法則その20 『仲間や家族のために頑張った人』は生き残る
◇◇
――お兄ちゃん! 知ってる!? どんな映画やドラマでも『仲間や家族のために頑張った人』って、たいてい生き残るんだよ!
そうだったな、ミカ。
だから俺もミカも頑張ってるんだったよな――。
………
……
ナタリアが突然倒れた。
「ナタリア!!」
腕や顔が赤くなっており、大量の汗をかいている。
彼女は苦しそうにつぶやいた。
「かゆい……。かゆい……」
かゆい?
しかしどうにもかゆがっているようには思えない。
ゾンビにでも噛まれたのか?
俺はアルメーヌの顔を見たが、彼女は「私なにもしてない」と言わんばかりに首をすくめている。
アルメーヌではない、となれば……。
俺が考えているうちに、モーナが冷静な声で言った。
「とにかくエドワルドさんに診てもらいましょう」
「わしに任せなさい」
エドワルドが腕をまくり、ゆったりとした動作で彼女の前にしゃがんだ。
「ううっ……。かゆい……」
なおも苦しがっているナタリア。
彼女の瞳孔や呼吸を確認したエドワルドが落ち着いた声でうなる。
「なるほどのう」
いかにも名医らしい鋭い目つきに、全員がかたずをのんで見守っている。
すると彼は鞄から怪しげな緑色の粉末を取り出した。
「これは解毒の薬じゃ。知らぬうちに蜂かサソリに刺されたに違いない。この薬を飲ませて、汗とともに毒を流せば、たちまち良くなるじゃろ」
そう言った後、水とともにナタリアの口へ流し込ませた。
ナタリアは苦そうに顔をゆがめたが、ゴクンと喉を通すだけの力は残っていたようだ。
それを見たエドワルドは自分が羽織っていた上着を彼女の体にかけた。
彼女の体を温めて汗を出させるためだと言う。
「ううっ……。苦しい……」
しかし彼女の容態は一向に良くならない。
それどころかますます苦しんでいるではないか。
そこでモーナが落ち着いた声でエドワルドに問いかけた。
「苦しんでいるようですが、これでよいのでしょうか?」
エドワルドの顔つきが厳しくなり、鋭い視線をモーナに向ける。
「お主……わしの見立てに文句をつけるつもりか?」
「いえ……。そういうわけではないのですが……」
「どんな病気でも良くなる直前に苦しみがピークになるものじゃ。今、彼女は戦っておる。彼女の体力を信じるのじゃ」
ゴッドハンドと称えられた元名医にそう言われたのでは、誰も何も口を出せない。
みな黙り込んでナタリアの様子を見守っていた。
ナタリアは絶対に良くなるはずだ、みんなそう信じていたのである。
……俺を除いて。
ふと見ればナタリアの頭には死亡フラグが立っている。
俺はアルメーヌに視線を送った。
――どうした? 彼女を楽にしてやらないのか?
彼女は首を横に振った。
――どうせ何もしなくてもナタリアは死ぬ。わざわざ手を下す必要なんてないわ。
なるほど。
そりゃそうだよな。
わざわざ「私が化け物です」なんて名乗る必要もなく、彼女は死んでいくだろう。
なぜなら俺は知っているのだ。
エドワルドの見立ても治療も、まったくの見当違いだ、ということを。
ちなみにアニメではこの後に「暑い、暑い」とナタリアが叫んだところで、モーナがエドワルドの誤診を暴くことになる。
それをきっかけに立場を失ったエドワルドは、気狂いを起こして仲間に襲いかかる。そうして結局は死亡フラグを立てるんだったよな。
つまり何もしなくてもナタリアは助かるし、エドワルドが次の犠牲者になるのは確かだ。
しかしこれはチャンスだ。
すなわち彼らの得意とする分野で俺の方が優れていることを示せるとすれば、ここしかない。
――どんな映画やドラマでも『仲間や家族のために頑張った人』って、たいてい生き残るんだよ!
