法則その10 一人でトイレなんて行ったらアウト
◇◇
――ねえ、お兄ちゃん! 知ってる!? 怪物が近くにいる時は集団で行動しなきゃだめよ! 間違っても一人でトイレなんて行ったらアウトだからね!
………
……
洞窟内はやたら広い。しばらく歩いたところで休憩することになった。
各々好きな場所に座ったが、誰も何もしゃべろうとしない。
そりゃあ、そうだよな。
もし仲間を3人も殺した化け物が目の前にいるのだ。
おどけるヤツがいたら、むしろ表彰してやりたい。
だが一人だけは違っていた。
言うまでもなく、アルメーヌだ。
彼女は軽い調子で俺に話しかけてきた。
「ねえ、死にたい? そろそろ死にたくなってきたでしょ? あはは」
死にたいわけないだろ。そろそろっていう意味が分からん。
それになぜ俺だけに話しかけてくるんだ?
もっと他にいるだろ! 他に!
ちらりと他の仲間たちを見ると、みな一斉に視線をそらした。
あいつら、「俺は関係ない」を決め込んでやがるな。
薄情なやつらめ。
「いえ、生きたい」
「ええーっ! ぜんぜん面白くなーい! そこは男らしく『死にたいです!』でしょー!」
「面白くなくてけっこう。だから話しかけてくんな」
しっしと追い払うと、アルメーヌはべぇと舌を出しながらどこかへ行ってくれた。
どうやらナタリアのそばへ行ったようだ。
あいつはアニメのヒロイン。
ライバルになりそうな女は最初に抹殺しておくつもりかもしれないが、ヒロインは主人公とタメを張るくらいにタフだ。
いくらアルメーヌといえども、そう簡単には命を奪えないだろう。
となれば、これでようやく一息つけそうだ。
そこで俺は暇そうにしている男の横に腰を下ろした。
たとえわずかな時間でも孤立するのはよくないからな。
「よう。お前さんは確か……」
「バーゼルだ」
設定資料集によればバーゼルは酒癖が悪い。
ある日、酒場で大暴れして店をめちゃくちゃにしてしまったことがあったらしい。
熊のような大きなガタイの持ち主だから、こんな奴が大暴れしたら止めようがない。
今は反省して禁酒しているとのことだ。
「そういえば、妹さんの件……。すまなかったな」
バーゼルがバツが悪そうに謝ってきた。
しかし俺には何のことだか分からない。
イルッカの妹とこの男の関係なんて設定資料集には書かれていなかったぞ。
「なんのことだ?」
「え、ほら……。俺が店で暴れた時に、たまたま店の横を通り過ぎた妹さんの手に割れた窓ガラスの破片が飛んでいったことだよ」
「ほう……」
「手の甲に傷が残ったって聞いてな。いや、本当にすまないと思ってる」
妹の手に傷を残しただと……!?
なんて野郎だ。
思わずカッとなって殴り飛ばしたい気分にかられた。
だが、ここで喧嘩でも始めようものなら、それこそ死亡フラグを立ててくださいと言っているようなものだ。
ここはグッとこらえて我慢するしかない。
「……まあ、すぎたことだ。気にするなよ」
「そうか。そう言ってもらえると救われたぜ。ああ、なんか肩の力が抜けたら、急に喉が渇いてきた」
バーゼルがカバンから水筒を取り出して、ぐびぐびっと何かを飲んでいる。
酒でないのはにおいからして確かだ。
そして彼はその水筒を俺に突き出してきた。
「なあ、俺たち義兄弟にならないか? これが契りの盃ってやつだ。ははは!」
何言ってるんだ? こいつは。
妹に一生残る傷を負わせた男と義兄弟になるなんてありえないだろ。
「いや、そういうのは無事に町に戻ってからにしようや」
「そ、そうだな。じゃあ、喉が渇いてるだろ? こいつを飲んでくれ。ほれ、遠慮するな」
残念だが、おっさんと間接キスをする趣味などない。
「いや、それも今はいい」
「そうか……」
「ならこれはどう?」
ぬっと俺たちの間から手が伸びてきたかと思うと、銀色のスキットルが現れた。
その口からはプーンと酒のにおいが漂っている。
誰だ!? こんな時に酒を出してきた不届き者は!?
