サイコパス、魔王に会う
「初めまして。私、副官のレンと申します」
「は、はじめま、して……」
「今日ははるばるよくお越しくださいました。ロキ様はもう少し経てばこちらにいらっしゃいますので、少々お待ちくださいね」
「は、はい……」
「そう硬くならずに」
そう言う、レンと名乗った杖と肩眼鏡でスーツの男性は、ほほ笑む。
悔しいけれど、僕よりかっこいい。美男子だ。
むむむ。オタサーの姫気分だったのに! ライちゃんもヴィレれんも僕よりレンさんのほう見てるー!
ついでに、通されたのは圧倒的客間。
暖炉が温かいし、ソファもふかふか。
「ゆ、油断させるためかなにか、なのか……?」
「流石の私もあまりに不用心すぎて怖くなってきた……罠だろ……絶対罠だろこれ……」
コソコソと二人が仲良くなりつつある。レンさんはふと気づいたように、眉を上げた。
「――これはいけませんね」
テーブルの上に置いてあった果物ナイフを手に取り、ヴィレれんに近づく。
「っ……!」
「失礼」
そのナイフを、迷いなく振り下ろし――
「……これでいい」
ヴィレれんの手首に巻き付いていた縄が、ハラリと床に落ちる。
拘束を解かれた異国の勇者は、目を丸くする。
「なん、で……?」
「拘束は、相手に敵意があると示すこと。自由を阻害される苦しみは、人間を人間たらしめる権利を奪われる苦しみと同義ですから」
コト、と。ナイフを置く。その手は。
「……義手?」
「おや、そちらの可憐なお嬢さんは、義手をご存じで?」
にぎ、にぎ、と。武骨な機械がなめらかに駆動する。
「僕の以前住んでいたところにはあったので。ここにあるとは思わなかったけど」
「私が個人的に趣味として作ったものです。なので、カダスでも一般的とはいえないでしょうね」
「はっ、はいっ! わ、私も初めて見ましたっ!」
「……悪魔につける道具に、興味なんてない」
レンさんは、ヴィレれんのとげとげしい口調に苦笑いしつつ、時計を確認した。
なにか、くるのか?
「そろそろなはず、ですが……」
「……」
隣にいるヴィレれんの殺気が膨れ上がる。一瞬でも敵意を見せれば、その首を刎ね落そうという、重い感情の爆発に、空気が震える。
そのときだった。
ガチャッ、と扉の開く音。
「――」
何者かの侵入。足音。一人。その姿は――
「いひゃー! おしょくなったでありましゅっ! お、お、お客人なんてぇっ、ひ、ひ、ひしゃしぶりでありましゅからなっ! ふひっ!」
「……」
「…………」
「………………」
右手に紅茶の乗った盆。左手にケーキの乗った盆。
漆黒のドレス、艶のある黒髪に切れ長の瞳。聡明で孤高という言葉が似合いそうな、クールな外見。
冷徹そうなその顔立ちを台無しにするような、紅潮した頬と、だらしなくにやけた笑み。
「ロキ様」
「「「これがロキ様!?」」」
威厳とかまったく感じられないけど、この人がロキ様!?
「あっ、あっ、そ、某が、カダスのリーダー、インクアノク・オルニー=ロキ、でありますっ! よろしくおね、おねが、おねがいしまっ! しますであああありますっ!」
びしっ、と敬礼する。
コミュ障オタクみたいな口調ホントいい加減にしてほしいけど、とりあえず。
「僕は庭瀬愛澄でーす。こっちはスライムのソーダ」
「ぴゅいぴっ!」
「ひゃー、よろしくでありますっ!」
チラッ、と視線を投げると。ヴィレれんはハッと我に返ったようで、混乱しつつも自己紹介する。
「…………あ、あー……ふぉ、フォーマルハウトの、ヴィレ、だ」
「遠いところからはるばるありがとうでありますー!」
「はあ…………?」
全然しっくり来てないらしい。
「わっ、わっ、わたっ、わたくしくし、くし、わっ!」
「ライちゃんまでオタオタしないでよ」
イライラするから。
「ゆ、ゆっくりでいいでありますよっ!」
「あっ、あっ、ら、ライ、ライと、いいますっ! あっ、そのっ、ロキ様のことっ、ずっとずっと応援しててっ、す、好きで、あのっ、全部、ホントっ」
「あっ、あっ、嬉しいでありますっ、あっ、ほんとっ」
「……ロキ様、いい加減お座りになられては?」
「あ、レン殿! いや~、それもそうでありますよね~! たはは~!」
絶世の美女のはずなのに、へにゃへにゃ笑うせいで、全く近寄りがたくない。どうなんだそれ……
「こ、これっ! 友達から貰った紅茶でありますっ! あとこれも、贈り物でもらったアップルパイ! あ、林檎ダメだったり……?」
「僕リンゴだーいすきっ!」
「ひゃーよかった! お口に合うといいんでありましゅが!」
久々に見る下界の食べ物! 食べたい! 食べたい!