俺だって性悪女を助けてやるのは気が乗らない。
しかし、これも俺が生き延びるためだ。
仕方ない。
元の世界で『医者』だった俺の見立てを見せよう――。
「ナタリアの症状は『熱中症』だ」
意外な男からの言葉に、みな目を丸くした。
「ねっちゅうしょう? なんだそりゃ?」
どうやらこの世界には『熱中症』という言葉はないらしい。
しかしいちいち説明する暇も義理もない。
俺は彼らの反応など気にせずに、処置を開始した。
まずは日陰に彼女を移す。次にかけられていた上着をはがし、できる限り薄着にした。
その様子にモーナが顔を赤くしてつめよってきた。
「やめなさい! あなた何の権利があって苦しんでいる彼女を辱めようとしているの?」
俺は一瞥もくれずに答えた。
「体を冷やすためだよ。これ以上、汗をかかせたら死ぬぞ」
「死ぬって……。虫刺されなんでしょう? ならば汗と一緒に毒を流すのが一番なんじゃないの?」
「だから熱中症だって言ってるだろうが! かゆい、というのは熱中症が進んで、意味不明な言葉を発しただけだ。その証に肌が出ている腕や足に虫刺されの跡がない。ここまで全身の発熱を誘発するなら、刺された場所は相当腫れているはずだからな」
そこに横から口をはさんできたのはエドワルドだった。
「お主……。わしの見立てにケチをつける気か……?」
「ああ、そうなるな。あんたの誤診だよ。大きな間違いだ。このままだと最悪ナタリアは死ぬ」
彼の歯ぎしりが耳元でこだます。
しかし気にしたら負けだ。
俺は水をバシャッとナタリアの体にかけると、自分の上着を脱いで、彼女を仰ぎ始めた。
熱中症の応急処置はとにかく冷やすことが肝要だ。
「ぬるい水をかけて風を送ることで、気化熱が体温を奪ってくれる。モーナ。水をコップに注いで、少しだけ塩を含ませてくれ」
「え? は、はい」
「よし、ではそのコップをナタリアに持たせるんだ」
「私から飲ませなくていいの?」
「無理に飲ませるとむせる可能性がある。わずかに意識があるなら自分で飲めるはずだ。その方が安全なんだよ」
ナタリアは震える手でコップを受け取ると、自分でそれを飲んだ。
「クライヴ、アルメーヌ。ボケっとしてないで、すぐそこに流れている川から水をくんでこい」
「あ、うん。分かったよ」
アルメーヌは「なんで私があんたの指示に従わなきゃいけないのよ!」って顔をしているが、クライヴに促されて渋々森の奥へと消えていった。
「ボブとアルヴァンの二人は俺と同じように彼女を仰ぎ続けるんだ。モーナはナタリアに水をかけたり、声をかけて励ます」
「ならわしは薬を調合しよう! 解熱の薬があるはずじゃ」
「悪いがじいさんは黙って見ててくれ。これ以上、変なものを飲まされたら、ショック症状を引き起こしかねないからな」
「変なもの……じゃと……」
「言っておくが、さっきの解毒の薬というのも効能はかなり怪しい。そもそも虫刺されなら解毒の薬なんか飲ませないで、刺された箇所から針や毒を抜く処置が適切だ。これ以上恥をかきたくないなら、黙っててくれ」
「な、な、なんじゃとぉぉぉ!!」
悪いな、じいさん。
これも俺が生き延びるための術なのだ。
設定資料集によれば、彼は明らかな誤診によって患者の少女を死なせたことになっている。
しかし最後まで自分の非は認めずに、逆に遺族を追い詰めて一家離散に追い込んだらしい。
近頃になって彼の不正が暴かれて、70にもなって牢屋にぶち込まれたというのだ。
「じいさん。かつての栄光にしがみついて、自分の力を過信する人に大事な仲間の命を預けるわけにはいかねえ。これからは俺がケガや病気を負った仲間を診ることにする。もう無理をせずに大人しく引き下がっていてくれ」
「き、きさま!! 誰に口をきいているか分かっておるのか!? わしじゃぞ! ゴッドハンドのエドワルドじゃぞ!!」
ゴッドハンドねえ……。
確かにかつての彼は名医とうたわれているほどの腕前だったのかもしれない。
しかし残念ながら俺にはかなわない。
なぜならアニメの舞台は「中世ヨーロッパ」であり、その医療技術は、俺のいた「現代」からはかなり遅れているはずだからだ。
それに俺は『熱中症』については、特によく調べた過去があるんだ。
とある理由でな……。
とにかく。
これで俺の方が彼よりも『役立つ人』ということになったわけだ――。
「謝れ! わしに無礼を働いたことを!」
「無礼? 目の前の様子を見ても、あんたはそうほざくのか?」
見ればナタリアの容態が落ち着いてきている。
表情も穏やかになってきた。無論、死亡フラグも消えている。
応急処置が上手くいった何よりの証拠だ。
しかし、エドワルドは認めようとせずに、つかみかかってきた。
「きさまぁぁ!! 土下座してわしに謝れ!」
「やめえや! こんなところで仲間割れは!」
ボブがナタリアを仰ぎながら口を尖らせる。モーナも続いた。
「とりあえず今はナタリアさんのことが優先です。エドワルドさんの言い分は後ほどじっくりうかがいますから、今はイルッカさんの指示に従いましょう」
そこにクライヴが一人で戻ってくる。
「アルメーヌは栄養のある木の実を探すって、森に残ったよ」
なるほどね。そうきたか。
彼女も既に分かっているようだな。
エドワルドの頭上に死亡フラグがはためいていることを……。
「ふんっ! わしは薬草を探してくる!! その薬草が効いたら、土下座して謝れ!! いいな!!」
そう言い残して彼は森の奥へと消えていった。
だが俺が彼に土下座する機会は訪れなかった。
なぜなら彼が俺たちの前に姿を現すことは、二度となかったのだから――。





