法則その17 『化け物に襲われた時に、車やヘリコプターとか、乗り物を使ってその場を離れようとする人』は殺される
◇◇
――ねえ、お兄ちゃん! 知ってる!? 『化け物に襲われた時に、車やヘリコプターとか、乗り物を使ってその場を離れようとする人』って、必ず死ぬんだよ! ほらね!
………
……
アルメーヌが再び討伐団のメンバーに加わった。
なぜ彼女が戻ってきたのか。
彼女は「町の長老たちから『応援を送るから、洋館で待機していてくれ』という伝言を預かったから」と言っていたが、当然たてまえだ。
実際は『何がなんでもイルッカを殺すため』である。
しかしもう一つ、疑問は残されていた。
それは『なぜ彼女は馬車を使って戻ってきたのか』ということだ。
ただ、その疑問の答えもすぐに明らかになる。
………
……
夜を迎えた。
夜の見張り番は三人一組となって交代で行うようだ。
俺はエイミーという女と、ブリックという少年の二人と組むことになった。
ちなみにエイミーは結婚詐欺で何人もの男の財産をだまし取った罪で、ブリックは学校で同級生をいじめて自殺に追い込んだ罪で、牢屋にぶちこまれたのだそう。
中世ヨーロッパ風のアニメにしては、ずいぶんと現代的な罪だな。
まあ、いずれにしてもろくでもない奴らであることは確かだ。
その証拠に彼らは見張り番になった直後から、周辺の様子ではなく注意深くメンバーたちの様子を見ている。
つまり彼らが完全に寝静まるのを待っていたのだ。
「よし! みんな寝ちまったよ」
「いよいよ作戦決行だね」
早速きな臭い相談を始めている二人。
言うまでもなく近寄ってはダメだ。
俺は聞こえぬふりをして見回りを続けた。
しかし……。
「おじちゃん。どこへ行くの?」
アルメーヌの声だ。
からみつくようなねっとりとした口調が、俺の足を止める。
俺は振り返らずに答えた。
「どこにも行かねえよ。役割通りに見回りしているだけだ」
「ふぅん。でもエイミーお姉ちゃんと、ブリックお兄ちゃんが、おじさんを呼んでるよ」
「悪い。お前さんの方から『見回りを終えたらそっちへ行く』って伝えておいてくれないか?」
「くくく。嫌に決まってるでしょ」
本性現しやがって……。
しかしこうなったら彼女の言葉に従うしかない。
もし無視を決め込めば、エイミーとブリックから『口封じ』されかねないからな。
そこで俺はアルメーヌとともに彼らのもとへ足を運んだ。
「ああ、ようやく来たねぇ」
「イルッカさん! 遅いっすよ!」
二人は無邪気に手招きをしているが、たき火の明かりに浮かび上がっている彼らの顔はいかにも悪人だ。
俺は彼らに向かい合うようにして、アルメーヌとともに腰を下ろした。
間髪入れずにエイミーが声をあげた。
「ずばり言うわね。私たち4人で町へ戻るわよぉ」
切れ長の鋭い目で俺の顔を覗き込んでくるエイミーに対し、俺は淡々とした口調でたずねた。
「ほう。他のメンバーを見捨てて、俺たちだけで逃げようってことか?」
俺が即座に話に乗ってこなかったことが意外だったのだろうな。
ブリックとエイミーの二人が顔を見合わせた。
すると彼らに代わって、アルメーヌが口を挟んだ。
「違うわ! 町に戻って、応援してくれる人たちの道案内をするの!」
「そ、そうよ。逃げるなんて人聞き悪いわぁ。誰かが道案内をしなくてはならないでしょぉ」
「そ、それを俺たちがやってやろうってことっす。べ、別に逃げるわけじゃないっす」
なるほど。上手い言い訳を考えたもんだ。
しかしアルメーヌに小手先の手段が通じるはずないのは、よぉく知っている。
そこで俺も『上手い言い訳』をすることにした。
「じゃあ、お前たち二人で町へ戻ればいい。道案内は二人でじゅうぶんだろ。他の奴らには上手く言っておくから安心しな」
アルメーヌの目がギラリと光る。
ああ、そうだったな。
こいつに小手先の手段が通じるわけないか。
「おじちゃんには私を手伝って欲しいの!」
「どういうことだ?」
「町へ戻った後、私とおじちゃんは食料や武器を積んでここに戻ってくるのよ!」
馬鹿も休み休み言えってんだ。
誰が好き好んで化け物と二人っきりで馬車に乗るかっつーの。
それにミカはこう言ってた。
――『化け物に襲われた時に、車やヘリコプターとか、乗り物を使ってその場を離れようとする人』って、必ず死ぬんだよ!
彼女いわく「理由は関係ない」そうだ。
逃げ出そうとするヤツは論外だが、仲間のために助けを求めに行く場合でもダメらしいからな。
つまり馬車に乗り込んだ瞬間にアウトってことになる。
てきとうに言い訳して、どうにか回避しなくては。
しかし俺が口を開く前に、アルメーヌは意外なことを口にした。
「でも、おじちゃんがみんなを化け物から守りたいって言うなら話は別よ」
化け物から守りたいのは『みんな』というよりは、『俺自身』だが間違ってはいない。
だが、なぜだ?
なぜアルメーヌが俺に助け舟を出してくるんだ?
それでもここは話を合わせるしか選択肢はない。
「そうだな……。俺がここを離れるわけにはいかねえ」
しかしこの言葉こそが、彼女が仕掛けたトラップだったとは……。
――かかったな!
