法則その18 『突然、主人公に思い出のエピソードを語られた人』は殺される
◇◇
――お兄ちゃん! 知ってる!? 『突然、主人公に思い出のエピソードを語られた人』って、だいたいすぐに殺されちゃうんだよ! ほらね!
………
……
理不尽だ。
理不尽極まりないのだ。
アルメーヌはヴァンパイア。
なんと彼女にはヴァンパイアにありがちなテンプレの弱点が通用しない。
「ニンニク? 大好きだよ! 私、マイ・ニンニクのチューブをいつも持ってるし」
「太陽の光? 全然、平気! むしろ日光浴、最高!」
「十字架? なにそれ? 美味しいの?」
「銀の銃弾? ふえええ! おじちゃんは銃で私を撃つ気なのー? あ、でも仮に撃たれても無傷だけどね。えへっ」
すべて設定資料集で書かれていた通りだ。
となれば、彼女の弱点は二つ。
『生き血が吸えずに餓死する』か『永遠の愛を誓った相手が死ぬ』というものだけだ。
ちなみにヴァンパイアが永遠の愛を誓うのは、『生き残った最後の一人の生き血を吸い尽くすこと』らしい。つまり永遠の愛を誓った人間は一度死ぬ。その後、ヴァンパイアとしてよみがえるというわけだ。
話を弱点のことに戻すと、彼女が永遠の愛を誓った相手も不死のヴァンパイアであり、もはや彼女の弱点は『ない』と言っても過言ではないのである。
まったく理不尽としか言いようがない。
理不尽と言えばもう一つ。
――『突然、主人公に思い出のエピソードを語られた人』って、だいたいすぐに殺されちゃうんだよ!
この『死亡フラグ』は理不尽だと思わないか?
いくら注意したって、自分ではどうしようもできないじゃないか。
そしてそれを誘発しようとする悪魔のような行いが許されるはずもないだろ。
当然そんな理屈は悪魔には通用しないわけだが……。
ふと見ればアルメーヌがクライヴに話しかけようとしている。
他人の会話にそば耳を立てるのは趣味じゃないが、変なことを吹き込まれたらたまったもんじゃないからな。
俺はごく自然にクライヴの横に並んだ。
「ねえ、ねえ、お兄ちゃん!」
「ん? どうした? アルメーヌ」
「みんな暗い顔ばかりで空気が重いね」
お前が言うな。
「そうだな。でも仕方ないさ。多くの仲間が殺されてしまったんだからね」
「むむぅ……! 化け物めぇ! 見つけたら私がとっちめてやるんだから!」
もう一度言おう。
お前が言うな。
「そうだ! 何か明るいお話をしましょうよ!」
「明るい話?」
チラリと俺を見てきたアルメーヌの目は笑っていない。
またよからぬことを考えてるのか?
まさか『突然、主人公に思い出のエピソードを語られた人』に仕立てようとしてるんじゃないだろうな。
「たとえばー……。お兄ちゃんとおじちゃんの思い出とか!」
「ごふっ!」
まじか!? ド直球できやがった!
想像した自分でもビックリだ。
「え? 僕とイルッカさんの?」
「ああ、クライヴ。その話はとっておこうぜ」
すかさず俺は話を遮った。
しかし、頬をぷくりと膨らませたアルメーヌはあきらめずに食らいついた。
「ええー! なんでぇー!? 教えてよー! 減るもんじゃないしー!」
「大人には大人の事情ってもんがあるんだよ。子どもが口出すことじゃない」
「けちー! 人でなしー!」
何度でも言ってやる。
お前が言うな。
「まあまあ、イルッカさん。別にいいじゃないですか」
いや、よくないぞ。クライヴ。
これは俺の命がかかっているんだから。
「くくく。さっすがクライヴお兄ちゃん!」
その笑い方に思わず本性が出ちゃってますよー。
……が、心の中でツッコミを入れている場合ではない。
早くもクライヴがあごに指を当てて考え始めているではないか。
実際に俺たちにどんな接点があったのか、設定資料集にも書かれていなかった。
しかし彼の婚約者がイルッカの妹である以上、多少なりとも交流はあったはずだ。
まずい……。
このままでは『突然、主人公に思い出のエピソードを語られた人』になってしまう……。
今の俺に残された選択肢は……。
(1)さりげなく別の人の思い出話を語らせる
(2)アルメーヌがクライヴの話をやめさせる
どちらも現実的ではなさそうだな……。
まず(1)だが、そもそも俺はクライヴの交友関係を知らない。
今、ここにいるメンバーのうち、彼が思い出話を語れるほどの人がいるのだろうか。
ダメだ。不自然な振る舞いはかえって自分の首を絞めることになる。
では(2)はどうか。
アルメーヌがクライヴの話を途中でやめさせるなんて、想像すらできないぞ。
そもそも彼女はクライヴのことが好きで好きでたまらないのだ。
そんな彼の話なら、たとえ殺したいほど憎い相手との思い出話ですら聞きたいに違いない。
(1)でも(2)でもダメ……。
ならば打つ手がないじゃないか……。
「そうだなぁ。僕とイルッカさんの出会いは確か……」
すでに話し始めているクライヴ。
アルメーヌが口元はニコニコしているが、目を大きく見開いて俺を見ている。
――さあ、死ね!
