サイコパス、異世界に行く
《ありがとう、あなたのおかげでこの世界は変われたわ》
にっこりと笑う、とがった耳の少女。
《はあ、世界を救うなんて面倒ごと、二度とごめんだぜ》
制服の少年は、ニヒルに笑いながら、すうっと透けていく。
《ねえ、また会える?》
《ああ、いつかきっと》
キラキラした瞳で見つめあう二人。
キラッキラの背景。
《私、あなたのこと、忘れないからっ》
《……幸せになれよ》
泣くヒロインの女と。クールぶる主人公の男っていう。
そういうかんじの。アレ。
「っ、ぐすっ」
隣で、テレビ画面を見てる涼子ちゃんは泣いているけれど。
「うへぇ……」
僕はげんなり顔。
「ひっく、うっく……!」
「……よしよし」
まあ、涼子ちゃんの泣き顔はそそるから、いいか。
豊満ムチムチボディの涼子ちゃんは。黒髪ロングでクールビューティーなキャリアウーマンって雰囲気の女性だ。峰不二子みたいな体型をしてる。IよりのHカップらしい。
大きいおっぱいは、いいね。
『は~……泣いちゃった。恥ずかしいな~』
エロい体の割に、性格はただの女の子。
彼氏はいない。いたこともなく、処女。
ファーストキスは僕。
まあ実質僕が彼氏だ。
『そんなによかった?』
首をかしげると、彼女は慌てたように手をわたわたさせて。
『……愛澄君はあんまりこういうの好きじゃなかった?』
上目づかいできいてくる。
う~ん。
多分。涼子ちゃんは、僕が十五歳なことを考慮して、アニメ映画をチョイスしてくれたんだろう。子供扱いされるのは好きだから、別にそれはいい。
「それにまあ、アニメは好きなんだけど……」
「 ? 」
えーっとねえ。
『異世界に転生して~、っていうのがあんまり好きじゃないんだよね、僕。それに、みーんな幸せな世界で、だーれも不幸になってないハッピーエンドっていうのが、偽善的でうえーってなっちゃう』
映画が悪いというより、僕、庭瀬愛澄に深刻な問題があるだけなんだけどさ。
「……っふ」
小さく笑った涼子ちゃんに、ぎゅっと抱きしめられる。
ふかふかのお胸にうずまって、至福のひとときってかんじ。
よしよし、ぎゅうぎゅうといーっぱい涼子ちゃんに可愛がられて。
『愛澄君らしいね』
そんな風に笑われる。涼子ちゃん、好きだなあ。
僕と全然違うのに、一つだけ似ているから。
『じゃあ、愛澄君が異世界に行ったら、どんなふうになるのかな?』
『少なくとも、勇者にはならないなあ。主人公向きじゃないし、僕』
『そう? とーってもかわいいけどなあ』
まあ、かわいくはあるだろうけどさあ。絶世の美少女だろうけどさあ。
あ、男だけどね。
『主人公の条件っていうのは、共感できる存在かどうかってのが重要なの』
『共感?』
『感情移入するためには、どういう心情なのかよくわかる必要があるでしょう? 僕は誰にも共感されたりしないだろうから』
『そうかなあ』
巫女服着てる美少女顔の少年って時点でアレだし。
中身はもーっとアレだし。
でも、誰にも共感されないって、改めて自分で言うと、事実とはいえ……
『誰にでもあるよね、誰も自分の気持ちをわかってくれない! って時期!』
「涼子ちゃんが人のことを厨二病扱いしてくる……」
「 ? 」
きょとんとする彼女のほほに、ちゅっとキスをして。
「 !? 」
『ごはんの支度しよ』
「 ! ! !? 」
「あはは」
真っ赤な彼女を置いて、厨に行く。
「……異世界かあ」
さっきみた下らない映画を思い出して。
「行ってみたいなあ」
少なくとも、僕が今まで十五年生きてきたこの世界よりずっと、楽しめそうだ。
こんな退屈しかない世界より、ずっと。
ほかほかに炊けたごはんを、三人分お茶碗によそって。
「はあ、なんか楽しいことないかなあ……」
碗の一つに、ポキリとガラスの体温計を折って。中の液体をふりかけ――
