法則その12 生き延びる意味を持つこと
◇◇
ところで俺はなぜこの世界で生き延びたいと思っているのだろうか。
もしこの世界で死ねば、元の世界に戻れるかもしれないのに……。
今さら?
と自分でも思う。
でも心の中で燃えるような『生』への欲望には理由があるはずなんだ。
俺はそれをずっと思い出せないでいた。
………
……
「クライヴ!!」
「ナタリアか!! それにアルメーヌも! 無事でよかった!」
「うん……。でも……」
「どうした? あれ? 他のメンバーは?」
「……死んだ」
「え……?」
「だからみんな死んじゃったのよぉ! うわああああん!!」
「ふええええん! おにいちゃぁん! 怖かったよぉ!」
「ナタリア! アルメーヌ! 大丈夫、大丈夫だから! 君たちのことは僕が守るから!」
「うわあああん!」
おいおい、ちょっと待て。
『みんな死んじゃった』というのは語弊があるぞ。
だって俺、イルッカはこうしてピンピンしてるんだから。
ナタリアが俺をちらりと見てくる。
――余計なことを言ったら、ぶっ殺すわよ。
口に出さなくても脅しているのは明らかだ。
俺は答える代わりに首をすくめた。
――安心しな。何も言わねえよ。
当たり前だ。
ここまで化け物二人と俺という三人のパーティーだったのだ。
1ミリでも間違えればたちまち殺されちまう状況からようやく脱することができるんだぜ。
あえて自分の身を危険にさらしてまでして、ナタリアやアルメーヌを追い込もうとは思わない。
もっと言えば、そんなことをしたら死亡フラグが容赦なく俺の頭上に立つだろうしな。
ここからは『冴えないモブ男』に戻らさせてもらうさ。
もっともいつかはナタリアやクライヴとも決着をつけなくちゃならないんだがな……。
それまでは羽休めのつもりで大人しくしてるつもりだ。
「イルッカさん、どうしてこんなことになったのか聞かせてくれないかな?」
「さあな、こっちが聞きたいくらいだ。洞窟の中をひとかたまりになって歩いていたら、一人また一人と仲間たちが消えていくんだぜ。俺だってナタリアたちみたいに大泣きしてえくらい怖かったんだからよ」
「そうでしたか……」
当たり障りない言いぐさでその場をやりすごす。
そして俺は静かに他のメンバーの中へと身をひそめたのだった。
………
……
洞窟を抜けてしまえば目的地である『黒い森』まではすぐだ。
アニメでもその道中はカットされ、死者は誰もでなかった。
しかしメンバーたちの緊張と疲労は洞窟に到着する前の比ではなかった。
そりゃあ洞窟の中でおよそ半分のメンバーが命を落としたと聞けば、生きた心地がしないのは当然だろう。
あと残ったメンバーが俺と距離を取り始めているのは気のせいではないはずだ。
それも当たり前か。
もしメンバー内に『化け物』が潜んでいるとしたら、真っ先に疑われるのは俺なんだから。
「あれぇ? 今一人なのぉ? もう少しみんなと離れてくれれば『黒い旗』が立ちそうなんだけどなぁ」
アルメーヌがハエのように俺の周りをちょこまかと跳ね回っている。
ヤツは俺が完全に孤立するのを待っているのだ。
そうやすやすとこの命をくれてやるものか。
……と言っても、他のモブキャラたちは俺とは目を合わそうとしないしな。
こうなれば仕方ないか。
「なあ、クライヴ」
目立つのはよくないが、孤立するくらいなら主人公に話しかける方がましだ。
隣にくっついていたヒロインのナタリアがギロリと睨みつけてきたが、気にしたら負けだ。
彼女の豹変など天然系主人公のクライヴが気づくはずもなく、屈託のない笑顔を俺に向けてきた。
「どうしたんだい?」
「いや、たいしたことじゃねえんだけどさ。クライヴは疑っていないのか? 俺のことを化け物じゃないかって」
「え? 僕がイルッカさんのことを? どうして?」
「いや、ほら。みんな死んじまったチームの中で俺は生き残ったからさ」
クライヴは目を丸くしたが、それもつかの間、はにかんだ笑みを浮かべながら言った。
「僕がイルッカさんを疑うわけないじゃないですか」
「なんでだ?」
「そりゃあ……。いつか僕の兄さんになる人ですし……」
ガツンと脳天を殴られたかのような衝撃に目まいを覚える。
「なるほど……。そういうことだったのか」
モブキャラであるはずのイルッカ。
その妹はアニメにも登場しない名もない人物だとばかり思っていた。
しかし彼女に関する記述が設定資料集に多かったのが不思議でならなかった。
それも主人公のクライヴの婚約者だったからか。
今さらになってすごい事実を見落としていた自分にビックリする。
同時に俺がなぜ生き延びたいと切望しているのか、ようやく自分でもはっきり理解した。
たった一人の家族である妹を町に残してきたからだ。
もしここで自分が死んでしまったら彼女は天涯孤独になってしまう。
俺の心に火がつき、思わず言葉が漏れてしまった。
「絶対に許さねえ……」
「え? イルッカさん?」
俺の言葉に殺気がこもっていたのか、クライヴだけでなくナタリアまでもが顔を引きつらせている。
俺は慌てて手を振った。
「すまねえ、すまねえ。いや、多くの仲間を殺した化け物のことを許せなくてな」
「あ、ああ。そ、そうだな」
「へへ。まあ、お前さんに疑われてないって分かって安心したぜ。ありがとな」
「いえ、こちらこそアルメーヌとナタリアを守ってくださってありがとうございました! イルッカさんが一緒にいてくれるだけで心強いです!」
俺はニヤリと口角を上げて小さく頭を下げた後、彼に背を向けた。
次の瞬間に笑顔は消え、みるみるうちに表情が険しくなっていく。
そうさせたのは、アニメのエンディングが大いに関係していることは間違いない。
――ヴァンパイアの少女アルメーヌに永遠の愛を誓ったクライヴは、故郷の町へ戻って自分の婚約者セルマの生き血を吸って殺してしまう……。
つまり俺は決めたのさ。
このくそったれ主人公から、自分の愛する妹、セルマの命を守るんだ、と――。