と言わんばかりに……。
くっ……。
ここまでなのか……。
……と、その時。
――お兄ちゃん! 逆転の発想だよ!
脳裏に響いてきたミカの声に、俺はハッとした。
「逆転の発想か……」
(1)もダメで、(2)もダメ。
ならば『(1)さりげなく別の人の思い出話を語らせる』と『(2)アルメーヌがクライヴの話をやめさせる』の両方を合わせれば――。
そう閃いた瞬間に俺は大きな声を出していた。
「クライヴと俺の仲は、俺の妹のセルマを抜きにしては語れないよな!!」
アルメーヌとクライヴの二人が目を丸くして俺を見つめる。
彼らが言葉を失っているうちに、俺は矢継ぎ早に言葉を並べた。
「だから俺たちの仲を語る前に、クライヴはセルマのことを話さなきゃダメじゃないか!」
これが(1)。
つまり、さりげなくセルマの思い出話を語らせるように仕向けたのだ。
「え、そ、それはアルメーヌが……」
「ん? なぜここでお前さんがアルメーヌを気にするんだ?」
「いえ、別に……。そ、そうですよね! 僕とイルッカさんのことを語るにはセルマ抜きには語れないですよね!」
クライヴが顔を赤くしながらうなずいている。
なぜ彼がアルメーヌに気を使おうとしたのかは分からない。
だが何はともあれ、作戦成功だ。
これで俺に死亡フラグが立つことはないだろう。
それでも一つ問題がある。
このまま彼がセルマとの思い出話を語れば、遠く離れたセルマに死亡フラグが立ってしまうことだ。
アルメーヌのことだ。
ここから抜け出してでも、彼女を殺しにいくだろう。
だが、そうはさせない。
だから『(2)アルメーヌがクライヴの話をやめさせる』を仕掛けるのだ。
「じゃあ、まず聞かせてくれよ。クライヴはセルマのどんなところに惚れたんだ?」
「えっ? そ、それは……」
クライヴがアルメーヌの様子をうかがっている。
やはり彼はアルメーヌに何らかの遠慮をしているようだ。
なぜだ?
すでに彼はアルメーヌに惚れてしまったということなのか?
しかしここで躊躇させるわけにはいかない。
あくまで押し通すだけだ。
「ははは! 恥ずかしがることねえじゃないか! お前さんの方から彼女に惚れたって知ってるんだぜ!」
口から出まかせではなく、設定資料集にそう書いてあったから確実だ。
俺はあらためてアルメーヌを見た。
明らかに顔がゆがみ始めている。
そりゃあ、そうだろうな。
恋する相手が、婚約者とのなれそめを語ろうとしてるんだ。
そんな話、聞いただけで反吐が出るだろ。
クライヴは話しづらそうに口を開き始めた。
「そ、そうですね……。まずは、心優しくて穏やかなところとか……。や、やっぱり僕ののろけ話なんか聞きたくないですよね!?」
「ははは! 遠慮することはねえよ! どんどんのろけてくれ! アルメーヌも聞きてえよな?」
俺は笑顔のまま彼女に話をふった。
彼女は悔しそうに唇をかんでいる。
そして、
「きょ、今日はあんまり調子が良くないみたい! ま、また今度聞くわ!」
彼女はそう言い捨てて、ぷんぷんしながら俺たちから離れていった。
ざまぁみろってんだ。
俺は心の中で舌を出しながら、彼女の背中を見送る。
そして彼女がナタリアのそばに寄ったのを確認したところで、
「ふぅ……」
大きなため息を漏らしたのだった。
………
……
今回もなんとかやり過ごすことができた。
しかしまだまだ油断はならない。
クライヴが俺との関係をベラベラと話さないようにしなくては……。
俺はアルメーヌがどこにいるか、メンバーたち全員を見回した。
……と、その時。
一つだけ素朴な疑問が浮かんできたのである。
――どうして俺は『討伐団』のメンバーに選ばれたんだろうか……。
設定資料集によれば、クライヴを除くメンバーの全員が何らかの罪に問われて、牢獄に収監されていた罪人だ。クライヴだけは自分から立候補したと書かれていたが、俺も自分から名乗り出たのだろうか。
ちなみにイルッカの素性については『元剣闘士』としか書かれていなかったと記憶している。
あまりにもモブキャラすぎて、作者が何も考えていなかったのだろうか……。
それとも、主人公のクライヴと何らかの関係があるのだろうか……。
しかしそれであれば設定資料集に書かれていない理由が分からない。
『金のリンゴ』と『アルメーヌが乗ってきた馬車』についても同じだ。
あまりに不自然な演出だったが、設定資料集には何の言及もなかった。
細かすぎるほど細かい設定資料集に記載がないのは、単なる漏れなのか、それとも俺の知らない何か深い理由があるのか……。
さらに考えを巡らせようとしたところで、
「イルッカさん! じゃあ、行きましょうか!」
クライヴの明るい声で我に返った。
言葉で答える代わりに小さく微笑んで返す。
まあ、細かいことは後回しだ。
とにかく生き延びること。
それだけに集中しようと、あらためて思い直したのだった。