「わしの飯になにしとるんじゃクソガキ!」
後頭部にまな板が直撃した。
「いってぇなこのクソジジイ!」
「混ぜ込み水銀ご飯を食わせようとしておいてよく言えたな!」
「うえー? おぼえがないなー? こんなかわいい巫女が神主様にそんなことするわけないじゃないかあ☆」
「狂った孫を持つと一苦労じゃのう……」
それでも、僕を一苦労で済ますこのじじいは化け物だと思う。
「いい加減この山の上の神社から出せっての! 監禁だ! 幽閉だ! 誘拐だ! 妖怪虐待ジジイだ!」
「まあそうじゃ」
「認めやがる!」
ここは、九頭神社。縷々家山の山頂にぽつんとある神社。
来る人は滅多にいない。
田舎というより、秘境。
電気はきてるけど電波は飛んでない。
僕は神主であるこのクソジジイ、能田崇徳に引き取られ、ここに連れてこられた。
「じじいと一緒だと平気なのに、僕だけで降りようとすると熊とか猪が襲ってきやがるんだよな……」
「のほほ。あやつらはわしの子分みたいなもんじゃからな」
大人しく巫女として過ごすか、逃げて野生動物の餌になるか。
デッド、オア、巫女。
しぶしぶ巫女をしながら、もう一年くらい経ってる気がする。
ここ、カレンダーないからわかんないけど。
「あぁああもおおお高校に行かせろ! キラキラ光る青春を謳歌する人間が集まる最高の聖地、高校に行かせろよぉおお!」
「うるさい! お主のような悪童世に放ってみろ! 大迷惑だ! 国がお前に費やす時間が惜しい。日本には高齢者を優遇する政策をガンガン作ってもらうんじゃ」
「……あとは死ぬだけの生き物に金を使うなんてどうかしてる」
「お主に人権があるほうがよほどおかしいじゃろ」
「それはまあ、そうだ」
じじいのくせにまっとうなことを言う。
「お主はここで禁錮刑じゃ。おっさんになるまで巫女服を着ておれ。見てくれはいいんじゃ。黙ってやさしくわしに耳かきでもしてみい?」
「脳髄全部掻き出してやる」
「いやーん、じじいこわーい☆」
殺す。
『愛澄くん、お手伝いに来ました~』
「あ、涼子ちゃん」
「りょーこちゃーん♪」
じじいがスキップしながら涼子ちゃんに抱き着く。
『かっ、神主様!? あの、抱き着かれるのはちょっと……!』
「ん~エプロン姿の涼子ちゃんもいいのう。なによりこのマシュマロのようなふわふわのおっぱいがたまらないの~う」
血縁を感じつつも。
「ジジイ~☆ なに僕の彼女にハラスメントしてんだ?」
「どうしたクソ孫、涼子ちゃんはワシの彼女じゃぞ。嫉妬とは見苦しいのう」
「あ? 涼子ちゃんは流木みたいなジジイにゃもったいねーっつーの」
「巫女服ですごまれてもかわいいだけじゃぞ、ちんちくりん。ションベンくさいガキは黙ってろい」
『あの、二人ともお顔が怖いような……』
「「なんでもなーいよ~☆」」
血のつながりを感じつつも。
『じゃあ、ごはんにしましょうね!』
涼子ちゃんは、美大生らしい。教授の紹介で、こんな山奥の神社まで来ては、絵を描いている。
神社の奥の蔵は涼子ちゃんのアトリエになっている。画材を抱えて登山、書けたらそれを背負って下山。なかなか根気と体力に満ちたお姉さんだ。
町から戻ると、さっきみたいにお土産で映画を買ってきたりする。
僕の山下りに協力してもらうため、懐柔できないかと企んだこともあったけど、なかなか手ごわい相手なんだよなあ。
だからわりと好きなんだけど。
『いただきます』
三人でご飯を食べる。
もぐもぐ。
うん。
「あいかわらず、まずい飯」
「黙って食えい」
食べるけどさ。
『今日異世界にいく映画を見ました』
「そうかそうか。よかったの~涼子ちゃん」
デレデレ顔のスケベジジイをにらみつけていると。
ふいに。
「おい、愛澄」
「……ん」
クソガキ、じゃない呼び方が珍しすぎて。反応が遅れた。