俺はスキットルの持ち主に視線を向けた。
「げっ! アルメーヌ」
「あはは! これからみんなで仲良くしようってことで、特別にお酒でもどうかしら?」
「おい、待て。なんでちびっこのお前が酒なんて持ってるんだよ。しかも上等そうなやつじゃねえか」
「あはは。ペートルスおじいちゃんの荷物をあさってたら見つけたの!」
まじか、こいつ……。
有無を言わさず殺した上に、荷物を盗むなんて……。
完全に鬼畜だぞ。
「ん? なに? なんか文句あるの?」
くりくりした目でこっち見んな。
文句なんて言おうものなら、たちまち死亡フラグ確定じゃねえか。
とりあえずこれは罠だ。
何を考えているんだが分からないが、差し出された酒を飲んだらダメだ。
俺が無視していると、意外なところから声が聞こえてきた。
「お、お、おう……」
バーゼルだ。
禁酒したらしいが無類の酒好きであることには変わらないらしい。
しかし彼の理性も「やめておけ」と警告しているのだろう。
プルプルと震えながら我慢している。
だがどう見ても、強烈な酒のにおいにノックアウト寸前にしか思えない。
「一口だけならいいじゃない!? 今日は特別なんだから!」
「一口だけ……。今日は特別……」
あーあ、それは禁酒している人にはタブーだ。アルメーヌのやつ、それを知っててあおったな。まったく性格の悪い少女だ。
そしてついにバーゼルは本能に負けてしまった。
――パシッ! グビッグビッグビッ!
「プッハァァァ!」
「あはは! バーゼルおじさんはとってもいい飲みっぷりだね!」
「ははは! こう見えても酒には自信があるんだ!」
「あはは! 実はもう一本あるの!」
「おっ! いいねぇ!」
まだ死亡フラグは立ってはいない。
だが獲物を品定めする蛇のようなアルメーヌの視線からして、バーゼルの運命は一つしかないんだよな。
「ういっ。ひっく」
「ん? どうしたの? バーゼルおじさん」
「ああ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
あれだけガブガブと酒をあおれば、もよおすのは仕方ない。
だが、それこそが彼の命取りになるなんて……。
――間違っても一人でトイレなんて行ったらアウトだからね!
立ち上がると同時に、彼の頭上に漆黒の旗がはためく。
それを見たアルメーヌがニタリと笑った。
「しっかし、アルメーヌちゃんは可愛いなぁ。こんな女の子だったら俺が永遠の愛を誓ってもいいぜ! ははは!」
残念ながらそれは無理だ。
なぜならお前はもうすぐ殺されるんだから。
それにアルメーヌも「うげぇ。それだけは勘弁」って気持ち悪がっている。
どうやら彼女は好みじゃない人から殺しているようだ。だから俺ばかりを狙ってきているってことか。冴えない男が裏目に出るとはな。
「じゃあ、行ってくるぜぇ! ははは!」
バーゼルが一人で洞窟の奥へと消えていく中、アルメーヌがチラリと俺を見てきた。
もし俺がバーゼルに「一人で行くのはやめておいた方がいい」とアドバイスしてあげれば、彼の死亡フラグは折れるかもしれない。
きっと彼女はなぜそうしないのか、俺に問いかけているつもりだろう。
だが俺は首を横に振った。
何も言うつもりはない、というサインだ。
「意外と薄情なのね」
ボソッと言われたが、気にしたら負けだ。
よく考えてみろ。
相手は酔った勢いで大暴れした前歴のある人間なんだぜ。
しかも片手には鋭利な刃物を持っている。
変に止めようものなら、そのスイッチが入ってしまうとも限らない。そうなれば俺の頭上には死亡フラグが立つだろう。
つまり命を奪ってくるのは化け物とは限らない、ということだ。
「薄情に思われてもかまわないさ。俺は死にたくないんだ」
俺の答えが終わらないうちに彼女はバーゼルの背中を追いかけて消えていったのだった――。
これで4人目か。
あと15人で俺は……。