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サイコパス、貧しい国を歩く


『まっず』



 初めて神社に行った日。


 じじいに出された料理を食べて、言った言葉。


『味しないんだけど。ねえ、ソースは?』

『ない』


『じゃあ、マヨネーズ』

『ないのう』


『……醤油』

『あるわけないじゃろう』


『はあ?』


『ここにあるのは塩だけじゃ』


 言われて呆然とした。そのあと、帰るって飛び出して、熊に一撃で倒されて、すごずご神社に戻って。


 朝にはまた、味をしない飯を食った。


『まずい』


『罰当たりな奴め』


 じじいは、ポリポリと白菜の漬物を食べながら。


『お主、前まで何を食っとった』


『……カップ麺とか、レトルトカレーとか、ハンバーガーとか、チキンナゲットとか、チーズケーキとか、コーラとか……』


 家族を見殺しにして、ジジイにもらわれるまでの期間。気ままに一人暮らしってのをしてたから。冷凍食品やらファストフードにはお世話になったものだ。


 じじいは深々とため息をついた。


『食とは、いわば人間を作る行為。食べるものを選ぶことは、己の材料を選ぶようなものじゃ。わかるか、坊主』


『へえへえ』


 そういえば、これがじじいに初めてされた説教。


『人間が本来食べるはずがなかったものを食べていると、人間でなくなる。歪みが大きくなり、狂っていく。不純物の混ぜ込まれた、異質で滅茶苦茶なものを食べれば、猥雑な人間になる』


 逆に、と。


『純粋で綺麗なものを食べれば、美しい人間になるものよ』


『……じじいはちっとも美しくありませんけど』


『美醜ではない。清廉潔白、温厚篤実。精神的な強さのことじゃ』


 ばかばかしい。


『食い物なんかで、そんなの決まるわけないじゃん』


『ほれ、醜い心の奴はそう言うんじゃ』


『……まっずーい!』


 あの頃は、味が全然しなくて。ドレッシングなしでサラダを食べてるってかんじで。


『今まで味の濃い下品なモンばっか食っとったんじゃろ。だんだん味覚は治る。我慢せい』


 そんな風に言われて。納得なんて、全然しなかったけれど。


(そういえば、最近は……)


 あんなふうに、苦痛に思わない。


 前はしょっぱくしすぎるからと、任せてもらえなかった食事当番も、できるくらい、慣れて。


(野菜の味わい深さ……キノコの豊潤な香り……山菜の瑞々しい食感……川魚の身の甘さ……)


 わかるように、なった。


 だって、現に。この世界の水は、あの山の天然水とは、全然違う味がする。


 あの山の水は。透き通って、きらめいて、滝の水しぶきは、水晶のように、輝いて。


(昔の、僕は……自分が何を食べているのかも、分からずに、食べてきたんだな……)


 何が混ぜられているとか、そういうの、わからないで。


 でも、今は、分かって食べていて。


(あ、夢から覚めそう……)


 味の違いが、わかるくらいになったんだ。


 僕は、少しでも、美しくなったってことだろうか――



                ■ ■ ■


「イズミはぜーったいフォーマルハウトにつく!」

「いーやカダスだ!」


「フォーマルハウト!」

「カダス!」


「おはよ~」


「「おはよう!」」

「みゅぴ!」


 というわけで! 僕を巡っての争いが勃発です☆


 対戦者は、僕がかわいいから味方につけたいヴィレ選手と、僕を敵に回したくはないライ選手です! いやー実質ハーレムだね。困っちゃうね。


 今回のルールは簡単。お互いの王宮訪問を通して、たくさんの魅力を紹介し、いかに僕を仲間に引き入れれるかという対決になっております。


 庭瀬愛澄パーティーはとりあえず、カダスの都に来ておりまーす!


「……はあ、グール臭い……」


「黙ってついて来い」


「俺はお前の言うことを聞いてるんじゃない。イズミに従ってるだけだ。偉ぶるな食人族が」


「あ?」「お?」


「仲良しそうでなによりだねー、ソーダっ」


「ぴっ!」


「「仲良しじゃない!」」


 カダスの都は干からびた黒の森に囲まれ、雪が降り積もっていた。厚手の布を纏った住人たちが、寒そうに裸足で歩いている。指は何本かない。


「都、寂れてない? むしろ極寒ってゆーか、人少ないよね」


「ああ。都は雪が降り積もっているからな。食物もない。ロキ様の城以外なにもないんだ。ここにいるのは、王様に用のある人間か、カダスの中でも最下層の人間かのどちらかだな」


「最下層? 我々からすれば、全員低俗な鬼に変わりないが」


 ヴィレれんが鼻で笑う。


「村では体が完全体に近ければ近いほど差別される。自分の身を傷つけるような刃物も、手に入りにくいからな。凍傷で腕の一つもなくせば、村で受け入れられるだろうと、ここに来る人間も多い」