「いっただっきまーす!」
「おいイズミ――」
ヴィレれんの制止を無視して、僕はアップルパイをぱくっと。
「~~~~!」
サクサクっとしたパイに、トロトロのカスタードクリーム。リンゴの優しい甘さがじんわり広がっていく。かみしめると、仄かな酸味が甘酸っぱくて、ふんわりリンゴの香りに包まれていく。
一言で言うと、
「おいひい~~~~!」
ぎゅーって目をつぶって、手足バタバタしちゃうくらい、おいしい!
お・い・し・い!
「イズミ! お前! 魔王ロキから出されたものを警戒せずに食べるだなんてなあ!」
「ふぇ? ヘンなモノ入ってる味したら、吐き出せばいいじゃん?」
「なっ」
「僕、結構グルメだからさー、わかるんだよねー、ヤバいモノ入れられてるかどうかとか。これは入ってないよ! おいしいよ!」
おいしい! サクサク! おいしい!
「お、俺はてっきり腹が減ってたから何も考えずに食べたのかと。そうか、聡明だなあ、イズミは」
まあそれもあるんだけど。本当にヤバいモノは粘膜からくるしね。
アップルパイ食って死ぬなら本望じゃない?
「んむ~、お茶も大丈夫だね。おいしい」
「じゃあ、俺ももらおうか」
紅茶のほうも、結構高級なお味。文明レベルにそぐわないおいしさ。
……ってか、パイって。カスタードクリーム、って。
誰からもらってんの、こんな現代ちっくなもの。
「お、お前らなあ! ロキ様の目の前でそのような失礼な発言をっ!」
「い、いえいえっ! 警戒するのは、当然でありましょう。少し寂しいことではありますが、それを超えて信頼関係を少しずつ、築いていけたら、ってかんじであります」
「何という寛大さ! 私感動しました!」
「み、皆様、元気いっぱいですね……」
ライちゃんが信者になっちゃったから、レンさんしか常識人がいない。困ってるなあ。
「さあて、王様。いろいろ教えてほしいんだけど」
「はいっ、なんでありましょう!」
何から聞こうかなあ。
じゃあ、まあ。
「カダスの国のなりたちについて、聞かせて! 王様の人生の歩みを一つ!」
「そ、某の人生……でありますか? う、うーん。あまり面白くもないような話でありましょうが、ま、まあ。わかったであります!」
コホン、と咳払いをして。王様は訥々と語り始める。
「……某は、ずーっとずっと昔。まだ国がフォーマルハウトしかなかった時代。フォーマルハウトの街はずれで生まれたんであります。お母さんは病気で死に、お父さんも同じ病気で死に、家族は一人もいなかった」
いいなー、ってつぶやきは、流石に飲み込んでおこう。
「でも、お友達はいたんでありますよ。お日様みたいに笑う、とってもかわいい女の子が。明るくて、正義感が強くて、人並みに自分勝手で。某のために、よく笑って、よく怒ってくれた、強くて優しい女の子が」
その子のことが好きだったんだろうなって、伝わってくる話し方だった。声が暖かくて、柔らかい。
「その子の家で、某は暮らしたんであります。一緒にご飯を食べて、一緒に寝て。いっぱい話しをして、笑って、泣いて、青空を眺めて、夕日を浴びて、星に祈って。幸せな日々だったであります」
そこで、すっと、彼女の顔が陰った。
「でも、ある日。某の顔に、鱗が出て。悪魔として国の外へ追放の命令が下されたんでありますよ」
魔王は頬をなぞる。
そう、彼女の肌は一部、ボロボロと魚の鱗のように形を変えていたのだ。グロテスクに思えるその鱗は、よく見れば首のほうまで広がり、首元は変色さえしていた。
いかにも不気味で異様な、奇病。奇形。直感的に抱く嫌悪感。
悪魔の名にふさわしい容姿。
「焼き印を入れるために、何日間か牢屋で過ごして。ずっと泣いていた某に、声をかけたのは、例のお友達でありました。その子と、約束したんでありますよ」
懐かしむような魔王の表情。
(なんでその子ども、牢屋に忍び込めてるの?)
