから銃を取り上げる
(3)誰かに潔白を証明してもらう
この3つか。
まずは『(1)堂々とアルメーヌが化け物であることを告げる』。
しかし、残念ながら失敗に終わるだろうな。
仲間のために武器も持たずに懸命に尽くしてきたアルメーヌと、まったく目立たずに何を考えているかよく分からないイルッカとでは、仲間たちからの信用が雲泥の差だ。
どちらの言葉を信じるかなんて、誰がどう見ても明らか。
つまり「無駄な悪あがき」でしかないわけだ。
次に『(2)瞬時に動いてモーナから銃を取り上げる』はどうか。
これも失敗に終わるに違いない。
あわよくばモーナの動きを封じたとしても、背後にはアルヴァンやボブがいる。
そして俺が仲間に襲いかかったとなれば、アルメーヌが止めに入っても死亡フラグが折られることはない。
となれば「たまたま当たり所が悪かった」とでも言い訳して、俺に容赦ない一撃を加えてくるだろう。
ダメだ。絶対に殺されてしまう。
……となると『(3)誰かに潔白を証明してもらう』しかない。
では、いったい誰が適任なのか。
クライヴ、ナタリア、モーナ、アルヴァン、ボブ、アルメーヌ。
チャンスは一度きりと考えるのが妥当だろう。
そしてもはや考え込む時間はない。
――お兄ちゃん! あきらめちゃダメだよ!!
脳裏に響くミカの声に励まされながら、俺は乾坤一擲の大勝負に出た。
「モーナ!! 聞かせて欲しい!! おまえさんの推理を!!」
そう……!
モーナだ!
自分の推理に絶対的な自信を持ち、プライドのかたまりのような彼女に真実を導いてもらうしかない!
「え、私の推理……」
「ああ、そうだ! おまえさんは多くの罪なき人を助けてきた! そして今。おまえさんの前にはイルッカという被告人がいる! もしおまえさんの導いた真実でも『イルッカが化け物』となったら、潔く俺は処刑台の上に立とうじゃねえか!!」
俺の必死な叫び声に、部屋がしんと静まり返った。
モーナは苦しそうに顔をゆがめている。
あとは誰かが彼女の背中を押してさえくれればいい。
その役はもちろん……。
主人公のクライヴしかいないだろ!
俺は期待を込めてクライヴを見た。
彼もまた俺を見てくる。
そして二人の視線が交差した。
しかし次の瞬間……。
――スッ……。
なんとクライヴの方から視線をそらしてたではないか。
「なに……」
思わず声が漏れる……。
どういうことだ?
今までの彼なら中立を保って手を差し伸べてきたはずだ。
なのになぜスルーしてきたんだ?
もしかしてアルメーヌに惚れてしまって、俺をこの場で始末しようとしているのか……?
いずれにせよ、クライヴに見限られたのは想定外だ。
このままでは俺の提案が流れてしまう。
焦りと不安で叫びだしたくなるような心持ちに陥る。
そんな中、意外な人物が助け舟を出してきたのであった。
「モーナ。一度だけイルッカにチャンスをあげてくれる?」
それはナタリアだった。
バカな……。
混乱した俺に彼女は淡々とした口調で言った。
「助けてくれた時の借りを返しただけよ」
にわかに信じられないが、これ以上深く考えても仕方ない。
俺はモーナに視線を送った。
その視線を受け取ったモーナは、仕方ないといった風に小首をかしげながら口を開いた。
「え、ええ。分かったわ……。じゃあ、やってみるわね」
よし! これで首の皮一枚つながった。
だがまだ死亡フラグは立ったままか。
あとはモーナの推理にかけるしかない。
「……まず最初の殺人。ディートハルトさんについては、誰も互いの姿を確認していないから、犯人を絞るのは無理だわ」
ああ、その通りだな。
「次はペートルスさんの件。これでかなり絞れるわ。彼が殺された時、私たちは洞窟の外にいた。だから互いの姿を確認している。つまり、あの時に洞窟の中にいた人の誰かが犯人ってこと。確か、イルッカさん、クライヴさんそしてアルメーヌさんの三人だったわね」
モーナは俺、クライヴ、アルメーヌを順に見た。
そしてとある人物に目を留めたのである。
「アルメーヌさん。あの洞窟で何があったのか、教えてくださる?」
アルメーヌの顔に緊張が走った。
「も、もちろん」
「じゃあ話してくれる? あの洞窟で何が起こったのかを」
さすがの化け物でも緊張しているらしい。
愛しのクライヴに最後まで自分の正体を明かしたくないという純な乙女心なのか。
彼女は一度深呼吸すると、ゆったりとした口調で言った。
「私はペートルスおじいちゃんと並んで洞窟に入ったわ。私たちの後ろをクライヴお兄ちゃんと、イルッカおじさんが並んでついてきてた。しばらくして洞窟の中ほどの広場に出たの。そこで背後から誰かに襲われて、私はみんなから引き離された。その後、頭を何かで殴られて気を失ってしまったわ。次に気づいた時には、ナタリアお姉ちゃんたちが現れて、私を助けてくれたの」
実に完璧な証言だ。
真実を知っていなければ、疑う者はいないだろう。
しかし……。
この完璧と思われる証言によって流れが変わった――。
「異議ありっ!!」
まるで法廷バトルのゲームのようなモーナの声が響き渡った。
同時に俺の頭上から、ついに死亡フラグが消えたのである。
――よっしゃああああ!!