「お主、異世界に興味はあるか」
「……」
イセカイ。こことは、異なる世界。
この、退屈で埋め尽くされた、狭い檻の中みたいな世界とは、違う世界。
羽を伸ばすことを許されない、この退屈な世界とは、異なる世界。
「ある」
妙に、その声が、響いた気がする。
「……ふむ、そうか」
顎に手を当てるじじい。
「……まあ、面白そうではあるかのう……」
ぼそりと呟く声は、うまく聴き取れなかった。
■ ■ ■
『愛澄、お弁当は持った?』
『お兄ちゃん、途中まで一緒に行こう!』
『……いってらっしゃい。気を付けるんだよ、愛澄』
よく笑う家族だった。
『また百点!? 自慢の息子だわ。きっと私に似たのね』
『お兄ちゃん私よりかわいいからずるいよー! 私の好きな男の子に、今度お前のお姉さん紹介してって言われた……ショック……』
『愛澄はグルメだから、外食につれていきがいがあるな。……ママと愛海には秘密だぞ』
溌剌と、輝いた眼をする家族だった。
多分、暖かい家族だった。
僕もまあ、気に入ってはいた。
家族愛なんて、家族という役柄を演じているうちに抱く錯覚でしかなくて。結局は他人同士で。そこには、なんにもない。
ただの、別個体の猿。
それでも。
『愛してるわよ、愛澄』
『お兄ちゃんのこと、大好き』
『愛澄は、大切な家族だよ』
僕にも確かに愛が存在しているような気がしたんだ。
愛という、よくわからないなにかが。
それを、確かめたかった。
確かめたかったんだと思う。
だから僕は。
僕は。
(本当に――?)
■ ■ ■
「おい、起きろ!」
煙の匂い。
パチパチと弾ける火花の音。
「っ!?」
目を開けると、そこに広がっていたのは――
火の海。
赤く波打つ火と。
肌を炙るような熱風。
そこかしこで上がる、悲鳴。
怒号。
断末魔。
混沌と題された絵の中に、迷い込んだかのような。
地獄絵図。
「お前、大丈夫か!」
声をかけられて、意識が覚醒する。
「あ、う、うんっ!」
「見ない顔だが……いやどうでもいい! 走るぞ!」
「わわ、わかった!」
ボロ布を纏った黒髪の少女は、僕の手を引いて、炎に飲まれる村から脱出を図る。
黒い煤にまみれた肌。意志の強そうな瞳。
見知らぬ僕を起こしてくれた、心の優しい子。
正義感の強い子。
「あ、あの! 君の、名前は!?」
「ライだ!」
こちらに背を向けたまま、答える。男の僕が全力で走っているのに、追いつくのがやっとのスピード。足早いな、この子!
煌々と立ち上る火が、闇夜を照らす。
まるで昼間のように明るい。
「なんで村燃えてるの!?」
「フォーマルハウトの男に村の場所をかぎつけられたんだ!」
走りながら、思考を整理する。
僕の服装は巫女服。
うん、普段通り。何ら違和感はないね。
「ここどこ!?」
「ポンペロの村だ! お前大丈夫か!?」
後ろを振り返りながら、街並みを確認する。
木を組んで葉をかぶせたもの。
石を並べて壁ができているもの。
全て業火に包まれてはいるが、それでもわかることはある。
こんな文明レベルの街を、僕は肉眼で見たことがない。
おまけにほっぺたを抓ったら、とっても痛かった。
つまり。
結論は、一つだ。
「もう大丈夫!」
「大分様子がおかしかったが!?」
「うん!」
僕は満面の笑みを浮かべる。
「異世界にワープしただけだった!」
「『だけ』なのかそれは!?」
「ごめんね変なこと尋ねちゃって! 驚かせたよね!」
「お前の発言とリアクションの差に一番驚いてる!」
「ほら真面目に走って!」
「誰のせいだとぉおおおお!」
瓦礫や死体をひょいひょいっとよけながら、炎の村を駆け抜ける。
(ん……?)
その死体のすべてが、ひどくやせこけている。
服装も、服というより、布。
明らかにこの村が貧しかったのだと分かる。
(んー……?)