浮かんだ疑問は、意図的に彼女が語らなかったとみて間違いなさそうだ。
「『二人で、この世界を変えるんだ』って」
浮かぶ笑み。邪悪なものではなく、純粋で無垢な。
悪魔の王らしからぬ笑顔だった。
「二人でいっぱい話をして、作戦会議をして。それがきっかけで、某はカダスの国を作ったんであります」
「結構省略したねー」
「長くなるだけでありますからな」
嘘の下手な人だ。
「レン殿という敏腕の副官がいてくれたのが、救いでありました。某、運がよかったんでありましょうな」
照れたように頭を掻く彼女に、裏があるとは思えない。けれど、どうも。
嘘はついていなくとも。語っていないことは、ある。
「ねー、なんで魔王サマは、死刑じゃなく追放だったの?」
追放が慣例になったのはカダスができてから。カダスの建国者が追放されたのは、何故か。
これも、意図的に伏せられた情報。
「それは……某の、お友達に関わることでありますので、言えないであります」
「ふーん」
まあ、魔王の友達だーなんてフォーマルハウトで知れたら、一族が虐殺されかねないか。
っていうか。
「魔王様って不老不死?」
「えー、多分?」
きょとんと首をかしげられても。
「カダスの歴史は浅いであります。40年前、作ってー……だから、某は今年で54? になる? んでありましたかな?」
「と、とてもそうはみえないといいますかっ! ほんと美し、うつっ、可憐っ、尊っ、はあっ、ほん、ほんと、好き……好きです……ひっく……」
「が、ガチ泣きしてるぞコイツ……」
まあ、カダスの人にとっては神様みたいな存在なんだろうけど。
「イズミ、騙されるなよ。コイツは魔王だ。我らフォーマルハウトの人間たちを喰い散らかすグールの王だ」
「え、ヴィレれん、本気で言ってる?」
「あっ、あっ、お客様を退屈させちゃうでありましゅよねっ、あっ、UNO!? UNOするでありますかっ!? あっ、某バルーンアートできるんでありますよっ! よかったら、あ、でも興味ないでありますよね……あっ……あっ……うるさいかったでありますよね……もうしわけないであります……」
「あ、あれはぁ! 俺たちをぉ! 油断させるためのぉ! 演技だっ!」
ヴぃレれんの動揺が激しい。
もうなんていうか、そうであってほしいって祈りに近い。
「ああもう! はっきりさせてやる! おい魔王ロキ!」
「ひゃ、ひゃひぃっ!」
ビクッ、と体を震わせた魔王様は涙目。
「お前は、フォーマルハウトにグールを送り込み、何の罪もない人間の命を奪う、悪逆非道を行っている! そうだろう! 俺は知っているんだ!」
ヴィレれんは思い切り噛付く。
牙を見せて叫ぶ彼は、女王の襟首をつかみあげる。
「お前はフォーマルハウトを滅ぼそうとしている、そうだろう! 罪のない人間を! 俺の母親を! 弟を……! お前は奪った! 奪わせた!」
肉薄。響く怒号。
彼の感情が空間を包み込む。
憎しみが、怒りが。
悲しみが。
「俺はお前を許さない! 俺はグールを! お前を! カダスを! 絶対に許さないっ!」
圧倒される剣幕を前に、ぼうっと彼を見つめていた魔王が。
息を、吸って。
「……ポンペロ、の村が」
おおよそ予想していた返答とは、違う切り口。
「……ポンペロの村が焼けたと聞きました。貴方が、焼いたのですか」
魔王の、震えた声。動揺で、揺れる瞳。
否定してほしいと、祈るような。
弱弱しく、情けない眼差し。
「ああ、そうだ。それがどうした」
「そうで、ありますか……」
お前だって罪のないカダスの民を殺していると責めるか。
憎しみの連鎖は無意味だと説くか。
自分たちはそんなことをしていない、何も知らない、お前たちは誤解や逆恨みで人を殺していると真っ向から対立するか。
さあ、どうなる?