心の中でガッツポーズを決める。
それでも必死に平静を装いながら、俺はその場を見守ったのだった。
「アルメーヌさん、嘘はいけませんよ」
モーナの有無を言わせぬ口調に、アルメーヌの顔がにわかにひきつる。
「う、嘘なんてついてないもん!」
「いえ、あなたは少なくとも一つは嘘をついているわ」
「へ、へえ。な、なら私がどんな嘘をついてるか教えてよ」
「ええ、言われなくてもそうするつもりよ」
徐々に追い込まれていくアルメーヌと、追い込んでいくモーナ。
実に痛快な展開だ。
「まず、あなたがさらわれたところだけど、背後から襲われたのは間違いないのよね?」
「え、ええ」
「あら? じゃあ、なぜクライヴさんとイルッカさんはあなたを襲った化け物の姿を見てないのかしら?」
「そ、それはイルッカおじさんがクライヴお兄ちゃんを脅して口封じをしたからに決まってるわ!」
「いえ、それはないわ。なぜなら、クライヴさんの提案で、私たちは彼とイルッカさんの二つのチームに分かれたのだもの。もしイルッカさんが化け物だとしたら、彼の近くに仲間を押し付けるなんて非道な真似をクライヴさんがするかしら?」
「ううっ! で、でも……」
「いいわ。では直接クライヴさんに聞いてみましょう。イルッカさんに脅されているのかって」
モーナがクライヴに向き合うと、みんなの視線も彼に集まる。
彼は苦悶の表情を浮かべて戸惑った。
そりゃそうだよな。
信頼を寄せている美少女が「嘘つき」呼ばわりされて、追い詰められているんだ。
しかも本当のことを言えば、ますます彼女の立場は悪くなる。
かと言って嘘をつけば、自分が「非道」の烙印を押されてしまうからな。
行くも地獄、引くも地獄といった心持ちだろう。
だが苦しんでいるのは彼だけではない。
そんな彼を見て苦しむ者が二人いるはず。
言わずもがな、ナタリアとアルメーヌだ。
だが意外なことにナタリアに焦っている様子はなく、彼をかばうつもりはなさそうだ。
むしろアルメーヌの方が声をあげた。
「そ、そうだ! 思い出した! 私はイルッカおじさんに襲われたわけじゃなかった! 何かに襲われる気配がしたから、とっさに身を隠したのよ!! そしたら足を滑らせて転んで、頭を打って気絶してたの! そうだわ!」
苦しい言い訳だな。
当然、モーナの厳しい表情は変わらない。
そしてついに決定的なことをつきつけたのであった。
「そう。思い出してくれてありがとう。となると、あなたを襲ったのはイルッカさんではない、別に犯人がいるということになるわね。じゃあ、ペートルスさんを殺したのは誰なのかしら? クライヴさんでもない、イルッカさんでもない、そしてアルメーヌさんでもないとすると、化け物は私たち以外の誰かということになるけど」
「そ、それは……。私は知らないもん!」
「そしてもし私たち以外の誰か、となれば、なぜあなたはついさっき『イルッカさんに脅されている』と嘘を言ったの? まるでイルッカさんを罠にはめて殺したいみたい」
「ぐっ……」
モーナの銃口がアルメーヌをとらえる。
アルヴァンとボブの二人も、じりじりと彼女から距離を取り始めた。
ついに正体が明かされる時か……。
俺はクライヴのそばから離れずにいよう。
こういう時も基本に忠実がベストだからな。
そして意外な人物からアルメーヌの正体が明かされたのであった――。
「アルメーヌちゃん。もうあきらめなさい。これ以上は隠しきれないわ」
それはナタリアだった……。