不気味に口角が上がり、瞳がらんらんと輝く。
ゾクリと悪寒が走ったとたんに「しまった!」と唇を噛んだが、後悔先に立たずだ。
彼女はここぞとばかりに、俺の急所を容赦なくついてきたのだった。
「おじちゃんがここに残るんだったら、セルマお姉ちゃんにも手伝ってもらうわ」
「なんだと……」
自分でも顔から血の気が引いていくのが分かった。
アルメーヌはニタニタしながら俺を見つめている。
この下衆め……。
妹を盾に取りやがったな……。
アルメーヌがセルマに接触したら、間違いなくセルマは殺される。
愛しのクライヴの婚約者なんて邪魔者以外の何者でもないからな。
あの手この手を使って『死亡フラグ』を立てるだろう。
俺が言葉を失っているうちにエイミーとブリックが立ち上がった。
「じゃあ、俺たちは先に馬車にいってるっす。イルッカさんも準備ができたらすぐに来てくださいっす」
そして二人が完全に姿を消したところで、アルメーヌが笑いだした。
「くくく。あなたに残された選択肢はたった二つ。『妹の命を犠牲にして、自分の命を救う』か『自分の命を犠牲にして、妹の命を救う』か。さあ、どちらを選ぶの? くくく……。ははは!!」
どっちも完全にバッドエンドじゃねえか。
どうしたらいいんだ……。
……いや、もう一つだけあるぞ。
『主人公を連れて行く』!
白い洞窟の時に使った手だ!
しかしその選択肢さえも、アルメーヌは潰してきた。
「言うの忘れたけど、馬車は四人しか入らない。だからクライヴお兄ちゃんたちを乗せるわけにはいかないわ」
完全に逃げ道がふさがれてしまった……。
「ねえ、もういいでしょぉ」
「イルッカさん! 早く行くっす!」
馬車は帆馬車と呼ばれる白い布地を荷台にかけたタイプのもの。すでに中に乗り込んだ二人が手招きしてきた。
言うまでもなく、彼らの頭上には『死亡フラグ』が勢いよくはためている。
近寄ってきたアルメーヌは耳元でささやいてきた。
「馬車が走ったらすぐにあの二人を始末してあげるわ。あとは二人でじっくりと楽しみましょう。くくく」
彼女の勝ち誇った顔が憎い。
しかしもう打つ手がない。
万事休すだ。
――こうなったら馬車に乗って、相打ちを狙うしかない。
悲壮な覚悟を決めた瞬間だった。
――お兄ちゃん! 一番大切なのは『あきらめないこと』だよ!
なんとミカの声が脳裏に響いてきたのだ。
パンと頬を張られたような痛みを覚えると同時に、ガクリと肩の力を抜ける。
その通りだ。俺があきらめてどうするんだ。
消えかかった胸の中の光が再び灯ってきた。
思考が全身を駆け巡っていく。
そして、ついに――。
「見つけた……。『もう一つの選択肢』を……」
「はあ? 何言ってるの? 気持ち悪い」
アルメーヌが眉をひそめた。
俺は彼女をちらりと見て言った。
「そうだな……。俺もあんな奴らと一緒に馬車に乗るのは気持ち悪くて仕方ねえよ」
「ふふ。だったら今すぐに始末してあげてもいいよ」
「ああ。そうしてくれ。あんたがあいつらを始末したのを見たら、すぐに馬車に向かうから」
「ようやく観念したようね。じゃあ、約束よ」
「約束だ。必ず馬車に向かう」
「くくく。でも約束を破ってもいいよ。そしたら愛しの妹ちゃんを殺すだけだから」
そう言い終えると同時に、彼女は馬車の方へスキップしていった。
俺は力のない目でその背中を見つめる。
しばらくすると馬車がわずかに揺れ、帆馬車の白い布地が鮮血の赤に染まった。
その瞬間……。
――ドックン……。
心臓が大きく脈打ち、自然と口角が上がった――。
そして、
「化け物だぁぁぁ!!」
俺は雷鳴のような大声を轟かせたのだ。
「なにごとだ!?」
テントの中からクライヴたちが姿を見せたのを見計らって、背負っていた弓を素早く取り出して狙いを定める。
――ドシュッ!
乾いた音を立てて弓矢が空気を切り裂いていく。
「いけっ!」
俺の願いにこたえるように、
――ドンッ!
矢は馬の尻に深々と突き刺さった。
「ヒヒィィィン!!」
馬は激痛のあまりに甲高くいななくと、その場で暴れだす。
「な、なにっ!?」
返り血で顔と服を真っ赤に染めたアルメーヌが荷台から飛びだしてきた。
俺はその姿を見て叫んだ。
「化け物が馬車の中にいる!! アルメーヌ! そこを離れるんだ!!」
俺は馬車に向かって走った。
そしてアルメーヌの手をグイっと引っ張り、彼女を抱きかかえたのだった。
「約束は守ったぜ」
「な、なにを言ってるの!? 馬車が使い物にならなきゃ意味が……。まさか!?」
「ようやく気付いたようだな。これが『もう一つの選択肢』の正体だ」
「もう一つの選択肢……」
「乗り物を壊す、ということだ! ははは!! 壊れた乗り物には乗ることはできないからな!!」
「ぐぬぬっ! おのれぇぇ!!」
そして歯ぎしりして悔しがる彼女の耳元で俺はささやいたのだった。
「ざまぁみろ」
と――。