67話
よつ葉が学校や内定している病院に書類を届けたりと忙しい日々を過ごしている中、自分宛に郵便物が書留で届いた。
差出元を確認して、家庭裁判所と言う文字に自然と緊張が走る。
それは以前からお願いしてあった、よつ葉たち姉妹の親権についての審判についての記載だったから。
すぐにお願いしてあった弁護士と連絡をとり、同席の依頼をした。
よつ葉は自分の手続きで忙しいし、他県で教職をしているふた葉は春休み中とはいえ、次年度の準備で忙しい。娘たちに迷惑をかけることはしたくないので、一人で出向くことにした。
「結果が分かったら知らせるから」
二人の娘たちにそう言い残して、弁護士さんとの待ち合わせ場所に向かう。
受付で書類を提示すると、職員の人が小さな部屋に連れていってくれた。
「元奥様の方はいらっしゃってないようですね」
「あれだけのことをしていたんです。それにもし判決で私が負けたとしても、あちらにはこれまでと同じ生活なのは変わりませんから」
「そういうことですか……」
部屋には味気ない事務テーブルが四角に並べられている。
「小林さんは結果を聞くので、こちらの椅子にお掛けください。弁護士さんはそちらへ。いま判事さんがみえられますので」
部屋の扉が一度閉じられて、弁護士さんと二人きりになった。
「なんだか、裁判所って聞いてもっと物々しいと思っていたんですけど、普通のお部屋なんですね」
「まだ家庭裁判所ですから、こんな感じのところが多いですよ。これが控訴審とかになると、よくテレビとかで見るあんな雰囲気になっていきますけどね」
しばらくして、判事さんや実際に環境調査に来てくれた調査官の人などが入ってきてそれぞれの場所に座った。
「被告である、元奥様と、お嬢様方はいらしていないのですね?」
判事さんが俺と弁護士に向かって尋ねる。
「はい。娘たちは二人とも仕事や学校の手続きを優先させました。元妻の事情については私の方からは何も申し上げることはございません」
「分かりました。それでは被告人不在にて進めることにいたします。本日の判決内容について、明日から二週間以内であれば、法律に基づいて被告人側からの不服申し立てが可能であるということは最初に申し上げておきます。もちろん原告側からの不服申し立ても可能です」
判事さんの言葉を、書記官の人が書き取っている。これが正式な書類として残るからだ。
「それでは、親権異動について、関係者の皆さんから調査官が聞き取りをした内容を元に、家庭裁判所としての判決を言い渡します」
ここまでやったのだから、何を言われてもいいと思っている。もう二人とも成人にはなっているのだから。
「主文。対象となる摘出子二名の親権を、被告人の母親から原告人の父親に異動することを命ずる」
一瞬、頭の中でその文を理解するのに困った。
原告は自分なのだから、そこに異動することを命ずる……?
「今回の判決は、調査官を経由した聞き取り調査でも、お嬢さん方お二人からも希望されていたことでした。一方で被告人となっている元の奥さまからは、お嬢さんたちが自分の望んだ道に進まなかったと言う、自己都合の言葉しか出てこなかったそうです。そこで、調査を進めたところ、一部人権侵害とまでとれる内容の行動まであったことが判明しました。今回の裁判ではそこは焦点にはしていませんが、お嬢さんたちがこれから独り立ちをし、幸せな人生を歩んでいくためには、親権を異動した方が影響を与えないと判断したからです。手続きは司法官と事務官が説明をしてくれます。弁護士さんと進めてください。どうか、このあともお嬢さんたちを暖かく見守ってあげられる存在でいてあげてください」
「はい……。ありがとうございます……」
「以上を持ち、本案件に関する家庭裁判所の判決言い渡しを終了し、閉廷といたします」
文面を読み上げて、言葉をかけてくれた判治さんは、一礼をして先に部屋から出ていった。
「おめでとうございます。勝ちましたよ。先方の申し立てがなければ、お嬢さん二人は、このあとの手続きで、正式に小林さんのお子さんとして帰ってきます。そこの手続きまでお手伝いさせてもらいますから」
説明を聞き終わった弁護士さんは、まだ座ったままの自分のところに寄ってきてくれた。
「役所の手続きと、書いていただく書類については、このあと書留で送らせていただきます。まずはお嬢さんたちに結果を知らせてあげてください」
建物を出たところで、そう言葉をかけてくれた弁護士さんが市役所に向けて出発していった。
さすがにこの時間に電話をかけるのは失礼だし、邪魔になってしまうと思い、メッセージ機能で内容を送った。
ところが、すぐに二人から返事があり、ふた葉などは仕事が終わり次第新幹線に飛び乗るから、夕食はそれまで待っていて!という内容。
「こりゃ、この間の比じゃ済まないな……」
俺は財布の中身を確かめてから銀行に向かったが、これまでとは比べ物にならないほどの不思議な足取りの軽さだった。