死体を見ていて、もう一つ気が付いたことがあるが。
(……これは確定的じゃないなあ)
また焼死体をひょいとまたぐ。
声はない。ここにいるのは死体だけ。
(みんなすっかり焼け死んだみたいだね)
丁度、そんなことを考えていると――
「……おかぁあさぁあああん……おかぁああさぁああああああん!」
遠くから、子供の泣き声。
「っ」
先行していた少女は、ぐっと止まり、声のした方へ体を向ける。
「ライちゃん?」
「ここをまっすぐだ! そうすれば森に抜けられる! お前は先に行け!」
「こども、助けに行くの?」
「当たり前だ!」
ゴウッと周囲の炎が、彼女の声に呼応したように揺らめく。
強い瞳で、強い声で。
その目に映るのは、穢れない何かだった。
僕は、キラキラと光るなにかに突き動かされるように、語り掛ける。
……確かめたい。
「待って」
駆けだそうとしたライちゃんの手首をつかむ。
逃がせない。
「それはただの偽善だよ」
僕は見たいんだ。
彼女の中にある、『何か』を。
「気づかない? こっちの道の死体はほとんど焼死体だけど、そっちの道の死体、ほとんどが外傷で死んでる。向こう側には、この火を放ち、彼らを殺した張本人がいるんじゃないの?」
「っ」
「それとも、くだらない正義感のために無駄死にしたくて言ってる?」
彼女は、肩を震わせて、僕を睨んだ。
さあ、聞かせてくれ。
――君の答えを。
「――聞こえたんだ!」
黒髪の少女は、透き通った紫苑の瞳に僕を映す。
「私が行く理由は、声が聞こえた、それだけだ」
赤の光に照らされながら、その目は美しく輝く。
「偽善で結構! 私は、子供を見捨ててまで生きようとは思わない!」
ああ。
「私は死にたいわけじゃない! ただ!」
なんて、眩しい。
「はじめから諦めている人間には、なにも変えられないと、知っているだけだ!」
「……」
ガン、と。頭を殴られたかのような錯覚。
(はじめから、あきらめている人間、ね……)
胸の奥に響く、人を惹きつける声。
何者にも曲げられない、強靭な意思。
「ふふっ」
ああ。
彼女こそ。
まさしく、僕の求めていた――
「あっはっはっは!」
最高だ。
「何を笑っている!」
「ごめんごめん」
僕は、スルリと彼女の手を握る。
「――僕も行く」
「っ、勝手にしろ!」
彼女は駆けだす。村の中央のほうへ、何の迷いもなく。
自らの死など、思考の外。
ただ子供を助けるために、一直線に走る。
非合理的で、直情的で、とても人間らしい。
「いた!」
道の先にいたのは、瓦礫に足をはさまれた少年だった。
「おい、大丈夫か!」
「熱いよぉおお! おかぁあさあああん! おかぁさああああん!」
瓦礫の奥には、ダラリとした女性の腕が見える。
まあ、あれがお母さんの死体なんだろう。
「今、出してやる! っ! ぁああああああ!」
たくさんの瓦礫の乗った木を持ち上げるライちゃん。
当然ビクともしない木材。火の手はどんどん強まっていく。
彼女の隣にしゃがむ。
「二人でなら、なんとかなるかもよ?」
「……、よ、よし! いくぞ、せぇええのおおおおおお!」
ぐっ、と腕に力を籠める。ほんの少し浮き上がった板から、少年が身をよじって足を引きずり出す。
「よしっ……!」
パッと手を放したその瞬間だった。
助け出せた喜びが。彼女に、一瞬の隙を生んだ。
地面には、見覚えのない人影。
「――ハッ、油断したな、グールども」
次の瞬間。
銀の斬線が見えたかと思うと。
助け出した子供の
首が、
飛んだ。
「――」
吹き上がる血液。
ゴロゴロと転がる頭部。
涙で塗れた顔にも開かれたままの眼球にも、砂が張り付く。
静かに広がる血だまり。
「……」
僕はとっさに口元を手で覆う。
(ふふっ……!)
浮かんだ笑みを隠すために。
「貴様っ、貴様ぁあああああああ!」
「喚くな諸悪の根源! 貴様らグールに慈悲などない!」
精悍な顔つきの青年は、正義に輝く瞳で真っ向からライちゃんを睨み返す。
その声にも、顔にも。罪の意識や、悔いるような憂いはない。
むしろ、悪を滅ぼす快感にその瞳を爛々と輝かせている。
(ああ、なんて……!)
詳しい事情はわからない。
でも、これは、
(……面白い!)
