法則その14 『戦いが終わったら故郷に帰って結婚するんだ』とか未来を語った人は殺される
◇◇
白い壁に囲まれた部屋に一人でいる妹のミカ。
俺が彼女を訪ねるといつも興奮気味に『死亡フラグ』について語るんだ。
――ねえ、お兄ちゃん! 知ってる!? 戦場で『戦いが終わったら故郷に帰って結婚するんだ』とか未来を語った人って、たいてい死んじゃうんだよ! ほらね!
………
……
黒い森に入ってからすぐのことだ。
「ねえ、ところでイルッカは化け物との戦いが終わったら何をするつもりなの?」
ナタリアが何食わぬ顔でたずねてきた。
普通に考えれば、さらりと答えても何ら問題なさそうに思える。
しかしこれはトラップだと俺は知っている。
戦場で『未来のことを語る』のはご法度であることを、ミカが教えてくれたからな。
だからまともに答えれば死亡フラグが俺の頭上にはためくのは間違いない。
きっとアルメーヌと抱擁している時に、こっそりと『死亡フラグを立てるための質問リスト』が書かれたメモを受け取ったんだろう。
あいつめ。何がなんでも俺を殺したいらしい。
「なによ! もったいぶらずに教えてよ! それとも答えられない理由でもあるのかしら?」
ナタリアが鋭い視線を向けてくる。
彼女の強い口調に周囲の人々の視線も俺に向いてきた。
こうなったらもう逃げられない。
さて、どうしたものか……。
考えられる選択肢は2つか。
(1)何も答えないで無視を貫く
(2)てきとうにごまかす
まずは(1)だが、確かに無視をすればこの場はしのげるかもしれない。
だがメンバーたちからますます怪しまれてしまうのは目に見えている。
『何を考えているか分からない不気味な男』はホラー映画ではありがちだが、たいていは『実はいい人で、主人公とヒロインを助けるために自ら犠牲となって死んでいく』というのがテンプレだ。
それでは遠まわしに死亡フラグを立ててください、と言っているのと同じになってしまう。
……となると(2)か。
嘘をつくのは趣味じゃないが、そうも言ってられない。
まさか「クライヴが妹を殺すのを止めるつもりだ」なんて答えられるはずもないしな。
そこで俺はゆっくりとした口調で言った。
「未来のことなんて考える余裕なんかねえよ。今は姿の見えぬ化け物をどうやって退治するか。それだけで頭がいっぱいだ」
まるでどこかの政治家のような当たり障りのない答弁に、自分でも感心半分、呆れ半分といったところだ。
一方のナタリアはあからさまにイラッとした顔をしている。
だがここで話を切ってはならない。
彼女がさらに質問攻めにしてくるのは目に見えているからだ。
ならばどうするか。
答えは単純で、
『同じ質問を別の誰かに振る』
ということだ。
もっともこれはミカから教わったわけではなく、自分で身につけた処世術だ。
というのも職場の飲み会になると、きまって俺は独身の女上司から「彼女いないの?」とからまれるのだ。
そりゃあ上司は巨乳美女だから、肩に腕を回されたら大半の男が喜ぶだろう。
しかし俺は何を隠そう貧乳少女が好きだ。
だから彼女のからみは鬱陶しいだけなのである。
そしてそんな時にいつも使う手が、『同じ質問を別の誰かに振る』というわけだ。
――中村はなんで彼女を作らないんだよぉ!?
――今はあんまり興味ないんですよ。仕事に夢中ってやつです。自分でもつまらない男だって分かってるんですけどね。ところで田中も彼女いなかったよな? お前はどうして作らないんだ?
――え? 俺?
――ほう。田中も彼女ナシか。じゃあ、田中でいいや。
――田中でいいって、待ってくださいよ! ちょっと顔近いです! ひぃ! ど、どこ触ってるんですか!
