法則その9 『怪物が突然目の前に現れた時、真っ先に逃げようとした人』は殺される
◇◇
――ねえ、お兄ちゃん! 知ってる!? 怪物が突然目の前に現れた時、真っ先に逃げようとした人って、真っ先に殺さるんだよ! ほらね! 言った通りでしょ!
………
……
「もう隠しておくのめんどくさいから、バラしちゃった!」
さすがのナタリアも口をポカンと開けたまま固まってしまっている。
「ふふふ。さっきまで威勢がよかったのに、どうしちゃったのかなぁ」
アルメーヌがナタリアのあごに指を滑らせる。
『サイコパス少女VS性悪女』の構図は、はたで見る分にはなんてワクワクするんだろう。
いいぞ、もっとやれー。
するとようやく気を取り直したナタリアは強がった。
「あんた……。これだけの人数を前にしてずいぶんと余裕なように見えるけど、気のせいかしら?」
確かにこっちは『俺を除いて』8人。
(俺は化け物を相手にするつもりはありません)
しかも全員、武器を手にしている。
普通の人間であれば怯むに違いない。
普通の人間ならば、な……。
「なら試してみる?」
アルメーヌが無邪気な笑顔を全員に振りまいた。
しかし目は笑っていない。
あからさまな挑発だ。
当然この挑発に乗れば『死亡フラグ』を立てることになる。
だが誰も一歩たりとも動こうとしなかった。
そりゃそうだよな。
落ちぶれたとはいえ、『龍殺し』の異名を持つペートルスを一撃で葬り去ったことをクライヴから聞かされていたのだから……。
「なぁんだ。つまんないの。今のでみーんな殺せると思ったのにー」
アルメーヌがぷくりと頬を膨らませる。
なるほどな。
やはり彼女は死亡フラグを立てさせようとしていたわけか。
逆に言えば死亡フラグが立った者でないと殺せない。
考えようによってはこれでよかったのかもしれないぞ。
どこで監視されているのか分からないよりは、目の前にいてくれた方が相手の動きが見やすいからな。
そんな風に考えを巡らせていると、いつの間にかアルメーヌが俺の目の前に立っていた。
「それにしてもおじちゃんは運が良いよねー。なかなか殺させてくれないんだもの」
大きな瞳をクリクリさせ顔を覗き込んでくる。
ああ、完全にロックオンってわけか。
こうなったら逃げられそうにない。
だが大丈夫だ。
とにかく死亡フラグを立てさえしなきゃいい。
それよりも気になっていることを確認するにはちょうどいい機会だ。
「運がいいかどうかは分からねえが、そう簡単に死にたくはねえな。ところでなんで俺をそんなに殺したいんだ?」
「ええー! だっておじちゃんみたいな冴えないモブ男に永遠の愛を誓いたくないじゃーん!」
こいつ、あっさりと暴露しやがった。
「永遠の愛ですって!?」
ナタリアが食いついてくる。
アルメーヌはナタリアを横目に見ながら続けた。
「あなたたちの中から最後まで生き残った人間が私と永遠の愛を誓えるの! 素敵だと思わない?」
「はぁ? 素敵だぁ? んなわけないでしょ! あんたみたいな化け物に愛を誓うとか……。馬鹿も休み休み言いなさいっつーの!」
いいぞー。もっとやれー。
「あはは! 心配しなくても大丈夫よ! おねえちゃんも殺すから」
うわぁっ。直接的すぎるだろ。
もしこれが現代の日本だったら脅迫で逮捕されちゃうぞ。
いや、少女だから許されるかもしれないな。むしろご褒美か。
「ふふふ……。そう上手くいくかしら? もしあんたが本気で私たちを殺そうとしてるなら、こんな無駄口を叩いてないですぐに殺しているはず。きっとあなたには今の私たちを殺せない理由があるに違いないわ」
やはり計算高い女は頭がよく回る。
アルメーヌの眉がピクリと動いた。
いっそのこと俺も暴露しちまうかな。
こいつは死亡フラグが立った人しか殺せないんだぞーって。
いや、待てよ。
確かミカがこう言ってたよな。
『犯人の正体や秘密をバラそうとした人って、絶対に死ぬんだよ!』
って。
うん、やめておこう。
……と、その時だった。
『幼女靴下フェチ』のジャスリーがソロリソロリとその場を離れようとしていたのだ。
アルメーヌの視界に入らないようにしている。
逃げだすつもりだな。
やめておいた方がいいのに……。
――怪物が突然目の前に現れた時、真っ先に逃げようとした人って、真っ先に殺さるんだよ!
ミカの言葉が脳内に響き渡る。
ジャスリーには世話になったが、ここで助けてやる義理はない。
そもそもあいつはイルッカの妹の靴下も盗んだことがあるらしいからな。
裸足で過ごさなくちゃならなくなった妹の姿を想像しただけで涙が出てくる。
なのにベラベラと靴下愛を語るくらいだから反省なんてしてないに違いない。
妹を悲しませた罪をその命で償うといい。
「確かにあるよー。殺せない理由。でも大切なのはそっちじゃないんだよねー」
「どういう意味よ?」
アルメーヌとナタリアが言い合いを続けているうちに、一歩、二歩と離れていくジャスリー。
きっと彼の心の中では「上手くいきそうだ!」と興奮に包まれているのだろう。
しかし、もうあんたの頭の上には立っちまってるんだよ。
漆黒の死亡フラグが……。
「ふふふ……。じゃあ、教えてあげる」
アルメーヌの雰囲気がガラリと変わった。
目が赤く光り、口が大きく裂ける。
片手には大きな鎌が握られた。
彼女の豹変にナタリアが「ひっ!」と短く叫んでしりもちをつく。
「真っ黒な旗……。みぃつけたっ」
アルメーヌはふわりとバク転しながら浮き上がると、ジャスリーの方へ飛んでいった。
「ひ、ひぃぃぃぃ! こっちくんな!」
ジャスリーが慌てて駆け足になる。
しかし逃げ切れるわけないんだよな。
ここは『死亡フラグを立てたら、絶対に死ぬ世界』なんだから――。
「ぎゃあああああ!!」
暗闇の奥でジャスリーの断末魔の叫び声が聞こえてきた。
そうして返り血で全身を真っ赤に染めたアルメーヌが、ゆらりゆらりと体を揺らしながらこちらへ歩いてきたのである。
「ふふふ……。これで分かったでしょ? 大事なのは殺せない理由じゃなくて、『殺していい理由』なの」
こうして俺たちは化け物とともに先を進むことになった。
アニメも映画も画面に映っていないところで、すげーことが起こってるものなんだな。
俺はまた一つ賢くなった気がした。