「俺はフォーマルハウトの勇者! カダスを滅ぼす正義の鉄槌! 平和を愛する幸福の国フォーマルハウトを脅かす悪意の結晶グールよ、我が剣の錆になれ!」
「なにが正義だ、殺人鬼が……!」
言い捨てたライちゃんの首元に、勇者の剣が添えられる。
「ははっ、その五月蠅い口、今静かにさせてやろう」
流石のライちゃんも、血濡れの刃を見て、口をつぐむ。
苦渋に満ちたその表情が、ひどく煽情的だ。
彼女は、絞り出すようにつぶやく。
「……そこの少女は、カダスの人間ではない」
「なんだと?」
青年が、僕を見つめる。
えーとね。
少女じゃなく、巫女服姿の男の娘っていうか。
我ながら説明が面倒な容姿だなあ。
「本当だ。刻印がないことくらい、確かめればすぐにわかるだろう。殺すな」
ライちゃんの言葉に、青年から向けられていた殺意が、ふっとゆるむ。
「たしかに、身なりからしても、グールには見えないが……」
「お前らの国に、連れていけばいい」
ライちゃんは、僕を見つめていた。
己の死を悟りながら、命乞いはせずに。
見ず知らずの僕を助けるために。
最後の言葉を紡いだ。
ああ、おかしい。
「君は、この国の人間ではないのかい?」
気遣うような、怪しむようなその青年に。
僕は。
「こわかったよぉおおっ!」
ぎゅっと抱き着いた。
「わっ!?」
「勇者様っ、ぼく、ぼくこの、えー、グール? に拉致されて、奴隷みたいに扱われて、さっきも手伝わなかったら足の指全部砕くって言われました!」
「はぁあああ!?」
ライちゃんがキレてた。
「そ、それは大変だったね。お、俺がきたから、大丈夫だよっ!」
この勇者、ちょろそう。
「勇者様、かっこいい……」
「や、そ、そんな……? とっとと、当然のことだしい?」
うっとり見上げると、勇者の青年は顔を真っ赤にして焦ったように視線を彷徨わせる。ぎゅっと密着すると、ビクッと緊張したように硬直する。
あーこれは童貞だなー。
「そこの貧層な身体の薄汚れたグールにいじめられて、辛かったよぉ……」
「お前! おまえおまえおまえ! よっくもぬけぬけと!」
「きゃぁっ! こわーいっ! 僕の方がかわいいからって、嫉妬して怒り出すんですよこのグールっ!」
「殺す!」
それは事実なんだから受け入れてほしい。
僕たちのやり取りを見て、勇者さんは僕が敵じゃないことを確信したようだ。ぎゅっと僕の肩を抱いて、その剣をライちゃんへ構えなおす。
「事情は大体わかった。君のことを俺が助け出して見せるから、安心して!」
絵にかいたような勇者で笑えてくる。
僕はたくましい勇者様に、おずおずと話しかける。
「勇者様……あの、よろしかったら、その……」
腰に回していた手を、そっと滑らせて。
下腹部に。
「は!?」
「フォーマルハウトへ着いたら……今回のお礼に……勇者様に、その……」
ゆっくり、緊張しているかのように、ちょっと指先をこわばらせて。
「……ご奉仕、させてください……!」
そっと、――彼の股間を撫で上げた。
「い、え、いや、えぇええ!? そんな、駄目でしょ!?」
「貴様らそういうのは私を殺してからやれ!」
魂からの叫びだったけど無視。
「そ、そういうのは夫婦がですね!? お嬢さん!?」
「わかってます。勇者様の妻にだなんて出過ぎたこと。僕のことは、性欲処理の道具として使って下さい!」
「せっ、せいよっ、いや!? いやいやいやいや!?」
「人生最後にこのやりとり見せられる側の気持ちを考えろ!」
うるさいなあ。
勇者は耳まで赤くして、ライちゃんと僕どちらを見たものかと視線を彷徨わせている。
あと一息ってところだろう。
「でも、あ、あの……」
言吐息交じりに、声を震わせて。手をそっと股間からさらに下へもぐりこませながら。
「…………僕、はじめて、なんです…………」
硬直する勇者に、ふわりと笑いかける。
「――睾丸を握りつぶすのって」
ぐじゅっ、と。
「~~~~~~~~!」
掌にあった柔らかいものを、握力測定よろしくぎゅっと握りつぶした。
