法則その15 『主人公の指示に従わなかった人』は殺される
◇◇
――ねえ、お兄ちゃん! 知ってる!? ホラー映画で『主人公の指示に従わなかった人』って必ず殺されちゃうんだよ! ほらね!
妹のミカは部屋で死亡フラグを研究している。
その研究結果を披露する相手はいつも俺だ。
ではなぜ彼女が死亡フラグを研究しているのか。
その理由も俺には分かっているんだ。
だから俺は……。
………
……
グレンがまるで蟻地獄にかかった蟻のように、大きな穴に引きずりこまれていく。
「グレン待ってろ!!」
「くっそ! どうにか助けられないのか!?」
メンバーたちはただ穴の周りで騒ぐより他なかった。
そんな中で三人だけ冷静な者がいた。
「みんな! 危ないから穴のそばから離れて!」
「そうよ! 助けようとして巻き込まれたら元も子もないわ!」
クライヴとナタリアだ。
彼らの指示にメンバーたちは、はっとした顔になって従った。
やはり自分の命が一番可愛いのは誰もが同じらしい。それでも彼らは声だけは張り上げているのだから滑稽なものだ。
「グレン!」
「グレンさん!!」
だが彼らの呼びかけなど何の意味もなさないのは、まさに穴の奥へと消えかかっているグレンが一番よく分かっているだろう。
さらに言えば、彼には無実の人々をたぶらかして闇へと引きずり込んだ過去がある。だから一度ハマった落とし穴からは抜けられない苦しみを理解しているはずだ。
「ぎゃああああ! やだ! やだ! 死にたくないんだああああ!!」
ちなみに残る一人の冷静な人とは、言うまでもなく俺である。
俺はあたふたする振りをしながら、できる限り安全な場所、つまりクライヴの近くの位置を確保し続けていた。
どんな状況でも主人公のそばを離れなければ巻き込まれることはない。
まるで背後霊のようにピタリと彼の背中に張り付いていたのだ。
そうしていよいよグレンの姿が穴の中へ消えようかというところで、クライヴが大声をあげた。
「みんな武器をかまえて! 化け物が穴から出てきたら迎撃するんだ!」
化け物がすぐそばにいるという状況にメンバーたちはかつてない危機に陥った。
だがこの状況は、俺にとっては追い風だ。
これで化け物の正体が俺でないことが完全に証明できたからな。
自然と張り上げる声も大きくなってしまうのは仕方ない。
「俺が弓で動きを封じる! そこを全員で叩くんだ!」
あ、ちなみにイルッカは元剣闘士だけあって、得意な武器は短剣だ。
しかし弓を装備しているのは、主人公の影に隠れながら攻撃できるからである。
「たすけ、て! たすけ……」
穴の奥から聞こえるグレンの声は、メンバーたちを恐怖のどん底に落とすにはじゅうぶんな演出だったようだ。
きっとアルメーヌの目的はこれだろう。
「もう嫌だ!! 俺は下りる!!」
どこからともなく声が上がると、みんなが口々と弱音を言い出した。
「もう無理だ! 俺たちだけでどうにかなる相手じゃない」
「逃げよう! この状況なら町のみんなも許してくれるさ!」
高校のサッカー部に所属していた時に監督から「弱気は伝染する! だから絶対に弱気になるな!」と檄を飛ばされたことがあったが、今になってようやくその意味が分かった気がする。
もはやグレンの最期のことなど誰も気にする素振りすら見せず、場はカオスと化していった。
「待て!! 今は離ればなれになってはダメだ! みんなでひとかたまりになって行動するんだ!」
クライヴが必死になだめるが、焼け石に水だ。
「こんなところでひとかたまりになっていたら、みんなまとめてやられちまうだろうがよぉ! 俺は逃げる!」
「オスニエル! 行くな!!」
このオスニエルという男。
かつて殺人強盗を起こした後、仲間を置き去りにして一人で逃げたところを捕まったという過去の持ち主だ。
もう何年も前の話らしいが、逃げグセは消えていないようだな。
彼は叫んだ。
「何を言ってるんだ! 化け物がグレンを食っている今こそ逃げるチャンスじゃねえか!!」
ああ、それは大きな勘違いだ。
アルメーヌはサイコパスだがさすがに人は食わない。
あえて言えば血を吸うくらいで、肉は喰らわないといったところか。
だからグレンを一撃で息の根を止め後は、次に死亡フラグを立てるのは誰か、舌なめずりしながら様子をうかがっているに違いない。
――ダダッ!!
そんなことを考えているうちにオスニエルは来た道を戻り始めた。
当然彼の頭上には真っ黒な旗が立っている。
そして彼の姿が木々に隠れて見えなくなった瞬間。
「ぐあああああ!!」
彼の断末魔の叫び声が耳をつんざいた。
さてと、これで一気に二人が消えたわけだ。
残るは俺を含めて9人か……。
いよいよメンバーの半分は消されてしまったわけか。
それでも今まで通りにこれからもベストを尽くすだけだ。
ミカの研究結果が正しいと信じて――。