9話
週末に行われた模試のことについて、俺から聞くことはしなかった。
手応えについては自分でも分かっているのだろうし、結果については彼女から知らせてくると思っている。
なぜここまで余裕が俺にあったか。彼女の表情や仕草に先週に比べて落ち着きが感じられたからに他ならない。
1週間後、彼女は緊張した顔で扉を開けてきた。
「おはようございます」
「どうした?」
「これを他の誰よりも一番最初にお見せしたかったので」
あの模試の結果が返ってきたのだという。
結果を見せてもらうと、点数には文句のつけようもない。看護師の国家資格の試験の場合、明確な足切りラインが定められているわけではなく、基準をクリアしていても、そのボーダー上1割が不合格扱いとなってしまうので、ギリギリ手が届くかどうかではダメだと言うことを、あの舞花さんから聞いていた。いったいどこで聞いているのやら。しかしその基準からしても十分な安全圏に入っている。
前回不安だと言っていた部分についても、十分合格圏内にいるという判定とコメントがかかれていた。
「よかったな。これで少しは自信がついただろう?」
「ありがとうございます。患者さまに教わるなんて……。情けないです私……」
「まぁ、患者ではあるだろうけど、親だから言えたことだ。もう怖いものはない。あとは本番まで少しずつ実践を積んでいけばいい」
「はい……」
「苦手な患者さんがいたら、いつでもおいで。じゃなかったら俺だと思えばいいんだから」
「うん……。本当にありがとうございました」
赤くなった目をゴシゴシ擦って、最後にはいつもの笑顔で
「それでは、午後にはまた検温に伺います」と扉を閉めていった。
○●○●○●
「そうそう、汐希、知ってる?」
「何ですか?」
今日は一人のようだ。いつもの談話室、年齢も近い舞花さんが話しかけてきた。
豪快のようで、でもいざというときにはいろんな知恵を持っていて助けてもらった。俺の休職に関する手続きもこの舞花さんの手ほどきがなかったらあんなにスムーズには行かなかったかもしれない。
「よつ葉ちゃんと同じ頃にきた小野君っていたじゃない? この間、ご両親との三者面談でズタボロになったってボヤいていたわよ」
「三者面談ですか。大学にもそういうものがあるんですね」
てっきり高校時代にくらいしか、三者面談はないものと思っていた。少なくとも自分の大学時代にそんなものはなかったと記憶している。
部屋に戻って、河西さんが検温に来てくれたので、その事を少し聞いてみることにした。
「あぁ、親御さんを入れた面談ですね。大体ありますよ。やはり医療関係というのは、それなりの覚悟がなくてはなりませんし、おうちの方のバックアップというか、そういった心構えも必要なんですよ」
実際に、本人が希望していなくても、特に医師には少なくないそうだ。
両親、または片方が医師で、小さい頃から必然的にそれを意識された教育を受けてきている。
確かに成績という点では非常に優秀かもしれないが、実際の医療現場に出られるか、その覚悟があるかと言えば話はまた別で、方向転換を余儀なくされた例が少ないけれどゼロではないということ。
「菜須さん、確か二者面談になってしまったと言ってましたわ。お母様が看護師になることを望んでいらっしゃらないので、そこに入れて話がややこしくなるのであれば二者で構わないと……」
「そうですか……」
確かに、あの当時よく子どもたちの教育方針では意見が食い違ったもんな……。
「河西さん、こんな状態の私ですが、もう一度、あの子と先生との三者面談は可能なのでしょうかね?」
そう言われた河西さんがハッと気づいたように俺を見た。
「そっか……、ここにお父様がいらっしゃるんですものね。先日のほぼ満点の模試を受けるように説得してくださったのもお父様ですものね。試してみるか……」
「よつ葉には自分が行きたいと信じた道を進めと、私からはもう伝えてあります。それが看護師ならばそれでいい。大学の方でその言葉が欲しいということであれば、いくらでも協力しますよ」
「分かりました。大学の担当の先生と連絡を取ってみます。もし、菜須さんの背中を押してあげられるのであれば、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ」
河西さんは俺に頷いて、急いで病室を出ていった。