「……」
女王ロキは、なにも口にしないままに。静かに。
「……」
涙を、流した。
「……っ、なん、で」
何も言わないままに、悲し気に目を伏せて。静かに涙を流す。
「なんで、お前が泣くんだ!」
勇者は、混乱を隠しもせず、身を離してよろめく。
「……お前は、違う……!」
頭を押さえ、歯を食いしばりながら、呻いた。
「……ぅ、……うぅ……!」
吐き気を堪えるように。今までの思い描いていた世界に、拒絶されながら。
「お前は魔王ロキじゃない、偽物で、本物は、この光景を見て、笑っているんだ、そうだろ?」
彼は、自らが口にする否定の言葉が。
「そうだと、言ってくれよ……!」
間違っているのだと理解していながら。
それでも彼は、力なく現実を否定することしか、できない。
「レンさんが黒幕って線はありそうだけどねー」
「ご冗談を。ここにいる人が、……実直であまり賢くない人が、カダスの王ですよ」
唇をかみしめ泣き続ける国王の頬を、そっとハンカチでおさえる副官。
「私はこの愚かなほど優しい、愚直な彼女を愛しています。支えたい。カダスは、ロキ様のような、国であってほしいと思います」
冷たい金属の腕は、優しい手つきで、そっと涙を拭いていく。
「フォーマルハウトにいいようにされるままの国?」
「……なにがあろうと、相手をいつくしむ気持ちを、忘れない国です」
「文句も言わずに黙って死ぬ人たちの国?」
「語句は手厳しいですが、的を射ていますね」
性格の悪い煽りをしても、レンさんは穏やかにほほ笑む。
「受け入れろとは言いません。暴力からは、逃げだす。それが最善解だと思うのです。暴力に暴力で返せば、そこには憎しみが生まれます。こちらが攻撃さえしなければ、憎しみは生まれないのです。そうしなければ、話し合いなどできません。理解し合うことなど、できません」
「綺麗すぎじゃない? 対等になれるくらい戦力を整えて、話し合ったほうが現実的だよ?」
実際、カダスはフォーマルハウトと和解なんてしていない。
それどころか、国内で差別が生まれている。
「それでも我々は、非暴力を徹底しています」
「自分たちの大切な国民が死ぬのを黙って見てたわけだ」
「ええ。こうやって国王と共に、涙を流しながら、見ていました。ずっとね」
この人は、王様と違って。ひどく聡明だ。
聡明だからこそ、この判断をしたとすれば。きっとそれは。
「非暴力で、無力。実直だからこそ、伝わるものも、あるということですよ」
彼はそっと、頭を抱えてうずくまる勇者を見つめた。
「誠実さの力は、小賢しい策略なんかじゃ測り知れない力があるんですよ。リトルレディ」
「……そ」
まあ、小手先じゃなく、直接感情に訴えかけるのは、人間相手には有用だ。認める。
誠実。
理屈じゃないとか、そういうの。
僕の一番苦手な戦略。
「彼女が、愚直であったからこそ。今日という奇跡を前に、我々の策はほぼ成功したと言って過言ではないのです」
「……ふうん?」
肩眼鏡の麗人は、僕らにそっとほほ笑む。
「――皆様、このタガの外れた世界で、英雄になる気はありませんか?」
理性的なその声は、決して冗談を言っているようには聞こえなかった。
眼鏡の奥の瞳もまた、ひどく冷静。
会ったばかりの客人にかけるには、重すぎるその言葉を。
いとも簡単に。
「れ、レン様、何故、そのようなことを、我々に……?」
「フォーマルハウト、カダス、そして異国の民。この世界の歪みを見抜き、正す可能性を持つ組み合わせだと感じましたが?」
わかっているじゃないか。
「それぞれの目で見て、考え、肌で感じ。この世界の真実を知ってください。あなた方こそ、変革をもたらす新たな英雄に相応しいかと」
だが、わかっていない。
「英雄じゃなく、世界をひっかきまわす悪魔でもいいなら喜んで」
「契約成立ですね」
そっと握手を交わす。
「お、おいイズミ!」
「いーじゃん? もともとそのつもりだったし」
即答して受け入れたこの人の本心も気になるところだ。こういう人間は味方になっていると心強い。
まあずっと味方でいてもらう気はない。
(……コイツの脚本通りに踊ってやるつもりはない)
そんな退屈、お断りだ。
「さて。契約成立のメリットとして、もうちょっと突っ込んだ質問してもいいかな?」
「勿論、お答えしますよ」
「じゃあ遠慮なく」
一番の疑問を。
「――悪魔なんて、本当はいないんでしょ?」
「「……は……?」」
質問の意図が分からない、というように目を白黒させるのは、ライちゃんとヴィレれん。
この馬鹿げた世界で踊らされていた、哀れな人形たち。
「様々な障害者や孤児、犯罪者といった異端者をそう呼んでいるだけ」
僕が一番気になっているところ。
「悪魔なんて本当はいない。いるのはただ、同じ人間」
「そんなわけがあるか! 悪魔がいるから、身体が――」
「そうであります」
「え……」
答えたのは、魔王。
美女は、憂うように窓を見つめたると、ゆっくりとこちらに視線を移す。
薄い唇が開かれる。
「この世に悪魔なんておりません。この世界にいるのは……人間だけ」
「……は」
「え……?」
まあ、予想通り。
「ふふっ」
この世界は、――狂っている。