……てな具合だな。
しかし飲み会では女上司のからむ相手が俺から田中へ移るだけだが、ここではナタリアがからむ相手が変わるという簡単な話ですまされない。
なぜならその相手は『未来について語る』ことになるのだから……。
つまり『死亡フラグを立てる人を俺が選ぶ』とも言えるだろう。
だが俺は迷うことなく死亡フラグを立てたい相手に話を振った。
「ところでお前さんはどうなんだい?」
そう切り出して俺が目を合わせた相手……。
それはクライヴだった――。
「え? 僕ですか?」
ナタリアの顔が歪んだのは、こうなると予想していなかったからだろう。
「ちょっと! クライヴのことは別にいいでしょ!」
「はぁ? なんでだよ。ナタリアは知りたくないのか? クライヴのこと」
クライヴが目を丸くしてナタリアを見た。
ナタリアの顔がますます青くなる。
そりゃそうだろうな。
俺の質問は『ナタリアはクライヴに興味がないのか?』と言っているのと同じなんだから。
となれば彼女はこう答えるしかないだろうな。
「そ、そんなことないけど……」
やはりそうきたか。
では間髪入れずに追い込むだけだ。
「ならばクライヴに答えさせたくない理由があるってのか?」
「ぐっ……。それも……ないわ……」
俺たちの様子を近くで眺めているアルメーヌは、心のなかで俺のことを「悪魔め!」と罵っているだろう。しかし悪魔はてめえの方だ。
さてと。
これでナタリアは片付いた。
あとはクライヴに矛先を向けるだけだ。
「なら聞こうじゃねえか。クライヴが化け物との戦いが終わった後にやりたいことを」
ナタリアが鬼のような形相で俺を睨みつけてきたがスルーする。
正直言って、今の時点でクライヴに恨みはない。
むしろ色々と気にかけてくれて感謝している。
しかし未来の彼が取る選択をイルッカである俺が許すわけにはいかない。
だからここで彼に死亡フラグを立てるしかないんだ。
「さあ、クライヴ。答えてくれよ」
もし彼がアルメーヌによって殺されたと伝われば、セルマは悲嘆にくれるだろう。
しかしアニメの通りに進めば、信じていた婚約者が化け物に永遠の愛を誓った挙げ句、自分を殺しにやってくることになるのだ。
そんな絶望を俺の妹に味あわせるわけにはいかない。
どんな手を使っても彼女を生かしてみせる!
それが俺がこの世界で生きる理由なんだ!
「さあ!」
俺は語気を強めた。
すると彼は頬を赤くして、はにかんだ笑みを浮かべた。
そして予想外の答えを口にしたのだった。
「……それは僕がここで言うまでもなく、イルッカさんが一番よくご存知でしょう? 意地悪だなぁ」
俺の頬がぴくぴくと引きつった。
ナタリアの顔も先ほどまでとは別の意味で引きつる。
一方のクライヴだけは恥じらいながらモジモジしていた。
そうだったな……。
彼が口にするまでもない。
この戦いが終わって彼が町に戻ってやることと言ったら、たった一つだ。
『イルッカの妹と結婚して、温かい家庭を築くこと』
「あははははは!!」
どこからともなく聞こえてきた女の高笑い。
メンバーたちが慌てて身構える。
「何者だ!?」
「化け物か!? どこにいる!! でてこい!!」
無駄だ。出てこれるはずがない。
あの笑い声はアルメーヌに決まってるからな。
ヤツはしっかり分かってるんだ。
俺がクライヴをはめようとして、彼が見事にそれを回避したのを……。
「なあ、それだったら俺の話を聞いてくれないか? 俺はこの戦いが終わったら町へ戻って商売をするんだ! 今度こそは成功してみせる! だからみんなで一緒にやらないか?」
俺たちのあいだに割り込んできたのはグレンだ。
なおもナタリアとクライヴ相手に商売の話を続けているグレンからそっと離れた。
言うまでもなく彼の頭上には漆黒の旗がはためいている。
「この戦いは俺たちの勝利で終わる! そして町に帰った俺たちは成功すること間違いなし! 俺の勘は良く当たるんだ! だから信じていいぞ! ははは!」
残念ながら何一つ当たってないから、お前さんの勘は悪いと言わざるを得ないな。
そんなことを口にするまでもなく、俺は冴えないモブ男に戻った。
そしてナタリアとクライヴがグレンから離れた瞬間のことだった。
――ゴボォォォン!
轟音とともに、グレンの叫び声が森に響き渡った。
「ぎゃああああ!!」
メンバーたちが彼のもとに駆け寄るとそこには大きな穴があいており、彼はその中へと引きずりこまれていっているではないか。
「助けて! 助けてくれえええ!!」
アルメーヌのやつ……。またずいぶんと手の込んだことを……。
顔を真っ青にしている他のメンバーとは違う意味で、俺は目の前の光景を呆然と見つめていたのだった。