「……………………!」
勇者は泡を吹いて、気絶した。
あっさり。
「男相手はやりやすいなあ」
弱点が明確だからね。うん。
地面に転がっていた剣を拾い上げる。
おお、結構重いや。
「お、おま、おま……!」
口をパクパクとさせたライちゃんが僕を指さす。突然のことに思考が追い付いていないんだろう。
「いや待て! お前の変わり身とか! ずるがしこさとか! タマを潰された男とかそういうのは置いておいてだ!」
「なーに?」
哀れな男の武器類を全部回収しつつ。
「お、お前は! さっき異世界とか変なことをぬかしていたが、何者なんだ!?」
「うーん。この世界のことが全然わかってなくてー、どうしよっかなーってかんじ?」
「ず、随分冷静で楽観的だな……。じゃなくて」
ライちゃんは真剣な表情で問いかける。
「お前、頭がいいだろう」
「まあね」
これでも中学では学年一位だったしね。
高校は行けてないけど☆
「ならわかったはずだ。その男に黙ってついていくほうが、合理的なことくらい」
「そうなの?」
「……服を見ればわかるだろう。フォーマルハウトはカダスより何倍も豊かな国だ」
勇者の服装は現代日本に比べれば見劣りするけれど、ライちゃんの麻布なんかより、服らしい。
靴もカバンも剣も、ランプまで持っている。
明らかにフォーマルハウトのほうが文明レベルが高い。
しかも、好意的に受け入れてくれそうだった。
「お前は刻印を受けていない。カダスの民ではないのだから、ここにいる理由なんてないはずだ。なのに、なぜ私を、助けた」
「そんなの決まってるじゃん」
足元に転がる子供の首を蹴とばして。
僕はライちゃんの顎をつかみあげる。
「――君のことが好きだからだよ」
笑いかける。
おかしいなあ。
僕はこんなににっこりと笑いかけて、愛をささやいたのに。
この少女は笑い返さなければ、頬を染めもしない。
怯えたように、その瞳を震わせるだけ。
「君は、この世界を憎んでいるんでしょ? 変えたいんでしょ? ひっくり返したいんでしょ?」
不条理と理不尽が大嫌いな、固く強い意志を持った人間。
僕の、大好きなタイプだ。
「か」
燃える村の中、彼女は震えたまま、かすれた声で呟く。
愛らしい。
「かえ、たい。ずっと、ずっと、かえたかった」
「ふふっ」
やっぱりそうだ。
「でも、私は無力で」
「そう」
最高に、愉快な気持ちだ。
「じゃあ、僕と一緒に、世界をひっくり返さない?」
「は……」
「僕も協力するって言ってんのー! もちろん、代償をよこせーなんてちゃっちいことは言わないしね」
「じゃ、じゃあっ」
「――一緒に遊んでくれる?」
「っ!」
「うん? どうかした?」
体格はそう変わらない。挙句彼女は僕を女だと思っている。武器を持っているのは僕だけど、とびかかられたら勝てるかはわからない。
なのに彼女は戦意を喪失している。
どうしてなんだろう?
「まあ、僕が勝手に君の手伝いをするだけって思っていいよ~」
「……私は、悪魔に憑かれたということか」
「アクマ?」
こーんなにかわいいのに、悪魔だなんてひどいなあ。
「ふふふ、ちょっと正しいかもね?」
僕は壊れた不良品だ。
人間の心がわからない。
人の形をしているだけで、人間ではない。
「悪魔だから、人間臭い君みたいなヒトは、大好きなんだ」
下らない正義感で他者を助け、いつくしみ、正義という宗教を信仰する。
不条理でできた世界に理を求める、自己矛盾を抱えた哀れで愚かな生命。
ニンゲンという種の、猿。
最高の玩具。
「……私が見た人間の中で、お前が一番恐ろしい」
にったりと笑えば、彼女は震えながら、それでも。
強くきらめく瞳を僕に向ける。
「私は、この世界の改革を、絶対に諦めない」
毅然と、言い放つ。
「力を貸せ」
悪魔との契約文を。
「約束するよ」
燃える炎の中で二人。ボロ布を纏った無力な少女と、契りを交わす。
「――僕の名前は庭瀬愛澄。よろしくね?」
ああ、最高に面白くなりそうだ。
サイコパスの主人公を書くのは疲れますね。