「……本当に、愚かだな」


 へー。


 自分の体を削るために訪れる辺境の地に王様がいるなんて、変なの。


「イズミ、寒くはないか?」


「うん? 僕は平気! この服冬はあったかくて夏は涼しいんだよね」


 神社に代々伝わっている巫女服らしい。ジジイからのもらい物なのに燃やさないのは、着心地がいいからっていうのが大きい。


「その服、魔力が織り込まれてるみたいだけど、初めて見る種類の魔力だ」


「……あーね」


 あのジジイやべぇもん渡しやがってたのか。オイ。


「あれがカダスの城だ。あそこにロキ様がおられる」


 寒さに強いのか表情一つ変えてないライちゃんが、指をさす。見上げるとそこにあったのは、雪に埋もれた物々しい巨大な城だった。


 ところどころ風化した白と黒の城は、西洋風というか。静かに雪が降り積もる墓地で、天を仰ぐ骸のようだった。


 禍々しく、神聖で。美しさの中に、仄かに香る狂気。


「いかにも魔王が居そうな城だな……」


「ほんとほんと」


「ぴぴゅい」


「貴様らロキ様になんと失礼な……!」


「っていうか、今更なんだけど、会いに来て会えるものなのか?」


「あーうーのー!」


「みゅぴっ!」


 腕をブンブンして主張する。ヴィレれんはよしよしと頭をなでてくれたけど、ライちゃんは不気味なもの見るように目を細めてから、咳払い。


「おそらく会えると思うぞ。ロキ様は心優しい方だ。カダスの民の声を聞くのは喜びだと語ってくださった……らしい」


「「らしい?」」


「わ、私は実際にお会いしたことはないから! う、噂しか! だな!」


 こういう伝聞系の情報が一番信用ならないんだよ。はあ。


「まあ、ヴィレれんをとっ捕まえたって体でお話すれば、いろいろわかるでしょ」


 流石に一国の主に世間話しにアポなしで行って会える気もしない。なら切れる手札なんて、フォーマルハウトの民を捕縛したと持ち掛けるくらいしかない。


「ヴィレれん、ごめんね、こんな役回りで……」


「構わないさ。この手首の縄、すぐ解けるように結んでくれているし」


「は!? おいイズミ!? 聞いてないぞ!?」


「てへりん☆」


 最悪の状況は考えておくべきだ。


 魔王ロキが、敵国のヴィレれんも、怪しげな外部の僕のこともその場で殺して。その事実を知ってしまったライちゃんも殺して。スライムは踏みつぶして。そうなったら、全てが終了。面白くない。


 カダスの人間が魔法を使えないなら、ロキも使えないはず。ヴィレれんの戦力は圧倒的だ。僕を裏切ることもない。多分。


「怪しげな行動を取れば、俺が奴の首を落とす」


 なにより、彼がこの中で一番ロキを警戒している。殺意に気づかないわけがない。


 とても良いセンサー。僕も安心して他のことを考えられる。


「会ってすぐ殺しちゃだめだよ? ちゃんとお話ししてからね?」


「……イズミに信用してもらうためだ。魔王ロキが最低最悪だとわからせてからじゃなきゃ意味がないからな。了解だ」


 ヴィレれんは惚れっぽいけど、結構頭がいいし強いしで使い勝手がいいんだよね。


 さて。魔王ロキ、か。どんなのなんだろうねえ。


「あ、おーい! 門番さーん!」


 城の近くまで来ると、門番の人が立っていた。目の見えない人なのか、目を黒のバンドで覆っている。白髪の女性だ。


「こんにちは、愛らしいお嬢さん。それと、カダスの方と……フォーマルハウト、の?」


 僕は声。他の二人は足音か。流石に鋭敏な聴覚だ。


「そうでーっす! 僕はどっちの国の人でもないんだよね、変な音だったでしょ」


「ええ、聞いたこともない履物でした。なるほど、そういわれると納得です」


 流石に草履は聞いたことないだろうねー。


「あとあと、スライムのソーダもいるよっ」


「ぴゅいぴっ」


「えっ、えっ、す、スライムですか!? 私スライムって触ったことがなくて、あ、あのよろしかったらちょっとだけ、いいですか……?」


「みゅぴ~……」


「わぁっ……! ふにふにでふわふわっ! かわいいですねー!」


 門番さんめっちゃ女の子だった。かわいいなあ。


「あのね、よかったらロキ様とお話ししてみたいんだけどね?」


「ああ、ロキ様と。珍しいですね。ここまで寒かったでしょう。早く中へどうぞ」


 ギイ、と開く門。


 おや。

 まあ?



「……。いや、いや待て!?」


「は、はい? なんでしょうかフォーマルハウトの方」


 ヴィレれんがライちゃんみたいな顔でツッコむ。


「なんでしょうかじゃない! おかしいだろうそんな、お、俺は敵国の人間だぞ!? あっさり門を開くな! せめて理由を聞け!」


「あ、フォーマルハウトではそういった礼節の文化、が……?」


「そうじゃない! そうじゃないだろ!? お前魔王が殺されるかもとか考えないのか!? 非国民か!? おい貧乳! グールは全員馬鹿なのか!?」


「私を身体的特徴で呼ぶな童貞!」


「どどどど童貞ちゃうわ!」


「ほら行くよ、二人とも」


 盲目の少女はいきなり怒られて驚いている様子だった。本当に理由がわからないんだろう。嘘をついているとか、油断させるためとか、そういった様子は全然ない。


 少なくとも、この子には。


(これはどういうことかな……?)


 踊る胸を抑えつつ。

 僕たちは、建物の中へと足を踏み入れる。





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